刑訴規則第179条第1項違反と刑訴第411条第1号
弁護士法違反司法書士法違反被告事件
最高裁判所第2小法廷決定/昭和33年(あ)第220号
昭和33年9月12日
【判示事項】 刑訴規則第179条第1項違反と刑訴第411条第1号
【判決要旨】 刑訴規則第179条第1項に違反して、被告人に対する第1回の公判期日の召喚状の送達が起訴状の謄本を送達する前になされた違法があつても、起訴状の謄本の送達と第1回の公判期日との間に20日の期間が存し、しかも右第1回の公判期日において裁判官が訴訟当事者に弁論を命ずることなく被告人に対し十分訴訟準備をするように告げた上公判期日の変更決定をなし、更に16日先きに次回の公判期日を指定し告知したような場合においては、右の違法は未だ判決に影響をおよぼすべきものとはいえない。
【参照条文】 刑事訴訟法275
刑事訴訟法411
【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集12巻13号3007頁
最高裁判所裁判集刑事127号147頁
刑事訴訟法
第二百七十五条 第一回の公判期日と被告人に対する召喚状の送達との間には、裁判所の規則で定める猶予期間を置かなければならない。
第四百十一条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
二 刑の量定が甚しく不当であること。
三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
五 判決があつた後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があつたこと。
刑事訴訟規則
(第一回の公判期日・法第二百七十五条)
第百七十九条 被告人に対する第一回の公判期日の召喚状の送達は、起訴状の謄本を送達する前には、これをすることができない。
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
被告人本人の上告趣意について。
第一点は、判例違反に言及する部分もあるが、引用の諸判例は本件に適切を欠き、論旨は結局訴訟法違反の主張に帰し、上告適法の理由とならない。そして所論の点について原審のした判断は正当である。
第二点は、違憲をいう点もあるが、結局は訴訟法違反の主張に帰し、上告適法の理由とならない。刑訴規則一七九条一項に違反して、被告人に対する第一回の公判期日の召喚状の送達が、起訴状の謄本を送達する前になされた違法があつても、本件の如く、被告人に対する起訴状謄本の送達と第一回公判期日との間に二0日の猶予期日が存し、しかも右第一回公判期日において裁判官が訴訟当事者に対し弁論を命ずることなく、被告人に対し十分訴訟準備をするように告げた上公判期日の変更決定をなし、更に一六日先きに次回公判期日を指定しこれを告知したような場合においては、事件の審理につき被告人に十分な訴訟準備の余裕があり、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞があるとは認められないから、右の違法は未だ判決に影響を及ぼすべきものとはいえない。またたとえ右第一回公判期日前に被告人が裁判所に書面を提出して、右の違法を理由とする異議の申立をしたにせよ、裁判所は、事件の審理に入るに先立ちまずその判断を示すことを要せず、殊に申立がその理由のないときは、特にその申立を棄却する言渡をする必要がないことは、大審院及び当裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和一二年(れ)第一七六0号、同一3年3月一一日大審院判決、刑集一七巻四号一8六頁、昭和二四年(つ)第二七号、同年一0月3一日大法廷決定、刑集3巻一0号一六83頁参照)。されば第一審が被告人の所論上申書及びその訂正申立書による申立に対し特に裁判を言い渡さなかつたことは違法でなく、所論憲法3二条違反の主張は前提を欠く。
第3点は、判例違反を主張するが、引用の判例は本件に適切を欠き、論旨は結局訴訟法違反の主張に帰し、上告適法の理由とならない。そして、本件追起訴状の提出をもつて、包括一罪を構成する行為で起訴状に洩れたものを追加補充しこれを審判の対象にする趣旨でなされたものであることが窺われないこともないとした原判示は正当である(昭和二九年(あ)第一四00号同3一年一二月二六日大法廷判決、刑集一0巻一二号一七四六頁参照)。
第四点は、違憲をいうけれども、刑訴二七二条、刑訴規則一七七条の規定は控訴の審判については準用されないものと解すべく、同規則一七8条の規定は控訴の審判についても準用されるが、同条により裁判所のなす弁護人選任の照会手続は、憲法3七条3項前段の要請にもとずくものでないことは当裁判所昭和二五年(あ)第二一五3号、同二8年四月一日大法廷判決(刑集七巻四号七一3頁)の判示するところであるから、所論違憲の主張は前提を欠き論旨は結局訴訟法違反の主張に帰し、上告適法の理由とならない。そして、本件は必要的弁護事件ではないから原審が被告人に対し同規則一七8条一項後段の規定により弁護人の選任を請求するかどうかを確めなかつた違法があるとしても、右の違法は未だ判決に影響を及ぼすべきものとはいえない。
第五点は、当審における訴訟手続の法令違反を主張するものであつて、原審ないし第一審のそれを主張するものではないから主張自体上告適法の理由となりえない。
第六点は、違憲に言及する点もあるが、司法書士法九条、二一条の規定は、司法書士という業務取締の必要上、司法書士の業務上の反則行為について司法書士を処罰する趣旨に外ならず、如何なる地位、身分にある人でも、いやしくも司法書士として業務上の反則行為をすれは処罰されるのであり、原判示もまたこの趣旨を判示せるものに外ならず(昭和30年(あ)第四80号昭和3二年3月二六日第3小法廷判決参照)、所論違憲の主張は前提を欠き、その余の論旨は単なる法令違反の主張であつて、上告適法の理由とならない。そして所論の点についての原判示は正当である。
第七点は、判例違反に言及する部分もあるが、引用の判例は本件に適切を欠き、論旨は結局単なる法令違反と事実誤認の主張をいでず、上告適法の理由とならない。そして所論の点について原審のした判断は正当である。
第8点は、判例違反を主張するか、引用の判例は本件に適切を欠き、論旨は結局訴訟法違反の主張に帰し、上告適法の理由とならない。そして、所論の点については、原判決は、原判示事実は、所論指摘の点についても優にこれを認めることができ、事実誤認があるとは思われない旨判示して判断を与えていることが明瞭である。
第九点は、違憲に言及する部分もあるが、論旨は結局訴訟法違反の主張に帰し、上告適法の理由とならない。刑訴規則二四3条の規定は、控訴の相手方である検察官に対し答弁書差出の義務を課したものと解すべきではないから、原審の措置には所論の違法はない。
第一0点は、主張自体何ら具体的な上告趣意を述べていないのであるから、結局上告適法の理由のないことに帰する。
また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて同四一四条、38六条一項3号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 藤田8郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)
被告人の上告趣意
第一点 被告人が、「本件起訴状及び追起訴状が弁護士法第七二条違反行為の要件である報酬を得る目的について単に報酬を得る目的でと記載し、各個の行為について如何なる報酬をとつたか又はこれを請求したかという具体的な方法を示していないものとして無効であり、第一審が斯かる無効の起訴状及び追起訴状を受理し又は右のような訴因不特定の公訴において釈明義務を尽さなかつたのは違法である」と主張したことに対して、原審は、「訴因は罪となるべき事実が特定される程度に記載されれば足りるものであるから、弁護士法違反の行為そのものについて違反の日時、場所及び方法を明示している以上、目的について所論のような事項を明示しなくても、訴因の特定に欠けるところがない」として、被告人の右主張を排斥したのであるが、これは次の理由によつて妥当性を欠いたものである。
即ち、訴因とは公訴事実を法律的に構成したものを云うのであつて、所謂犯罪事実を更に具体的に叙述することである。してみると、刑訴法第二五六条第3項が、日時、場所及び方法の記載を要するとした所以は、罪となるべき事実を特定するために要求せられているものであつて、それは、罪となるべき事実そのものではないということになるのである。ところが、起訴状及び追起訴状は単に構成要件事実を其の侭に当て嵌めて羅列したにすぎないのであつて、目的犯たる弁護士法第七二条違反たらしむるための報酬ということに関して、前述した如くに、各個の行為について如何なる報酬をとつたか、或は、これを如何にして請求したかという点にまで客観的に認識し得られる程度の事実の記載がない以上、方法を具体的に明示したとは云えないのである。大審院第二刑事部昭和五年七月十日判決の一節に、「他ノ犯罪事実ト識別スルコトヲ得サルモノ若クハ犯罪ノ内容ヲ知ルニ由ナキモノハ孰レモ犯罪事実ノ表示トシテハ不適法ニシテ其ノ公訴提起ノ手続ハ無効ナリ」と判示されたことに意見の一貫せるものがあると考えられるのであるから、原審が此の点に関して判示したこととは甚だしく相異すると云わなければならぬ。何となれば、訴因は罪となるべき事実が特定される程度に記載されれば足りるとするならば、本件起訴状及び追起訴状の様に、犯罪事実の方法の記載が余りにも抽象的に為されて居り、果して訴因として特定したか否か判断がつきかねる状態にあつても妨げないことになり、このことを以つて、『疑わしきは罰せず』といつた根本精神に適合したとどうして云い切れよう。結局、本件起訴状は、右大審院判例中の「犯罪ノ内容ヲ知ルニ由ナキ」ものに該当し、刑訴法第二五六条第3項の訴訟手続に違背せることが明かである。蓋し、刑事訴訟に於いて、公訴提起の対象となり審判の対象となる事実は、未だ法律的構成を経ない社会的事実である。其の事実が真実は如何なる事実か、又如何に法を適用するかが審判の任務である。ただ現行刑事訴訟法が当事者主義をとつていることの関係から、相手方に不意打ちを与えない為に、検察官の終局的に挙証しようとする事実を相手方すなわち被告人に告知しておくことが必要であること、又、裁判所が予断排除の原則に従つて白紙の心証で公判に臨むので、訴訟指揮を可能ならしめるために同じく訴訟に於ける論点を通告しておくことが必要であることから、訴因の形で事前に裁判所並びに被告人に論点を通知しておくのが訴因制度である。従つて、訴訟の客体は一つの実体を持つた公訴事実であり、訴因はその訴訟に於いて認定され争われるべき観念形象だということになる。現行法はその著しい当事者主義化に伴つて、公訴事実の特定を欠いてはならぬということのほかに、更に一歩を進め、公訴事実に対する表象が、実体形成の進展と共に変化するに伴い、このことを手続面に反映することにより当事者の攻撃、防禦の焦点を明確にして当事者弁論主義の実をあげようとしたのである。のみならず、訴訟の実体面は、手続面に対して重要な意味をもち、手続は、その行われる時の実体形成の段階を標準とする結果、手続の形式的確実性の要求からも、できるだけその標準となる実体形成を手続面に反映させることが望まれたのである。斯かる法的要請に応えるためには、原審の判断せることは余りにも不自然なるものであり、原審が、「第一審は斯かる公訴に対し、釈明義務を尽さなかつたのは違法でない」と判断したそのことが既に、訴訟手続に瑕疵があつたことを回避したというの外ない。当に、本件起訴状及び追起訴状は無効であり、後日之を補正追究することによつても有効とはならず、しかも、第一審が本件起訴状及び追起訴状に付き斯かる訴因不特定の公訴に対し、釈明義務を尽さないで審判したという訴訟手続上の瑕疵があるというべきである。(判 例)「起訴状において指摘さるべき公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因は構成要件に該当する事実の表象である所から云つて、公訴事実として指摘さるべきものは、構成要件に該当する具体的事実でなければならない。そこで、事実の具体性とその具体性の内容たる特殊性とを明確にする事項である限り、これを記載することは、まさに理の当然とする所であつて、これを記載することこそ、訴因制度の理念としての被告人の防禦の準備に役立つものといわなくてはならない」(東京高裁第九刑事部昭和27年11月1日判決、タイムズ26号五七頁)、「公訴ヲ提起スルニハ被告人ヲ指定シ犯罪事実及罪名ヲ示スベシト規定シアリテ其ノ所謂犯罪事実トハ犯罪ヲ構成スル具体的事実ヲ指スモノナリト解スヘキモノトス、蓋シ我刑事訴訟法ハ審判ノ請求ヲ受ケサル事件ニ付判決ヲ為スコトヲ許サス、而シテ審判ノ請求ヲ受ケタリヤ否ヤ即公訴物体ノ範囲ナリヤ否ヤハ公訴ニ係ル犯罪事実ニヨリテ定マルモノナレハ其ノ犯罪事実タルヤ犯罪ヲ構成スル具体的事実ナリト謂ハサルヘカラサレハナリ、故ニ他ノ犯罪事実ト識別スルコトヲ得サルモノ若クハ犯罪ノ内容ヲ知ルニ由ナキモノハ孰レモ犯罪事実ノ表示トシテハ不適法ニシテ其ノ公訴提起ノ手続ハ無効ナリト謂ハサルヘカラス」(大審院第二刑事部昭和5年7月10日判決、刑集九巻五08頁)「訴因の特定は絶対であつて之が特定して居ない起訴は無効であつて、後日補正追完によつて有効となるべき性質のものではない」(広島高裁第二刑事部昭和25年10月27日判決、高裁刑集特報14号一33頁)。本件起訴状及び追起訴状の訴因は孰れも特定されて居らなかつたのであることは、以下の事情により完全に裏付けされているものと思われる。即ち、本件起訴状及び追起訴状の訴因として「報酬を得る目的で」と記載されてあるが、この報酬とは弁護士報酬(日本弁護士連合会報酬等基準一覧)をいうのか、司法書士報酬(法務大臣認可報酬)のことか頗る明瞭を欠いている。被告人は、司法書士であるから、非司法書士が為した云々というような単純な場合に於ける区別によるときとは根本的に相違しているので、如何なる内容のものを右の孰れの報酬と表現しているかわからないことをその侭に受けて事実認定した形式をとり、被告人を有罪とする判決宣告を為した第一審の裁判態度は、全く被告人の基本的人権を無視したものであつたのである。要するに、不告不理の原則にしたがつて、第一審は判決すべからざる事項について判決をしたことになるのであつて、被告人の立場を不利益に陥れたものである。
第二点 被告人が、「第一審が被告人に対し起訴状謄本の送達をする前に第一回公判期日の召喚状の送達をしたのは違法であり、右違法は判決に影響を及ぼすものである」と主張したのに対し、原審は、「右のような違法な召喚手続によつて開かれた第一回公判期日に裁判官が弁論の追行を命じたときは防禦権の不法制限の問題が起り得る余地があるけれども、本件のように右第一回公判期日が変更となり、しかも次回公判期日迄に相当の期間を存しているときは被告人の防禦の準備に支障をきたすものとはいえない」として、被告人の右主張を排斥したのである。従つて、被告人の為した行為が本件審理の対象となるものでないことは前項で述べたところであるから、第一回公判期日が変更処分されたことにはならない。しかも、第一審で昭和卅二年3月廿8日の第一回公判期日に於いて、既に被告人が同年同月十五日附上申書、及び同月廿六日附上申書訂正の申立書を提出してあつたに拘らず、これを全く看過して、期日続行の処分を被告人に告知したのであるにすぎない。凡そ、訴訟手続に瑕疵があるときは、異議の申立をしなければその瑕疵が治癒されたこととなり、この異議申立の方法及び時機については別段制限が存しないのであるから、敢えて被告人は上申書と題する右書面を第一回公判期日前に第一審に提出したのである。従つて、被告人は適式に前叙訴訟手続上の瑕疵に対し責問権を行使したのであるから、第一審は刑訴法第338条第四号を準用して公訴棄却の判決を言渡さねばならなかつた所、之を為さなかつたのであるから、刑訴法第四一一条第一号により、原判決を破棄すべきである。就中、被告人は第一審に対し、(1)昭和卅二年3月十五日附上申書、及び同月廿六日附上申書訂正の申立書を以つて、「昭和卅二年3月七日御庁が被告人に宛てて為したる、起訴状謄本並びに、昭和卅二年3月廿8日午前十時第七号法廷に於いて公判を開始するとの第一回公判期日召喚状の送達行為が違法であるとの異議は理由がある」との裁判を求め、且つ又、(2)詳細の内容については後述するが、昭和卅二年3月廿六日附上申書を以つて、「御庁が昭和卅二年3月十一日附で大阪地方検察庁より公訴提起のあつた起訴状を受理して其の訴因につき昭和卅二年3月二日附公訴提起のあつた追起訴状による訴因を併合審理することとしたことは違法であるとの異議は理由がある」との裁判を求めたのであるが、第一審は之に対しては何らの裁判をも為さなかつたのである。要するに、憲法第3二条は「何人も、裁判を受ける権利を奪はれない」と定め、凡そ裁判所は訴訟関係人から裁判を求める申立が適式に為された以上、この裁判をすることを拒否してはならないのであつて、刑訴法第四3条第二項、第3項、刑訴規則第33条第一項但書、第3四条後段により、第一審は、被告人が為した右二件の申立に対し、夫夫別個に何らかの決定を為し、その裁判書の謄本を被告人に送達しなければならないことになつているに拘らず、被告人はかかる裁判書の謄本の送達を受けていないのであるから、結局、第一審は憲法第3二条に違反せる行為をなしたのである。斯くして、第一審は判決の宣告を為すに先だつて、裁判官の良心に恥ぢる所為に出でたものであるから、この様な裁判心理の過程によつて為された判決そのものに公平な裁判を為す意思がなかつたと解するは、ひとり被告人のみに止まらないであろう。このことは、原審に於いても同様のことが云えるのであつて、以下に逐次順を追つて述べるように、裁判が司法権という権威に基いて為さるべき大原則を忘却したこととなるのである。よつて、刑訴法第四0五条第一号前段に該当すると考えるのである。仮りに、この被告人の考えが当嵌まらない場合でも、刑訴法第四一一条第一号に該当するとされねばならぬこと明らかである。
第3点 被告人が、「昭和卅二年3月十一日附の追起訴状記載の訴因は同年同月二日附の起訴状記載の訴因と包括して一罪を構成するものであるから、右追起訴状による公訴は二重起訴であるに拘らず、第一審がこれを棄却しないで受理し右追起訴状記載の訴因を審判の対象としたのは違法である」と主張したことに対し、包括上の一罪であることを認定しながらも、原審は「第一審が本件追起訴状の提出を二重起訴と見ないで訴因の追加補充と解して同状記載の訴因を審判の対象としたのは相当である」として、被告人の右主張を排斥したのである。
しかし乍ら、刑訴法第3一二条第一項は、裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならないと定めて居るが、第一審が追起訴状の提出を以つて訴因を追加したものとして許した形跡は記録上見当らないし、又、罪数については裁判所の判断にまつものであると検察官が意見を述べたにしても、それはあくまでも、意見はやはり意見であつて、それを以つて直ちに第一審がこの意見に拘束されたとみることはできないのである。要するに、追起訴状の提出という訴訟行為と訴因の追加という訴訟行為との間には外観より判断して厳然とした動かし難い区別があることは、孰れもが要式行為であることによるものであり、原審が判決に於いて指摘した如くに、勝手に追起訴を訴因の追加補充と解することは刑訴法の解釈を誤まれるものである。而して、右に述べたる如く、仮りに検察官が第一審の公判廷に於いて罪数については裁判所の判断にまつとの意見を述べたことがあつて、第一審が訴因の追加を適当と認めた場合には、検察官に対して訴因の追加を追起訴前に命じて居る筈であるのに、これさえも記録上明らかにされていないのである。とりわけ、被告人は、第一審から刑訴法第3一二条第3項所定の通りに、訴因追加の手続ありし旨の通知を受けたことがなく、単に追起訴状の送達を受けたにすぎないから、結局、被告人の防禦に実質的な不利益を与える結果となるような重大な事項について、第一審は訴因追加の手続をとらずに、抜打ち的に追起訴のあつたことを訴因の追加ありたるものの如くに原審が認定したことは違法であるとせられねばならないのである。このことは、刑訴法第四0五条第3号に該当する。(判 例)「訴因制度を採用している現行刑訴法の下においては、このような被告人の防禦に実質的な不利益を与える結果となるような重大な事項について裁判所が訴因の追加又は変更等の手続を経由しないで、抜打的にこれを認定することは違法であり審判の請求を受けない事件について裁判をした違法を犯す結果ともなるのであつて、」(東京高刑一部昭和28年3月4日判決、タイムズ二九号五九頁)従つて、被告人が主張を変更しない通りに、大阪地方検察庁は訴因追加の手続によらず、包括上の一罪なることを認識し乍ら、所論の如く追起訴したのであることは明々白々の事実であつて、之要するに二重起訴があつたことを意味すると断定して然るべきだと考えるのである。このことは、刑訴法第四0五条第3号に該当するものである。
第四点 憲法第3七条第3項、刑訴法第30条第一項は、必要的弁護事件であると否とを問わず、被告人が弁護人を選任する権利があることを規定したものである所、刑訴法第四0四条、同規則第二五0条により刑訴法第二七二条、同規則第一七七条、第一七8条が準用される結果、原審は被告人に対して弁護人選任請求権の告知をしなければならないのに拘らず、之を為さなかつたという違法がある。このことは、刑訴法第四一一条第一号に該当するものである。謂うに、原審は被告人から弁護人選任権を奪つて不法に被告人の弁論を制限したといえるのである。
第五点 貴審は、被告人に対して弁護人選任権の告知をしないで、昭和卅3年二月七日附の上告趣意書提出最終日通知書を被告人に送達したけれども、之は、刑訴法第四一四条、同規則第二六六条により当然に考えられる通りに、被告人の弁論を不法に制限されたものであるとみなければならない。要するに、被告人が選任するか否かはさて措いて、被告人に弁護人選任の権利あることを告知しておかなければならなかつたものを貴審は被告人に対し斯かる告知をしなかつた点に重大なる瑕疵があるというべきであつて、このことは、刑訴法第四一一条第一号に該当するものである。
第六点 被告人が、「弁護士法第七二条違反と司法書士法第九条違反とは犯罪の実質が同じであるから、両者は択一的関係にあり、司法書士が非弁活動をしたときは司法書士法第九条違反として同法第二一条の罰則のみを適用すべきであるに拘らず、第一審判決が弁護士法第七二条違反の罰則をも適用したのは違法であり、仮りに司法書士法第九条は弁護士法第七二条と異り報酬を得る目的を必要としないとすれば、司法書士でない一般の者が報酬を得る目的なくして非弁活動をしても処罰されないのにひとり司法書士のみが司法書士法第九条違反として処罰される結果となり、司法書士と一般の者とが平第に取り扱われないことになるから、右司法書士法の規定は憲法第一四条に違反する」と主張したのに対して、原審は、「弁護士法第七二条と司法書士法第九条とはその違反行為の内容については相通ずるものがあるけれども、前者は一般に非弁護士の法律事務の取扱を取り締る規定であり、後者は司法書士の業務の範囲を越える行為を取り締るものであつて互にその制定の趣旨を異にするのみならず、両者はその構成要件をも異にするから、被告人の行為が原判示の通り両者の構成要件を具備する以上これに対しては両者の罰則を適用すべきであり又司法書士法第九条及びその罰則の規定は司法書士のみに適用され、司法書士でない者が適用を受けないのは偶々司法書士でないからであつて、何人でも司法書士となれば右規定の適用を受ける筋合である」として、被告人の右主張を排斥したのである。最高裁判所大法廷は、昭和廿8年六月廿四日に「不均等が一般社会通念上合理的根拠あるときには憲法第一四条第一項に違反しない」と判示したので、これを反対解釈すると、不均等が一般社会通念上合理的根拠を欠くときには憲法第一四条第一項に違反すると解される所、原審が判示した如くに、司法書士法第九条及びその罰則規定は司法書士のみに適用され、司法書士でない者が適用を受けないことになつているのは、偶々司法書士でないからであつて、何人でも司法書士となれば右規定の適用を受けるのであると解するならば、何もわざわざ該規定の適用を受けるために司法書士になる馬鹿げたことはないことになる。若し、そうであるならば司法書士法という法律までも制定して司法書士業務を保護している所以が詳かでないのである。司法書士が所轄法務局若しくは地方法務局の長の選考による認可によつてその間に特別権力関係が発生し、行政処分の対象となるというだけであるならば当然のことと考えられるけれども、以上の如くに司法書士なるが故に斯くも馬鹿か狂人扱いにされるならば、まさに司法書士法が制定された趣旨そのものからして詭弁にとらわれたとしか解釈し得ないのである。惟うに、司法書士法第一条の司法書士独占業務と弁護士職務との関係如何を検討したときに、原審判示の如くに、弁護士と司法書士とは職業の面で根本的に異なることを認めたとすれば、その比較上当然に互に独立した職域を有するものと解さねば社会通念上合理的根拠を欠いたことになるであろう。換言すれば、弁護士法第3条第一項により弁護士は法律事務を取り扱うを業とする者であるが、その法律事務という法概念の中に司法書士業務が包含されるか否かという重大問題に直面せざるを得ないのであつて、若し包含されることを肯定すれば、本件の場合に一所為数罪と断定し、之を否定すれば、単に択一関係が存在することになるのである。
扨、被告人は後者の説を正しいと考えるので、一つ茲で之を証明しよう。(1)弁護士法第3条第二項は、「弁護士は、当然、弁理士及び税理士の事務を行うことができる」と規定し乍ら、弁理士法第3条第一号及び税理士法第3条第一号によると、ただ弁護士は、弁理士及び税理士となるための資格試験が免除されるというだけであつて、此の両法が孰れも登録制度を採用している結果、矢張りこの登録をしないと、弁理士法違反や税理士法違反となる。(2)弁護士法と司法書士法とが互に独立して各法益を保護している。(3)弁護士の職務である法律事務の中に司法書士業務が包含された場合には、司法書士は所轄地所在の弁護士会の強制加入による統制を受ける筈であるが、弁護士法第3一条第一項の趣旨に照らし、弁護士会は弁護士を構成分子とする私法上の一法人であつて、司法書士なるものはその事務所を設置する地に所在する司法書士会の団体統制に服する。尚、司法書士なるためには、司法書士法第四条第一項は、法務局又は地方法務局の長の選考による認可を受けねばならないことに規定してあるから、弁護士と雖も、この非司法書士という法概念に包含される結果、その司法書士の認可なくして司法書士業務に従事することはできないのである。従つて、司法書士法の各法条に照らしても、弁護士がこの司法書士選考より免除されるとの規定がないのである。(4)司法書士の認可を受けた者は、所轄法務局の長の行政監督に服することになるが、この行政監督権は弁護士ということでは及ばないし、第一に、それを及ばせる法的根拠とてもない。これを強いて、法律事務の中に司法書士業務を包含させることは、従来の司法書士に対する行政監督権の行使に権威を失わしむるのみならず、一般の人が司法書士業務に従事したときには単に弁護士法第七二条違反ということになつて、司法書士法第十九条第一項本文は全く空文に等しくなる。(5)司法書士法第十九条第一項によると、司法書士の認可を取得した者は、司法書士会に入会しなければ、司法書士業務に従事することはできないが、但し、他の法律に別段の定があるときは差支えないと謂うのであつて、弁護士はこの司法書士そのものでないから、矢張り司法書士会に入会するか否かはさて措いて、司法書士の認可はどうしても取得しないと司法書士業務に従事することができない。(6)司法書士制度が近代的成文法の形で現われたのは、明治五年大政官布達の司法職務定制であつて、その第四二条に、「代書人」第一 各区代書人ヲ置キ人民ノ訴状ヲ調成シテ其訴訟ノ遺漏無カラシム、とあり、現在の弁護士の母胎ともいうべき代言人が右司法職務定制の第四3条に、第一 各区代言人ヲ置キ自ラ訴フル能ハサル者ノ為ニ之ニ代リ其訴ノ事情ヲ陳述して枉寃ナカラシム、但シ代言人ヲ用フルト用ヒサルトハ其本人ノ情願ニ任ス、とあつて、其の当時から取り扱う業務の内容は著しく相違していたが、何時の間にか、立法機関たる国会には弁護士が圧倒的に議員に当選し、只数をたのんで立法権を濫用し、弁護士の職務に関しては、法律事務というような司法書士業務との関連が紛らわしい文言を用い、以つて、司法書士の生存権を不当に脅やかしたという歴史的発展の段階に今尚直面している。而して、弁護士の職務たる法律事務には司法書士業務が包含されず、司法書士なる故に司法書士法第九条が適用されるという不合理は同法条が憲法第一四条第一項に違反すること論を俟たない。その結果、弁護士法第七二条違反と司法書士法第九条とは択一関係になつて、此の司法書士法第九条は前に述べた通りに無効であるから、弁護士法第七二条に該当するというだけで問題となる余地があるか否かである。茲で、一言忘れてはならないことを述べるならば、司法書士法第九条が違憲でない場合には、此の法条適用の有無が問題となり、弁護士法第七二条の適用に関しては取り上げられるものでないことになるのである。
第七点 原審は、第一審判決二対し、「被告人が、報酬を得る目的で、業として、他人間の法律事件についてその解決方依頼を受けてそれを引き受けその事件について鑑定をした上所論行為等をしたことを包括的に観察して報酬を得る目的で業として法律事務を取り扱い且司法書士の業務範囲を超えて他人間の訴訟事件に関与したものと認めたのである」と判示したが、しかし、被告人は次の理由によつて不服を申し述べる次第である。
被告人は、他人間の法律事件についてその解決方依頼を受けてそれを引き受けたという覚えはない。(イ)事件ということの意義については、控訴趣意書の五一頁乃至五3頁に説明した通りに、大審院第二民事部昭和十七年六月廿穴日判決以来、弁護士でなければ業とすることができないことを弁護士以外の者は為し得ないのであるから、司法書士と雖も、私法上の行為の外に、訴訟行為の中の裁判外の行為(例-競売申請代理)、事実行為(例-仮差押執行立会)を業としても、別段これを妨げるものとする理論構成は成り立たないのである。(ロ)その解決方依頼を受けそれを引き受けたことはない。実際に被告人が解決方を引き受けたものならば、嘱託人等を訴訟代理した筈であつたに拘らず、第一審に於いて検察官は斯かる事実の挙証を為さなかつたのである。即ち、民訴法第80条第一項は「訴訟代理人ノ権限ハ書面ヲ以テ之ヲ証スルコトヲ要ス」と規定しているが、第一審判決中、(証拠)として、(a)押収に係る所有権確認等請求事件綴(昭和3二年裁領第3六四号の17)、(b)、押収に係る訴状(写)各一通(右裁領第3六四号の二、3)、(c)押収に係る所有権確認等請求事件綴(右同号の二二、)(d)押収に係る約束手形金等請求事件綴(右同号の二一)の各記録には、各嘱託本人が当事者として出頭したのであつて、被告人が其の訴訟代理人であるとの委任状は編綴されて居らず、しかも、右各関係訴状に此の委任状を添附せられた事実がないのである。しかるに、検察官、司法警察員に対する関係参考人の供述内容は孰れも被告人のこの主張を裏付けることこそあれ、決して検察官が被告人の本件犯行を挙証したとは云えないのである。刑訴法第3一七条に「事実の認定は、証拠による」と規定されているが、第一審が証拠なしに事実を認定したのであることは前述の通りであるから、斯かる根拠薄弱な事実に法条を適用して被告人を処断したことは基本的人権を侵害するも甚だしいのである。結局、その罪となるべき事実として第一審が判示せることは、孰れも訴訟行為を代理したというにある。同じ訴訟行為にあつても、司法書士は裁判外の行為を業とすることができる。その適例として、司法書士が代理して相手方との間に公正証書を作成することは差支えないのである。ましてや、私法上の行為に於いて又然りである。(ハ)被告人に報酬を得る目的があつたと第一審は事実を認定したけれども、被告人は司法書士であるから、司法書士業務に従事した以上は、法務大臣の認可に係る報酬を貰い受けるのは当然のことである。従つて、被告人は、この範囲に於いて業務報酬を嘱託人から貰い受けたのであつて、検察官に於いてこれを覆えすに足りる挙証はなかつたのであるから、被告人に弁護士法第七二条所定の報酬を得る目的があつたと第一審が事実を認定したのは明らかに違法である。若し、第一審が認定したように被告人が弁護士法第七二条に謂う報酬を得る目的であつたというならば、司法書士が報酬を得る目的で司法書士の認可を受ける必要すらなく、更に一歩を進めて所轄法務局若しくは地方法務局の長の行政監督権すらも単に形式的とならざるを得ない。畢竟司法書士法は現に実定法としての規範力は空文にひとしきほどに無価値となるのである。そこで、被告人が報酬をた得ことがあつたとしても、前述の如くに司法書士という資格に基いて斯かる処分権能あるものと確信して、該報酬を嘱託人等に請求乃至受領したのであるから、まさに事実の錯誤があつたことになり、弁護士法第七二条に当て嵌めて考えるに、報酬を得る目的は存しなかつたものと断定して然るべき筈であつた所、第一審は強引にも徒らに事実を曲解し、原審も亦然りで当を得た判断は得られなかつたのである。(判 例)「一定の行為をなす権限を有すると信ずることと該行為は許される行為であると信ずることとは異なる。後者は法律の錯誤で犯意を阻却しないが前者は事実の錯誤で犯意を阻却する。而して権限を有すると信ずることについて過失があつても犯意を阻却するのである」(東京高刑一二部昭和24年10月22日判決、高裁刑集二巻二号一九0頁)
よつて、刑訴法第四0五条第3号に該当すると考えるのである。(ニ)検察庁、警察に於ける各参考人の供述調書並びに被告人の供述調書を綜合して明らかな如くに、被告人は嘱託人等から法律相談を無償にて引き受け、而して、司法書士業務に関して嘱託を受けたものの、何分嘱託人等は法律には素人であるから、如何なる場合には如何なる書類を作成して提出するものか皆目知らず、ために被告人は司法書士であることに基いて嘱託人から聴取した一切の事実につき法律行為の解釈を為して起案し、そのためにその嘱託人から臨機応変に即した書類の作成並に提出方を一任され、これに基いて適宜選択して書類の作成をしたというにすぎない。故に、被告人は嘱託人から司法書士業務を超えてまでもそれらの法律事件の解決方を任されたというようなことはなかたのである。(ホ)本件は、いうに被告人が他人間の事件に関与したというが、被告人は唯嘱託人が自己の名に於いて訴訟行為を為すに際し、司法書士の独占業務たる書類作成を通じて実体法並びに訴訟法上の主張事実を構成したにほかならないから、事件に関与したとは以つての外の言い草である。(ヘ)原審及び第一審は、ともに口を同じくして、被告人が書類作成をするに際し法律的判断を加えたことを鑑定行為であるかのように事実の認定をしたのであるが、然し乍ら、法律問題か事実問題かの争いがあることは別として、一応学理上法律的判断は法律行為の解釈としてのみ理解せられ、判例の立場から云つても又斯くを相当としているのである。被告人も且つて関西大学法文学部法律学科の一学徒たりし頃、右の様に教育せられたのであるが、原審並びに第一審の為した判断が正当であるとしたならば、判例法はもとより、被告人が関西大学法文学部法律学科にて虚偽の教育をされたのであろうか。(ト)斯くして、被告人が嘱託人に代つて法律的判断を為した上で書類を作成したことは法令に何ら違反するものでなく、現に甲府地方法務局長法務事務官光野勇がその要職にあり乍ら法務通信七六号に寄稿した「司法書士の業務の限界」についての論説で、被告人の見解とは多少異なる角度から検討を加えておられるので別紙にその要旨を記述して援用するものである。何故ならば、光野勇が甲府地方法務局長という要職にあつて国の一末端機関の見解を示したのであるから、国に二つの相反した意見はあり得ないである。
第8点 原審は、被告人が控訴趣意書第十3項に於いて主張したる「被告人が為したることは鑑定に該当せず」という要旨に対して判断を脱漏するといつた訴訟法違反があつたのである。原審並びに第一審が最高裁判所第一小法廷昭和廿8年二月十九日判決を判例法として遵守しなかつたのは、刑訴法第四0五条第二号に該当したものである。(判 例)「鑑定は裁判所が裁判上必要な実験則等に関する知識経験の不足を補給する目的でその指示する事項につき第3者をして新たに調査をなさしめて法則そのもの又はこれを適用して得た具体的事実判断等を報告せしめるものである」(最高裁第一小法廷昭和28年2月19日判決、刑集七巻二号一七03頁)
第九点 被告人が本件につき控訴の申立をしたのであるから、相手方である大阪高等検察官は刑訴法規則第二四3条第一項、第二項に則り、被告人の提出に係る控訴趣意書謄本の送達を受けた日から七日以内に重要と認める本件控訴の理由について答弁書を原審に差し出さなければならないに拘らず、大阪高等検察庁検察官北元正勝は適式に答弁書を原審に差し出したことはない。これに、ひとり訴訟法違反というだけでなく、訴訟当事者たる検察官が被告人の正当な主張を覆えして有罪の判決を原審に宣告せしめる意思がなかつたか、それとも、被告人が絶叫する全般の主張に対し何ら異論なく承服したるものと断定するに然るべき客観的状態があつたのである。従つて、原審は斯かる現実にあらわれた事象を無視して一方的に被告人を寃罪に陥れたという確固たる違法がある。新憲法下、基本的人権の保障ということにあらゆる面で立法的に考慮が払われてゆかねばならないさ中にあり乍ら、罪刑法定主義の原則に違反して専断にはしつた不当な科刑をせることは、断じて許さるべきことでないと確信する。
第十点 第六点で被告人が述べたことは、司法書士法第九条は憲法に適合するかしないかの判決を求めたものであるから、尠くとも、この限りに於いて、裁判所法第十条第一号に該当するものとして貴審大法廷が之を審理すべきを相当と考える。
よつて、最高裁判所裁判事務処理規則第九条第一項第一号により、貴審裁判長は大法廷の裁判長に通知することを要すると思料する。
以上の次第であるから、原審判決を破棄し、刑訴法第四一3条但書により何卒無罪の御判決賜り度く敢えて茲に上告した次第である。