2019吉野山~桜~『如意輪寺』 (奈良県吉野町) | たまやんの神社仏閣見聞録

たまやんの神社仏閣見聞録

主に神社・仏閣巡りの日記です。
国宝、文化財、御朱印など、見たり、聞いたり
頂いたり、たまに食レポ、気楽に楽しんでます。

4月6日土曜日、吉野山の続きですニコニコ

勝手神社前から次に「如意輪寺」まで歩きますニコニコ

 

お天気も良くなって来て、、少々暑くなってきました晴れ

 

「後醍醐天皇が歩かれた道」を通って、如意輪寺に向かいます晴れ

 

後醍醐天皇も、この道を歩かれたのか~キョロキョロ

 

桜を見ながら如意輪寺までの道を歩くのが、いちばんの

楽しみだったのですが少々残念でしたキョロキョロ

 

てくてく歩きまして・・・ニコニコ

 

如意輪寺の山門が見えました目

この階段を上がるのも桜の時期くらいですかね!

車で来ると裏側から入って来るので・・・ウインク

 

【如意輪寺山門】

 

【本堂】

天平2年(1346年)12月南北朝動乱期、楠木正成の長男・楠木正行が四条畷

戦いに出陣するに際し、一族郎党とともに如意輪寺にある後醍醐天皇陵

に詣でて、辞世の句「かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとど

むる」むるを詠んだという寺本堂の扉に鏃(やじり)で辞世の句を刻んだとされるニコ

 

顔出し看板、だいぶ色あせてますね(笑)爆  笑

 

本堂前に立つ、一本の木目

 

その木の幹には【後醍醐天皇腰掛石】がありますキョロキョロ

 

東洋の神秘!何のこっちゃ爆  笑

 

【至情塚】

後村上天皇より楠木正行(くすのきまさつら)の奥方にとの話があった

弁内侍(べんないじ)が、正行公討ち死にの後、その菩提を弔うため

尼僧となりその黒髪を埋めたところニコ

 

【小楠公髪塚碑文】

 

【後醍醐天皇御霊殿】

有料エリアです。後醍醐天皇が自ら刻んだ後醍醐天皇像が

安置されていますが、秋に公開されていたかな~キョロキョロ

 

【権現堂】

金剛蔵王権現像が祀られていましたニコ

 

「しだれ桜」桜が満開でしたニコニコ

 

【桜井の訣別】

西国街道、桜井の駅で正成・正行親子」は訣別します。その後父の

正成は湊川の戦いで足利尊氏に敗れて討ち死し、今生の別れとなりますえーん

ちなみに「桜井の駅」とは現在の大阪府の島本町あたりですニコニコ

 

正成は数え11歳の嫡子・正行を呼び寄せて「お前を故郷の河内へ帰す」と

告げた。「最期まで父上と共に」と懇願する正行に対し、正成は「お前を帰す

のは、自分が討死にしたあとのことを考えてのことだ。帝のために、お前は

身命を惜しみ、忠義の心を失わず、一族郎党一人でも生き残るようにして、

いつの日か必ず朝敵を滅せ」と諭し、形見にかつて帝より下賜された菊水の

が入った短刀を授け、今生の別れを告げたえーん

 

桜

 

桜

 

桜

 

こちらの茶室で休憩したかったのですが、お抹茶を

注文しないと入れないようでしたキョロキョロ

 

【多宝塔】

浄土宗のお寺で多宝塔を見るのは珍しいですけど、こちらは

もともと真言宗のお寺だったようです星

 

桜

 

桜

 

【樹齢250年のしだれ桜】桜

 

というと、もっと樹齢は古くなってますねニコニコ

 

聞いた事のある名前ですが、同姓同名かなキョロキョロ

 

「水仙」も咲いていました黄色い花

 

黄色い花

 

桜

 

キョロキョロお願いニコニコ

 

桜

 

最後に楠公の大河ドラマも見たいので署名しましたニコニコ

いずれは実現すると思いますけど・・・キョロキョロ

 

【御朱印】

 

蔵王堂の方に戻ります!六地蔵さんがおられましたニコニコ

 

如意輪寺が遠ざかりましたキョロキョロ

 

勝手神社前に戻って来ましたニコ

 

【勝手神社の鳥居】

 

境内ではミュージシャンのライブが行われてました。僕が聞いたのは

義経と静御前の別れを歌詞にした曲だったかなキョロキョロ

 

吉野山、さらに続きます爆笑

今回はおしまいニコニコ

 

ではまた次回にバイバイ