率直な意見。 -12ページ目

率直な意見。

個人の立場で個人の意見を。

種の保存は多様性によって担保する、というのが幾多の生存競争を勝ち抜いたDNAが下した判断だが、社会主義は近視眼的な効率を重視するため、現状に対する過剰適応を起こす。この過剰適応は多様性の対極にあり、そのため次世代の発展の芽を摘みながら縮小均衡に陥る。社会主義の欠点は余剰の否定による多様性の排除にある。
資本主義は市場獲得のため、複数の経営者のうちリスクを多く取る一部の経営者によって多様性が担保される。このリスクを多く取る経営者のほとんどが淘汰されるが、ごくわずかの成功者が市場創造、市場占有を行うため、リスクを多く取る経営者は一定の割合で発生する。一方、市場の勝者となった企業はこれを嫌って市場の固定化に走り、多くのリスクを取ろうとする企業の出現を予防するため、あらかじめ税制、雇用などの法的規制や、談合や囲い込みなどの参入障壁を設けてこうした経営者の出現を妨害する。行政や立法と結託して市場の固定化をより堅固にすることで、価値創造の度合いで争うのではなく、競争そのものを否定する。もしこの世界が閉じていて、企業、行政、立法がそれぞれ単数に近ければこの作戦は成功する。しかし実際には複数の国家がそれぞれ存在するため、既得権を嫌う行政、立法が法的規制と参入障壁を下げることで多様性を作り出す。過剰適応が長引き、製品寿命が尽きかけているものに対して、この働きかけは強まるが、大国と結びつく、またあるいは多くの国々と結びつくことで、全ての行政、立法に対して圧力を掛ける企業の出現で、市場の固定化は現状より強まっていると言える。
さらに株式市場を含む投資の世界でも、市場が成熟すると強制的な予定調和を受け入れる余地のある、想定の範囲に納まる経営者のみを求めるようになる。資本の論理で制御できる範囲の経営者だけで市場が形成されることが、投資家のお眼鏡に叶う経済状況だ。資本主義もまた成熟度が増して競争が収れば収るほど、真に革新的な経営を嫌い始める。資本を巨大化して、資本の量で市場を抑圧することが投資家の最終目標となるのだ。
ということで、社会主義も資本主義も、最終的には縮小均衡の中で社会を抑圧しようとすると言う意味でどちらにも問題がある。社会主義は初期段階から抑圧を開始し、資本主義は成熟してからそれを開始するだけだ。このタイムラグの違いが社会主義と資本主義の勝敗を分けたが、資本主義はその正しさを証明したわけではない。
市場創造のメカニズムについては財務官僚の項で既に述べたが、成熟した資本主義社会でなぜ市場創造が起きないかについては、覇権企業と投資家の圧力だということを明確にしたかった。