過去記事より。

昨年の今日みたいな日曜日のブログ。


【日曜朝の読書】

自分の中で恒例となっております。┏○))

「バカボンのパパと読む「老子」」より。


第22章
やぶれることで新しくなるのだ。の巻

|:3ミ
木々は曲がることで光のさすほうへ伸びていくのだ。
シャクトリムシはぐいっと屈むことでまっすぐに伸びるのだ。

窪むことでそこに水がたまるのだ。

服が破れることで、ママが新しい服を作ってくれるのだ。

少ないからこそ得られ、多ければ迷ってしまうのだ。
(割愛)

自分のことを誉めたりしないから成し遂げた仕事がずっときらきら輝いているのだ。

自分のやってきたことを誇ったりしないから、その立場に長くいられるのだ。

どえらい人は他人にけんかを売ったりしないから、世界中の人もどえらい人にけんかを売ったりしないのだ。

曲がることで最後までやり遂げられるのだという言葉は大昔の人が言ったのだが、これが嘘であるはずはないのだ。

曲がることや屈むことを恐れずに生きていけば、生涯を生き抜くことができて、天に戻ることができるのだ。

これでいいのだ。|:3ミ


(o・v・)♪
曲がることで伸びる。

木の枝が曲がっている部分、どうしてできるのか知ってますか?

曲がっているところでは、一時成長する速度が落ちるから。

そこに留まって、どっちの方向に行けば、より光を受けとめられるのか考えているから。

そうやって、一見無駄に見える、止まるという行為がより的確に成長を促すことになるのではないかと思います。

自然は師である。

たまにはそこに立ち止まって、心の目で自然と触れ合ってみると面白いですよ。(o・v・)♪