京都大学法学部6年生となった我が長男…


彼が住む、京都は一乗寺にあるアパート…


訪問間隔を3ヶ月以上空けてしまうと、とんでもない汚部屋になってしまうという…危険極まりない彼の部屋


そんな彼の部屋を掃除するために…


今回は3ヶ月半ぶりに、一乗寺へと向かったのだった。


しかし、いつもと異なり今回の訪問は…


決して掃除だけが目的という訳ではなく、もう一つ大きな目的が隠されていたのである。


それが何かと言うと…


「就活で悩んでることが1つあるから、また今度相談するわ」


というメッセージを先日送ってきた長男との…


お悩み相談コーナー…なのであった。


それにしても…


愛すべき我が子らが、「何かを相談したい」と言い出した時…


それが親を喜ばせるような内容の相談であること…まずそんなことは絶対にありえないだろう


なんてことは経験上、十分過ぎるほど理解している私なのである。


さて…


一乗寺にある長男の部屋へ入ると…


いつものことながら汚部屋の極みであり…これから行わなければならない掃除の作業量を想像するにつけ…


途方に暮れそうになってしまう精神を一旦リセットし、改めて自らの精神を無の境地へと導いた上で…そこから無心で作業を開始しなければならないという…


だから私はいつものように、こういった一連の精神統一ルーティンを経てから作業を始めようとしていたのだが…


しかし今回はなんと…肝心の掃除を始める段階になって


かねてより「長男の悩み」が何なのか気になって仕方のなかった我が妻が…


「ところで、あんたの悩みって何なん?」


と…我慢しきれず、いきなり質問してしまったのである。


そうなると、質問された以上、返答しなければならない立場に追い込まれた長男は…


「えぇっ!もう?」と戸惑いながらも


その悩みとやらを、訥々と語り出したのであった。


そう、まだ掃除はこれからが本番なのに。


そこで…まあ


結論を先に言ってしまえば…つまりはこういうことである。


「就活を改めてしっかりとやり直し、心から自分の希望する業界に行きたいから、もう一年卒業が延びることを、出来ることなら何とか許して欲しい」


という哀願なのだった。


あぁ…やっぱりそういうことなのかぁ。


それが、この場における私の率直な感想であろう。


ただ、ここで長男の名誉のために言うのならば…


実は…


彼自身も来春に就職しようと思えば、既に就職可能な状況にいるのである。


決して…


どうしても今年度は就職が決まらないから、仕方なく卒業を先延ばしにして欲しい…という訳ではないのだ。


そんな彼の話によると…


とりあえず現時点では、「ニトリ」の内定を得ているのと…


もう一つ…


彼の中高一貫校時代の友人から、その友人の父親が取締役を務める大手税理士法人に…「ウチに来ないか」と勧誘されているのと…


その二つに関しては、もし長男がそれを受け入れさえすれば、来春から就職可能ということだ。


まず1つ目の「ニトリ」に関しては…


長男の大学ラクロス部時代の先輩がそこで働いているようで、その絡みなどもあって応募することとなり、採用面接を受けて内定が決まったらしい。


そして2つ目の「大手税理士法人」に関しては…


とりあえずそこで就職して働きながら税理士の資格を取得し、ゆくゆくは主力になってもらいたい…という話らしい。


それにしても笑えるのが…


その長男を勧誘している中高一貫校時代の友人は、現在医学部に通っているらしく…


つまり…


「税理士の息子である医学生が、医者の息子である我が長男を税理士にしようと勧誘している」…というシュールな図式なのだ。


まあそんな余談はともかく…


現時点で贅沢さえ言わなければ、彼だって来春から独り立ちすることも可能…ということになろう。


すると…


そんな話を聞いた、私みたいなオッサンに言わせれば…


「ニトリで仕事なんてメッチャ楽しそうやんか」とか…


「税理士なんてカッコいいやんか」とか…


現在の私の持論となっている…


「どこに行ったって幸せになれるかどうかは結局自分次第なんだから、どこにでも行けるところへ行ったら良いんとちゃう?」


なんて無責任なことをついつい口走ってしまいそうになるのだが…


それは所詮、オッサンのたわごとに過ぎず…


あくまでも若さというものは…


時にそういった妥協を許してはくれない…それもまた愛すべきこの世の摂理なのであった。


では果たして、そんな彼は…


そこまでして何をしたいというのか?


どんな業界に入りたいというのか?


そう…


その答えはズバリ…ゲーム業界なのだ。


うーん、ゲームかぁ…


やっぱりそこなのかぁ…君は


と…彼を良く知る私としては、そう思わざるを得ないのである。


ここに至り…


我が長男の、小学生時代から現在に至るまでの怒涛の日々が…


走馬灯のように、私の脳裏を駆けめぐる。


たとえば…


小学生時代の長男が、ニンテンドーDSに夢中になってしまい…


当時家族ぐるみで没頭していた中学受験…その受験勉強がおろそかになっているような気がした私は…


自身の未熟さから、抑えきれない怒りに駆られてしまい…


なんと!…ゲーム機本体を水に沈めて稼働不能にしてしまったという、今考えれば間違いなく「教育虐待」と言えるであろう狂気の日々。


はたまた…


長男がスマホのオンラインゲームに没頭し、昼夜逆転の生活になってしまい、学校では遅刻や居眠りを繰り返し、成績が底辺を彷徨い続けていた…中3から高2までの暗黒の3年間。


そんな3年間、長男をつぶさに見続けてきた私は…彼がそんなにもゲームが好きなのならば


周囲の友人たちと同じように漠然と大学へ進学するのではなく、思い切ってeスポーツ専門学校へ進学してみたらどうか?


ここは腹をくくって、とことんゲームを極めたらどうか?


と、取り寄せたその専門学校の資料を提示して、そこへの進学を真剣にすすめたという…


これもまたある意味において、狂気と言えるであろう…懐かしき日々。


そして約1年前…


4年間の大学ラクロス生活を終えた長男が、解放感からかゲーミングPC、チェア、デスクを一式購入し…一乗寺のアパートをゲーム部屋に改装してしまったという、まだまだ記憶に新しい一件。


そうだよなぁ…いつも君のそばにはゲームがあったよなぁ。


さぁ…ここで再び


彼の語る話へと戻ろう…そんな彼曰く


当初志望していた、メーカー系のいわゆる一流企業の面接に何社か臨んでみたものの…


どう頑張ってみても…


その肝となる「志望動機」を、自分は熱意を持って語ることが出来ない。


彼はそう真剣に言うのだ。


だって…本当はたいして興味もない業界なのに…


その会社の高い年収やネームバリューを得るために、あたかもその業界での仕事を強く希望しているかの如く語ること自体が…


まるで自分に嘘をついているかのように感じられてしまう…という背徳感


なおかつ…そんな気持ちのこもらない面接を経て、実際に彼はメーカー系を何社か落ちている訳だが…


それなのにも関わらず、落とされたこと自体に全くショックを感じない自分がいる…という虚無感


そんな「俺は何をやっているんだろう」というモヤモヤした状況に、空しさやジレンマを禁じ得なくなった彼は…


「ちょっと俺の好きなゲーム業界にでも応募してみようかな…」


と思い立ち、急遽…任天堂とバンダイナムコにエントリーシートを送ってみることにした。


ただ、その結果は…準備不足のせいもあるのか


任天堂は最終面接まで辿り着けず、またバンダイナムコは最終面接まで行ったものの、結局そこで落とされてしまった…とのことだ。


しかし、この自分が大好きなゲーム業界にトライする過程において…彼は…


その面接に際して、何らよどみなくスラスラと志望動機を答えているナチュラルな自分と…


しかも、そこを落ちてしまったことに対して強い悔しさを感じている自分…


そう、今までとは異なる…体裁を取り繕う必要のない、等身大の自分がいることに初めて気づいたのである。


いやある意味これは、「気づいてしまった」と言っても良かろう。


だって、ここに至り…彼は


「自分が心から納得出来るようなことじゃなければ、自分は決してそれを遂行することが出来ないんだ」


という…自らの性分に関する致命的な事実に気づいてしまったのだから。


それを聞いた私は…やはり


「あぁ…ついに俺の血が目覚めてしまったんだ」


そう思わざるを得ないのであった。


そして…それに加え


「これはヤバい」という不安感と…


「そう、これで良いんだ」という安心感と…


相反する気持ちが同居する…


いわば、「君もついにここまで来たんだ」という…


どこか心地よい達成感のようなもの…


そんな思いが私の内面に去来するのを、実感するのであった。


そう…


自らの善と…


それに基づく自由意志と…


その自由意志に基づく行動と…


これだけを…ただひたすら…繰り返していくことこそが…


幸せへと辿り着く、唯一無二の方法であるという事実…


さて…


そんなこんなで、紆余曲折を経た我が長男は


既に応募済みで、まだ選考途上にあったメーカー系の面接予定を…勿体ないことだが、全てキャンセルしてしまい


ゲーム系でまだ採用活動を行っている、残り少ない数社にチャレンジすることを決意した。


大手だと「セガ」、他にも中小で何社か残っているらしい。


そしてもし今年度、これらの企業で採用に至らなかった場合には…


「改めてもう一年、腰を据えて就活をやらせてくれ!」


というのが我が長男の希望であり…


今回の「お悩み相談コーナー」における本題…


つまりは、そういうことなのである。


そして、どうやら今回…


彼の話を聞いている限りは、任天堂を本命として考えているらしく…


出来れば今年の夏には任天堂のインターンシップへと参加し…


そこで自らをアピールして…


来年度の本選考に繋げていきたい。


そんな戦略を心に描いているようだ。


いやぁ、しかし…


十数年前の私は…小学生だった我が長男のニンテンドーDSを水に沈めた訳だが…


この行いが長い年月を経て、巡り巡って現在に繋がっているのではなかろうか…


つまり…


ニンテンドーDSを沈めたことが、長男の「任天堂」志望を惹起したのではなかろうか…


「因果応報」という四字熟語が私の頭に浮かび…


もしかしたら、これは「任天堂の祟り」なんじゃなかろうか…


なんて、突拍子もないことを考えてしまう私なのであった。


一方、我が妻は…と言えば


この、就職を1年延期しようとする長男に対して、大いなる不満を隠そうとせず…


「えー!何で就職しないの!?」…とか


「もう2年も留年してるのに!」…とか


「お父さんも色々と大変なんだよ!」…とか


まあ、至って真っ当な反論をするのであった。


確かに我が妻は、近所に住む同年代の母親仲間から…


「〇〇君は就職どうなったの?」


と、長男の進路について質問を受ける機会が多く…


その度に…


「いやぁ…留年してて、まだ」


と、毎度答えなければならないことに…かなり辟易としているという


そんな背景が存在することも大きいだろう。


それもあってか…我が妻は、さらに長男へと食い下がり…


「何でゲーム業界じゃなきゃダメなの?別に他の業界でもいいじゃない!」


と、ある意味駄々っ子みたいな…根源的な質問へと辿り着いてしまうのである。


すると…我が長男は、少し逡巡した後で…


「それって…自分は何のために生きているのか?とか、幸せとは何なのか?とか、そういう類の話になってくるやん」


と、答えるのであった。


まあ果たして、彼のその答えで妻が納得したのかどうかは不明だが…


私はといえば、心の中で…


「そうそう、そういうことだよ君…ちゃんと分かってるじゃあないか」


と、感心していたのである。


とはいえ、何だかんだ言って…


そりゃ、私だってかなりツラいのは事実だ。


だって…


彼が就職を1年延期して就活を続けるということは…


つまりは大学の卒業自体を来春から1年延期する…ということを意味するのだから。


そんな私の予想通り…


長男曰く、来春は2単位だけを残して留年し…4月から7年生になり…7年生の前期で残りの2単位を取得して卒業する…つもりらしい。


いやぁ、しかし…


そんな話を、どこかで最近聞いたような気もするのだが…果たして私の気のせいだろうか?


まあそれでも…我が長男が


自らの善に基づいて…


ゲーム業界に進もう…という自由意志を抱き


その意志に基づいて、自らの心から納得出来る就活をすべし…と行動を起こすのであれば…


それを支えるという選択肢しか…


正直、私には残されていないのである。


なぜならば…


そんな長男を支えるということ自体が…


私にとっての「善」なのだから。