地方新聞社がその代表取締役の権限濫用によって損害を被ったことを理由として同新聞社から財務に関する調査などを受任していた公認会計士および会計監査を受任していた監査法人に対して求めた損害賠償請求を認容することができないとされた事例
東京地方裁判所判決/平成15年(ワ)第14086号
平成19年5月23日
損害賠償請求事件
【判示事項】 地方新聞社がその代表取締役の権限濫用によって損害を被ったことを理由として同新聞社から財務に関する調査などを受任していた公認会計士および会計監査を受任していた監査法人に対して求めた損害賠償請求を認容することができないとされた事例
【判決要旨】 地方新聞社が、その代表取締役の権限濫用によって同新聞社とは関係のない自らが経営して個人保証もしていた別会社の債務を同新聞社の完全子会社を介在させるなどして実質的に同新聞社に引き受けさせられて損害を被ったことを理由として、同新聞社から財務に関する調査などを受任していた公認会計士および会計監査を受任していた監査法人に対して求めた損害賠償請求は、同代表取締役を逮捕、起訴の危機から救おうとしその所有する同新聞社の株式の高額の売却を意図するなどした事実は認められず、公認会計士としての法令上または倫理上の問題もなく、同新聞社には、その代表取締役の不正行為につき見て見ぬ振りをしていた取締役、監査役がいたのに、そのすべての取締役、監査役が公認会計士にその事実の存在を明らかにせず、会計帳簿、現金・預金の動きを見ても解明できないことをよいことに、契約書その他の文書も秘匿していたというような判示の事実関係の下においては、公認会計士がその不正を暴くことは通常は期待できないものというべきであるから、公認会計士が関与を開始するまでの間、何らの対応措置もとらずに、これを放置して、同新聞社に生ずる損害を拡大させるなどした取締役、監査役に対する損害賠償請求をしないまま、公認会計士に対してのみ損害賠償請求訴訟を提起するのは本末転倒であって、公認会計士および監査法人には、同新聞社の主張するような債務不履行ないし不法行為の事実があるとはいい難く、仮にその事実があったとしても、本件における損害賠償請求は信義誠実の原則に違反するものとして、これを認容することができない。
【参照条文】 民法1-2
民法415
民法644
会社法423
【掲載誌】 金融・商事判例1275号48頁
判例時報1985号79頁
事案の概要
本件は、地方新聞社からその財務に関する調査などを受任していた公認会計士およびその会計監査を受任していた監査法人の損害賠償責任をめぐって争われた事案であるが、同社の代表取締役の権限濫用が顕著であると同時に、そのような権限濫用を長年にわたって、本判決の言葉を借りれば、「見て見ぬ振り」をして放置ないし容認してきた同社の取締役および監査役の職務怠慢もまた顕著な事案であって、公認会計士および監査法人の責任を否定した本判決の判断それ自体には、そのような特殊な事案における事例的な意義を認め得るにとどまる。
民法
(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
(受任者の注意義務)
第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2 取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3 第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一 第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二 株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三 当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4 前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。