本件は、病院事業を営む原告が、株式会社A及びBから受けた総額24億1033万1186円の債務免除 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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役に立つ裁判例の紹介、法律の本の書評です。弁護士経験32年。第二東京弁護士会所属

本件は、病院事業を営む原告が、株式会社A及びBから受けた総額24億1033万1186円の債務免除(以下「本件債務免除」という。)に係る債務免除益(以下「本件債務免除益」という。)を事業所得の総収入金額に算入せずに平成17年分の所得税の確定申告をしたところ、処分行政庁からその一部である10億2116万5891円を事業所得として総収入金額に加算する内容の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)を受けたため、本件債務免除益には所得税基本通達36-17の適用があるから上記加算は許されないと主張し、本件更正処分等の取消しを求めた事案である。

(納税者勝訴)

 

 

平成26年改正により新設された
所得税法
(免責許可の決定等により債務免除を受けた場合の経済的利益の総収入金額不算入)
第四十四条の二 居住者が、破産法(平成十六年法律第七十五号)第二百五十二条第一項(免責許可の決定の要件等)に規定する免責許可の決定又は再生計画認可の決定があつた場合その他資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合にその有する債務の免除を受けたときは、当該免除により受ける経済的な利益の価額については、その者の各種所得の金額の計算上、総収入金額に算入しない。
2 前項の場合において、同項の債務の免除により受ける経済的な利益の価額のうち同項の居住者の次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める金額(第一号から第四号までに定める金額にあつては当該経済的な利益の価額がないものとして計算した金額とし、第五号に定める金額にあつては同項の規定の適用がないものとして総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額を計算した場合における金額とする。)の合計額に相当する部分については、同項の規定は、適用しない。
一 不動産所得を生ずべき業務に係る債務の免除を受けた場合 当該免除を受けた日の属する年分の不動産所得の金額の計算上生じた損失の金額
二 事業所得を生ずべき事業に係る債務の免除を受けた場合 当該免除を受けた日の属する年分の事業所得の金額の計算上生じた損失の金額
三 山林所得を生ずべき業務に係る債務の免除を受けた場合 当該免除を受けた日の属する年分の山林所得の金額の計算上生じた損失の金額
四 雑所得を生ずべき業務に係る債務の免除を受けた場合 当該免除を受けた日の属する年分の雑所得の金額の計算上生じた損失の金額
五 第七十条第一項又は第二項(純損失の繰越控除)の規定により、当該債務の免除を受けた日の属する年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額の計算上控除する純損失の金額がある場合 当該控除する純損失の金額
3 第一項の規定は、確定申告書に同項の規定の適用を受ける旨、同項の規定により総収入金額に算入されない金額その他財務省令で定める事項の記載がある場合に限り、適用する。
4 税務署長は、確定申告書の提出がなかつた場合又は前項の記載がない確定申告書の提出があつた場合においても、その提出がなかつたこと又はその記載がなかつたことについてやむを得ない事情があると認めるときは、第一項の規定を適用することができる。


    所得税更正処分取消等請求事件
【事件番号】    大阪地方裁判所判決
【判決日付】    平成24年2月28日
【掲載誌】     税務訴訟資料262号順号11893

       主   文

 1 処分行政庁が原告に対し平成20年5月2日付けでした原告の平成17年分所得税の更正処分のうち、総所得金額5765万2448円、納付すべき税額-1451万1239円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。

       事実及び理由

第1 請求
  主文同旨
第2 事案の概要
  本件は、病院事業を営む原告が、株式会社A(以下「A」という。)及びB(Bの地位は独立行政法人Cに承継された。以下、承継の前後を問わず「C」といい、Aと併せて「A等」という。)から受けた総額24億1033万1186円の債務免除(以下「本件債務免除」という。)に係る債務免除益(以下「本件債務免除益」という。)を事業所得の総収入金額に算入せずに平成17年分の所得税の確定申告をしたところ、処分行政庁からその一部である10億2116万5891円を事業所得として総収入金額に加算する内容の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)を受けたため、本件債務免除益には所得税基本通達36-17の適用があるから上記加算は許されないと主張し、本件更正処分等の取消しを求めた事案である。
 1 関係法令等の定め
  (1) 所得税法36条の定め
   ア その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする(1項)。
   イ アにいう金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする(2項)。
  (2) 所得税基本通達(以下「基本通達」という。)の定め
   ア 所得税法36条1項に規定する「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」(以下「経済的利益」という。)には、買掛金その他の債務の免除を受けた場合におけるその免除を受けた金額に相当する利益が含まれる(基本通達36-15(5))。
   イ 債務免除益のうち、債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては、各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする。ただし、次に掲げる場合に該当するときは、それぞれ次に掲げる金額(次のいずれの場合にも該当するときは、その合計額)の部分については、この限りでない。(基本通達36-17)
    (ア) 当該免除を受けた年において当該債務を生じた業務(以下「関連業務」という。)に係る各種所得の金額の計算上損失の金額(当該免除益がないものとして計算した場合の損失の金額をいう。)がある場合 当該損失の金額
    (イ) 所得税法70条の規定により当該免除を受けた年において繰越控除すべき純損失の金額(当該免除益を各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入することとした場合に当該免除を受けた年において繰越控除すべきこととなる純損失の金額をいう。)がある場合で、当該純損失の金額のうちに関連業務に係る各種所得の金額の計算上生じた損失の金額があるとき 当該繰越控除すべき金額のうち、当該損失の金額に達するまでの部分の金額
 2 前提事実(争いがないか、各項掲記の証拠(書証番号には特に断らない限り枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実等)
  (1) 当事者
    原告は、平成2年10月1日から平成18年9月30日まで、原告肩書地においてD病院(以下「本件病院」という。)を開設していた医師である。
    原告は、平成18年5月11日、医療法人社団E(以下「本件医療法人」という。)を設立してその理事長に就任し、同年10月1日、本件病院に係る事業を本件医療法人に引き継いだ(乙5から7まで)。
  (2) 本件債務免除の経緯
   ア 原告は、本件病院の建築資金及び運営資金等として、Cから平成元年10月18日に4億5600万円を、株式会社F銀行から平成2年10月31日に7億5200万円、平成5年12月21日に7億4270万円を、それぞれ借り入れた(乙1、2)。株式会社F銀行の原告に対する上記各貸金債権は、平成8年1月に株式会社G銀行に営業譲渡によって承継され、平成11年3月23日にAに譲渡された(乙3)。
   イ 原告が、平成17年8月9日当時、上記アの借入れに基づきA等に対して負担していた債務の総額は29億1033万1186円(内訳は、以下のとおり)であって、いずれの債務についても期限の利益を喪失していた(甲5の1、弁論の全趣旨)。
    (ア) Aに対する債務
      合計24億0247万0418円
     a 平成2年10月31日付け借入れに係る債務
       11億0236万2811円
       (内訳)
        残元金   4億9500万円
        未払利息  2093万2382円
        遅延損害金 5億8643万0429円
     b 平成5年12月21日付け借入れに係る債務
       13億0010万7607円
       (内訳)
        残元金   6億8150万円
        未払利息  1138万1772円
        遅延損害金 6億0722万5835円
    (イ) C
      5億0786万0768円
      (内訳)
       残元金   2億9170万円
       未払利息  2億0931万4292円
       遅延損害金 684万6476円
   ウ 原告は、平成17年8月9日、株式会社H銀行(以下「H銀行」という。)から5億円を借り入れ、これを原資として、Aに対し2億0830万円(前記イ(ア)aの残元金の一部に充当)を、Cに対し2億9170万円(同(イ)の残元金全額に充当)を、それぞれ支払った。これを受け、A等は、同日、原告に対し、上記イの債務の残額(総額24億1033万1186円)を免除した(本件債務免除。甲2、3)。
  (3) 本件更正処分等の経緯
   ア 原告は、平成18年3月14日、平成17年分の所得税について、青色申告書を提出して、別紙「課税の経緯」の「確定申告」欄記載のとおり確定申告(以下「本件確定申告」という。)をした。本件確定申告において、原告は、本件債務免除益を、事業所得の金額の計算上収入金額に算入していなかった。(甲1)
   イ 処分行政庁は、平成20年5月2日、原告に対し、別紙「課税の経緯」の「更正処分等」欄記載のとおり、本件債務免除益のうち10億2116万5891円を原告の平成17年分の事業所得の金額に算入する内容の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(本件更正処分等)をした(甲4)。
   ウ 原告は、平成20年6月24日、国税不服審判所長に対し、本件更正処分等について審査請求をしたが、平成21年6月2日、審査請求を棄却する旨の裁決を受けた(甲5)。
  (4) 本件訴えの提起
    原告は、平成21年11月26日、本件訴えを提起した(顕著な事実)。
 3 本件更正処分等の根拠
   被告が本件訴訟において主張する本件更正処分等の根拠は、後掲5の被告の主張のほか、別紙「本件更正処分等の根拠及び適法性」のとおりである。
 4 本件の争点
   本件の争点は、本件更正処分等の適法性であり、具体的には以下のとおりである。
  (1) 本件債務免除益に基本通達36-17の適用があるか否か
  (2) 本件債務免除益の一部のみを算入したことの当否
  (3) 国税通則法65条4項の「正当な理由」の有無
 5 争点に関する当事者の主張
  (1) 争点(1)(本件債務免除益に基本通達36-17の適用があるか否か)について
   (原告の主張)
   ア 基本通達36-17の趣旨及び判断基準
    (ア) 趣旨
     a 事業所得者が経営不振により著しく債務超過の状態となったため債権者から債務免除を受けた場合、原則どおりこれを収入金額に算入すると、実質的には支払能力のない債務の弁済を免れただけであるのに、その年の事業損失を超える債務免除であったときは事業所得としてこれに課税が行われることとなる。しかしながら、当該債務免除益は単に形式上の所得であって、これによって担税力のある所得を得たものとはいえない。基本通達36-17は、経済的利益を課税の対象とする旨規定する所得税法36条を根拠とし、その解釈として、上記のような債務免除益について、経済的利益の価額がゼロであるとして収入金額に算入しない取扱いを明らかにしたものである。
     b 被告は、基本通達36-17ただし書が一定の損失額の範囲で収入金額に算入するものとしていることと整合しないと反論する。しかし、このただし書の規定は、結局、上記aのような場合は本来債務免除益に対する課税は生じないが、事業損失がある場合には、形式的に債務が存在するとした上で、その事業損失から当該形式的債務免除益を控除して事業損失を確定させることとしたものというべきである。また、基本通達36-17はあくまでも債務免除益課税の例外を定める規定であるところ、債務免除益課税の例外の適用を受けた者について、翌年以降に事業損失の繰越しを許容することは、必要以上の非課税を認めるに等しいため、政策的にただし書が設けられたと解される。
    (イ) 判断基準
      所得税法9条1項10号は、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における強制換価手続による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得については所得税を課さない旨規定し、所得税法施行令26条は、上記の「政令で定める所得」を、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり、かつ、強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で、その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたものと規定し、基本通達9-12の2は、上記各規定にいう「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合とは、債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができないと認められる場合をいい、これに該当するかどうかは上記各規定に規定する資産を譲渡した時の現況により判定する旨規定する。
      基本通達36-17は、所得税法9条1項10号と同趣旨に出たものと解されるから、基本通達36-17にいう「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」とは、基本通達9-12の2にいう「債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができないと認められる場合」と、基本的には同一である。
      この点、被告は、基本通達36-17が予定する場面を「誰の目から見ても資力を喪失し経済的破綻状態が客観的に明らかな場合であって、課税上不公平な結果を招くことのない状態をいう」と言い換えているが、そのような文言はどこにもなく、失当である。
    (ウ) 判定時期
     a 上記(ア)のとおり、基本通達36-17は所得税法36条の合理的な解釈を確認した規定であるというべきである以上、租税法律主義の下、基本通達36-17の適用要件は、文言に忠実に解釈されるべきであり、「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合に受けた」債務免除に当たるか否かは、債務免除を受ける直前の状況から判断すべきである。このことは、基本通達36-17の趣旨(前記(ア))に加え、以下の点からも明らかである。
      (a) 貸倒損失に係る基本通達51-11(4)及び法人税基本通達9-6-1④は、「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知した」場合には、債務免除額が貸倒損失として必要経費に算入されることとしている。基本通達36-17は、債務免除益という経済的利益の内容について実質的に評価するために、債務免除に伴う純資産の増加が実質を伴うものかどうかを問題としているところ、経済的利益の実質的価値の有無が問題となるのは、貸倒損失に関する基本通達51-11(4)も同様であるから、上記各通達と基本通達36-17との適用場面とは原則として共通するというべきである。
      (b) 所得税法9条1項10号について、財団法人M協会発行の「資産税質疑応答集」は、基本通達9-12の2にいう「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」の判断時点を、当該譲渡を行ったときの直前の状況と解説している。
      (c) 相続税法8条ただし書は、債務者が資力を喪失して債務を弁済することが困難である場合において、当該債務の全部又は一部の免除を受けたときの債務免除益について、その債務を弁済することが困難である部分の金額については贈与又は遺贈により取得したものとはみなさない旨規定し、相続税法基本通達8-4が準用する同通達7-5は、上記の「債務を弁済することが困難である部分の金額」は、債務超過の部分の金額から、債務者の信用による債務の借換え、労務の提供等の手段により近い将来において当該債務の弁済に充てることができる金額を控除した金額をいうが、特に支障がないと認められる場合においては、債務超過の部分の金額を「債務を弁済することが困難である部分の金額」として取り扱っても妨げないと規定する。
        このように、相続税法も、債務免除益の担税力の有無を、債務免除を受ける直前の、債務者の、免除対象となった債務の弁済能力の有無という基準でもって規律している。
      (d) 米国の内国歳入法典108条は、債務免除が債務超過時に生じた場合には、当該債務免除益は総所得に算入されず、債務超過額については、債務免除直前の納税者の資産と負債を基準にして決定される旨規定しており、比較法的観点からも、基本通達36-17の適否の判断は、債務免除の直前と解釈するのが妥当である。
     b 被告の主張に対する反論
      (a) 被告は、基本通達36-17の適用の有無は、債務免除を受けた結果の現況において判断されるべきであると主張する。
        しかし、被告の主張に従うと、実務において、基本通達36-17の適用場面は全く想定できない。債務者が破産し、免責を受けた場合にも、支払義務がなくなっている以上、「債務者が債務免除を受けてもなお資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」という状態ではないため、基本通達36-17の適用はないことになり、不合理である。
      (b) 個人事業者が多額の債務を負担していた場合、合理的な任意整理により債務免除を受け、事業再生を期したとしても、基本通達36-17の適用がないこととなるが、これは個人事業者について事業再生の道を事実上閉ざすものとなり、不当である。
      (c) 法人税法においては、債務免除益は益金として取り扱われる結果、債務免除益課税が法人の事業再建の障害となっていたため、同法59条等の規定の適用範囲が、度重なる改正により徐々に広げられてきた。これに対し、所得税法においては、債務免除益課税について特段の改正がされていないが、その理由は、基本通達36-17の規定があるからとしか考えられない。
        また、基本通達36-17の前身である昭和38年8月1日付け個別通達(昭38直審(所)70、直所1-62。以下「昭和38年個別通達」という。乙16)が、和議手続が開始された個人について、債務免除益を収入金額に算入しない旨明記している。
        さらに、昭和38年12月の税制調査会の答申(甲14)は、「債務免除益に対する課税については、破産の場合とのバランスもあり、債務超過ないし支払不能の場合につきなんらかの課税軽減の措置を講ずる必要があると認められるが、他方脱法行為をいかに防止するかの問題があるので、軽減の方向でその具体的方法について検討するものとする」としているところ、同答申は、事業の破綻が目の前に迫り事業継続のためには債務免除が必要不可欠であり、かつ、必要最小限の債務免除を受けた場合には債務免除益に課税しない、という措置を講ずることを目指すものと解すべきである。
        以上によれば、基本通達36-17は、事業再生を目的とする債務免除であるとの理由で、その適用が排除されるものではないというべきである。
   イ 本件事案の当てはめ
    (ア) 原告は、平成17年8月当時、A等に対し多額の負債を抱え、著しい債務超過の状況に陥っており、当時の原告の信用、才能等をもってしても、これらの負債を弁済することは到底不可能な状態であった。そのような中、原告は、A等との間で協議を重ねた結果、保証人2名を立てた上でH銀行からようやく5億円の融資を受け、これをA等に対する弁済に充てることで、残余の借入金債務につき本件債務免除を受けることができたものである。これらの判断は、利害の相反する者同士においてなされたものであって、そこには租税回避的要素は一切認められない。また、本件債務免除の前後の原告の資産及び負債の状況は、別表1のとおりであり、債務免除後もなお約3478万円の債務超過の状態になっている。
      そうすると、本件債務免除は、まさに、原告の債務超過の状態が著しく、原告の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができないと認められる場合に該当することは明白であり、基本通達36-17が予定する典型的な場面であるというべきである。
    (イ) 被告は、原告が、医療法人化以降、月額250万円の役員報酬を得ていること等を指摘する。しかしながら、債務免除益が収入金額に算入されないという法律効果は、債務免除を受けた時点で発生する以上、被告が指摘するような本件債務免除から1年以上も経過した後の事情は、基本通達36-17の適用の有無の判断に、何らの影響を及ぼさないというべきである。また、原告は、医療法人化以降も、相変わらず資金的に余裕のない経済状況が継続している。
    (ウ) 仮に、被告の主張するとおり、基本通達36-17の要件の判断基準時を債務免除後としても、本件債務免除益には同通達が適用されるべきである。すなわち、本件債務免除益に課税された場合、その税額は、所得税が8億円、地方税が3億円強にも及ぶから、原告は、本件債務免除を受けた後においても、H銀行に対する借入金債務5億円の他に11億円強の租税債務を負担することとなる。しかるところ、原告は本件債務免除を受けた後においても、これら16億円強の負債を返済するだけの資力はないといわざるを得ないから、本件債務免除益に基本通達36-17が適用されるべきである。
   (被告の主張)
   ア 基本通達36-17の趣旨及び判断基準
    (ア) 課税減免規定は厳格に解釈すべきであること
      課税減免規定の解釈に当たっては、課税要件規定以上に、その法律の趣旨・目的に沿った厳格な解釈が要求されており、みだりに拡張、類推して解釈することは、慎まなければならない。包括的所得概念が採用されている我が国の所得税法の下においては、債務免除益は、原則として担税力を有する課税所得に当たると解されており、所得税法所定の非課税所得には該当しない。したがって、債務免除益を例外的に非課税とするためには、債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められ、およそ「担税力を有する経済的利益」という法概念には該当しない場合であることが必要である。担税力が(たとえ不十分であれ)未だ存在するのに、これを非課税とすることは、実質的には、減免規定がないにもかかわらず、独自の見解により減免規定を拡張、類推するのに等しく、法解釈として許されないというべきである。
    (イ) 趣旨
      事業所得者が、経営不振による著しい債務超過で経営破綻に陥っている状況で、債権者が債権放棄したなどの場合には、債務者は実質的には支払能力のない債務の弁済を免れただけであるから、当該債務免除益のうちその年分の事業所得の計算上生じた損失の額を上回る部分については、担税力を得た所得とみるのは必ずしも実情に即さず、かかる債務免除額に対して所得税法所定のとおり収入金額として課税しても徴収不能となることは明らかで、いたずらに滞納残高のみが増加し、また滞納処分の停止を招くだけであり、他方、上記のような事情にある明らかに担税力のない者について課税を行わないこととしても、課税上の不公平が問題となることはなく、むしろ課税をすることに一般の理解は得られないものと考えられる。基本通達36-17は、所得税法36条1項の特例として、かかる無意味な課税を差し控え、積極的な課税をしないこととしたものである。
    (ウ) 判断基準
     a 所得税法9条1項10号及び所得税法施行令26条は、原則として、強制換価手続等により資産が譲渡された場合であっても、その譲渡所得に対しては所得税を課すことを前提として、基本通達36-17と同一の文言である「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」に限り、例外的に所得税を課さないこととしている。その趣旨は、強制換価等によって資産の譲渡が行われるのは、その資産の全部をもってしても債務の全部を弁済することができないような状態に陥って初めてなされる場合が多く、このような場合に譲渡所得に対する課税を行っても、その者には担税力がなく、結果的には徴収不能になることが明らかであることや、個人に対しては、その最低限度の生活を保障すべき憲法上の要請があることを考慮して一定の合理的な範囲で課税所得とすることを控え、個人の生計維持を図ったものと考えられる。
       そして、所得税法9条1項10号及び所得税法施行令26条に規定する「資力を喪失し債務を弁済することが著しく困難」の意義について、基本通達9-12の2は、「債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができないと認められる場合をいい、これに該当するかどうかは、これらの規定に規定する資産を譲渡した時の現況により判定する。」と規定する。
     b 基本通達36-17と所得税法9条1項10号及び所得税法施行令26条において、それぞれ「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である」場合との文言が用いられているが、両者は同一の趣旨に出たものであることが明らかであり、同一の文言である以上、同様に解するのが合理的である。したがって、基本通達36-17にいう「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」とは、「債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができないと認められる場合」をいい、誰の目から見ても資力を喪失し経済的破綻状態にあることが客観的に明らかな場合であって、課税上不公平な結果を招くことがない状態をいうものと解すべきである。