刺繍design -12ページ目

刺繍design

刺繍デザインを楽しむスタイルを発信したいと思います!

3日目に入りました。
私はひたすら、画面を埋めていきます。
二つのエスキースからだいぶ離れました。
お昼休みに入っても仕上がりません。でもお昼休みが終わる10分前には終わり、急いでお弁当を食べました。
午後が始まり、先生がやってこられました。
白っぽいねと言われました。

このままだと絵的に漫然とした、ぼやけた印象になる。それを考えないといけない。しかしそれを考えるだけで2時間はかかるよ。

時間は2時になろうとしていました。講評が始まる4時まであとちょうど2時間です。
濃い色が苔色と小豆色のようなものの2色だけだったので、少し考えくすんだ藍色みたいな色を作り、それをおいていきました。壮年世代。お父さんのような人をイメージした色です。

葛藤という作品ですが、ただ暗い色調の作品にはしたくありませんでした。この角砂糖をモチーフにした色たちは人です。いろんな世代のいろんな特徴の人がいます。いびつな形も、小さいのも大きいのもいろんな人がいることを描いていきました。
やがてある段階から、そのままの白をおいていきました。
白の集合体から始まった私の葛藤です。ふと、「私の葛藤は白の中にある」と思いました。

そうこうして時間がたち、三時になりました。
くちびるまたは目を描こうと考えました。
しかしくちびるはポップな印象なので、目を描くことにしました。
水色のような青い目です。
先生に尋ねたら、「思うように描いてみなさい。」と言われたので、作品の中にそっと忍ばせるようにしました。
なんだかぐっとひきしまったように思います。そして講評の時間になりました。

作品「葛藤」について
はじめに私は、白のモチーフを見ても何の感情も浮かびませんでした。
トイレットペーパーもスニーカーも綿からも、みなさんが感じたふわふわ感や、スニーカーを履いてハイキングを連想できませんでした。ただの白い塊。私はクロッキーで困ってしまいました。
それからそのものたちが生きていたらと仮定することで感じたことをクロッキーにしました。
しかし夜になって考えてみると、私が何も感じないということはどういうことなんだろうかと考えました。
トイレットペーパーなのにトイレットペーパーじゃない
スニーカーなのにスニーカーではない。
まるでパラドックスなことを考えたのはなぜか。

それから恐ろしい感情が起こりました。
このようにみえる私が、私自身がそうだからそのように感じるのではないか。
私は私なのに私ではない。
塊になると私ではない。

没個性。
そう感じた瞬間に焦りと不安でいっぱいになりました。
私はそんな弱い人間ではない。
私はお金もかけてこの楽しみにしていたスクーリングに参加したのに自分の嫌なところを見つけてしまうとは思いもしませんでした。
テーマを葛藤にし、2日目から作品制作に入りました。

エスキースから離れているようですが、葛藤で感じたままに色を置いていきました。なぜこのようになったかは正直わかりません。

私はこの葛藤をなんとかこのスクーリングで浄化させたいと思いました。

ここに描いているのは目ですが、これが私というわけではありません。
私はこの白たちのどこかにいます。あるとき見たらここ。次に見たときはここというように。
エスキースでは、ここに炎を描いたのですが、あるときから白を置き始めたときに、自然と浄化していくような面持ちになりました。
結局のところ、没個性かどうかは人が決めるのではなく、私自身が決めることだと気付いたからです。だから別にみんなと同じ白であっても構わない。人から気付かれなくてもいいことなのです。

葛藤なのに葛藤じゃない。
皮肉なことにこれで落ち着いた作品ですが、以上で私の発表を終わります。
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