10月18日木曜日
の続きです!甲賀
では油日神社
、
櫟野寺
、大鳥神社
へ行ったあとお隣の日野町へと
移動しました![]()
。
大鳥神社
から車
を走らす事、半時間くらいで日野町へ到着
。
歴史情緒溢れる日野の町並みを見たくて来ました
。でもガッツリ散策![]()
したわけではないです。他にも行きたい所があったのでちょこっと散歩
。
ここは「観光案内所」
になってました
。
もともとは「くすり屋」
さんだったのか!創業元禄十四年?う~ん、
赤穂義士討ち入りの年か?違う、江戸城
松の廊下で浅野内匠頭![]()
が吉良上野介
に刃傷
。
ふむふむ・・・
。
なるほど~いい感じ
。
そして『信楽院』
という寺院の門前
に来ました
。
こちらは、安土桃山時代までこの地を治めた「蒲生家の菩提寺」
。
蒲生と言えば戦国時代の武将「蒲生氏郷」
が有名。あの織田信長![]()
が娘
を嫁
に与えたというほどの有能な武将でした
。
【本堂】
の「龍の天井画」
とやらを拝見したくて声を
かけてみたのですが、誰も出て来てくれませんでした
。
へ~!なるほど、なるほど・・・
。
日野町へは先ほどの「信楽院」
を目的地に合わしてやって来たの
ですが、そのルート上で見つけた『慈眼院』
。滋賀、京都、兵庫の三県
に点在する寺院
で構成される「近畿寿楽観音霊場」
の三十二番
。
先ほどの「信楽院」
といい、寺名の漢字の
読み方が意表を突きます
。
境内
には立派な「松の木」
が立っていました!
「松の寺」
で知られるそうです
。
「天地人松」
っていう種類あるんかな~
?
慈母観音様
もおられました
。
本堂
の裏手にあった【観音様心字の石庭】![]()
奥から「眼→色、耳→声、鼻→香、下→味、身→蝕、意→注」
の六根(身体の六器官)で心の字を表しています。その六根
を清浄にしなさいと観音様は見守ってくださります。」![]()
「はい、私も六根が清浄になるよう精進します。」![]()
【御朱印】![]()
![]()
ひじょうに気さくな御住職様
で、蒲生氏郷
の話から始まり、暫く歓談
させてもらいました。右下の御朱印
は御本尊。左下のもの
は「らくじゅ」
と墨書き
されてるんですが、書き方が観音様
の形を表してるそうで、
線を繋いでるのは長く丸く生きてという意味だそうです・・・だったかな?
そういう話をしてくれたと思う
。それで僕
の「信心に敬意を表して・・・」
と「無」と書かれた直筆
の色紙
をひとつ譲ってくれました!
ありがとうございました![]()
。
次に慈眼院
から車
で10分くらい、先ほどの日野の歴史的町並み
から離れて郊外のほうへ移動
。『正明寺(しょうみょうじ)』
という
寺院
へ行きました
。
【正明寺略縁起】![]()
黄檗宗のお寺なんですね。このお寺
の本堂
は
京都御所から移築
されたものらしいです
。
【山門】![]()
正面には本堂
が見えます
。
【境内】![]()
砂利が白くて、きれいなお庭でした
。
【本堂】
は京都御所
の清涼殿
を賜って移築したもので国の
重文
。茅葺きの流れるような形をした屋根
がいい!御本尊の
千手観音
と脇侍の毘沙門天
、不動明王
は秘仏で鎌倉時代作
の逸品。最近、御開帳
されたようで写真
など置かれていました
。
【禅堂】![]()
僕
が訪れた時にはちょうど本堂
で観音講
の最中でしたが、
「もうすぐ終わるので待っている間にお参り下さい」とお庫裡さん![]()
が開けてくれました
。
パンフの写真
を貼りました!
大日如来
は禅堂
に祀られてました
。
【開梛(かいぱん)】![]()
今も使用してるのかな~?
お腹の部分がすごく凹んでますね
。
【御朱印】![]()
![]()
観音講
の御婦人方
がお茶
してたので、どうぞ一緒にと
声をかけられたのですが、ちょっと恥ずかしいので離れた場所
でお茶
を頂きました
。
このあと金剛定寺
に行きたかったのですが時間切れ
。
そして、これにて帰路に着きました![]()
。
ではまた次回に![]()
























