バプテスマを受けた日の思い出 | トランプの人生備忘録

トランプの人生備忘録

北海道で釣りと楽曲を楽しんでいる普通の男。
元JWですが、当時の様々な思い出は、遠い記憶はの欠片となっています。

あれは、199×年の地域大会だった。

当時はすべての巡回区のJWを収容できる会場がなく、A、Bの二つに分けられたグループが週をずらして大会を開いていた。

午前のプログラムの後、会場の外に設置されたバプテスマ希望者用のプールで浸礼の儀式を行ない、正式にJWと認められるようになる人たちが列を成し、多くのJWに見守られながら、秩序正しくプールに入っては喜びをたたえて、あるいは秘めた感動を押し殺して無表情で出て行く。

そんな人々の中に当時のボクもいた。

ボクはいわゆる1世である。


それは真冬のある休日、当時アパートで一人暮らしをしていた私のもとに、一人のJWの男性が訪問したことがきっかけだった。

それからおよそ5年。

決して順調とは言えない研究を何とか続け、その間に結婚し、妻も学び始め、研究に対する妻の真面目な態度に励まされながら、わたしは何とか進歩し続け、ようやくその日を迎えた。


今、当時の自分の感情を思い起こすと、率直なところ、ほとんど感動はしていなかったように思う。
それどころか、バプテスマの話の後に歌われる賛美の歌の最中、同じ日にバプテスマを受けることになっていた、同じ会衆の二世のA兄弟が、隣で鼻をすすって涙を堪えていることに気付き、ドン引きしてしまったのだった。

そして、その自分の覚めた反応に、「この違いは何だろう。もしかすると自分の信仰は正しいものではないのだろうか。。。」と、思わず不安になってしまったことを覚えている。

そしてその後のある兄弟の言葉が、さらにその不安に追い討ちをかけることになる。


浸礼を終え、私は自分の席に戻り家族と一緒に昼食を摂った後、A兄弟とお世話になった人たちのところに行き感謝を伝えていた。


そこへ、私が交わる会衆の主宰監督(現:調整者)であり、私の研究司会者でもある兄弟がやってきた。

確か私は、「緊張しました」とか言いながら握手を交わし、兄弟に感謝を述べたと記憶している。

すると、隣にいたA兄弟が「いやぁ~、ボクは思わず泣いちゃいましたよ」と恥ずかしそうにつぶやいた。

するとその司会者の兄弟は、毅然とした表情になり、顔の前でハエを追い払うかのように手を振りながら言った。


「涙も流さないようじゃ、その人は本物じゃないよ」


私が泣かなかったことを知りつつ、戒めを込めてあえてそう言ったのか、あるいは彼の中の裁き人がぬっと顔を出し、嫌味の一つでも言いたくなったのか、それは今でも分からない。

でも、"そうに決まっている"という断罪の響きを持つ不吉なその言葉は、その後、解くことのできない呪いのようにずっとボクの心に住み続け、歌の最中に感じた不安、さらにはそれまで、そしてその後も続くボクに対する彼の否定的な態度と相まって、言い知れぬ不安と責め苦を絶えず与え続けることになった。

もっとも、その言葉や態度には何の正当な根拠もなく、鼻にもかけるべきものではないと、今になってようやく受け止められるようになった。

その呪いからの解放は、JW内部からではなく、その外に顔を向けたときに訪れたのは、何とも皮肉なことだ。


それにしても、愛を実践していると自称しながら、その実は、他人を無闇に裁き、突き放し、見放すという非道な行為が、"神(=組織)"の名の元で繰り返されているその様は、JWが信じるところの"霊的パラダイス"とは程遠いように思えるのは私だけだろうか。

そして、その対象となってしまったしまった人の傷が癒える日は来るのだろうか。。。

神様は、JWの中からたまらず離れ、支えもなく、負ったその傷をただただ抱きしめるしかない人たちをどのよな気持ちでご覧になっているのだろうか。

植え付けられた"滅び"の対象に自分は確定しているのでは?という恐怖と不安に悩まされている人たちへの解放と慰めはどこに見出せるのだろうか。

それはひとりひとりが、ゆっくりと手繰り寄せていくしかないのかもしれない。

ボクは今もその答えを探している。

神様は間違いなく、その答えを示していくださっているはずだから。。。。


「たとい自分の心が責めてもです。なぜなら、神は私たちの心よりも大きく、そして何もかもご存知だからです」ヨハネの手紙 第一 3:20 (新改訳)