いわゆる囮捜査と犯罪の成否
麻薬取締法違反被告事件
【事件番号】 最高裁判所第1小法廷決定/昭和27年(あ)第5470号
【判決日付】 昭和28年3月5日
【判示事項】 いわゆる囮捜査と犯罪の成否
【判決要旨】 「他人の誘惑により犯意を生じ又はこれを強化された者が犯罪を実行した場合に、わが刑事法上その誘惑者が場合によつて麻薬取締法53条のごとき規定の有無にかかわらず教唆犯又は従犯として責を負うことのあるのは格別、その他人である誘惑者が一私人でなく、捜査機関であるとの一事を以てその犯罪実行者の犯罪構成要件該当性又は責任性若しくは違法性を阻却し又は公訴提起の手続規定に違反し若しくは公訴権を消滅せしめるものとすることのできないこと多言を要しない。」
【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集7巻3号482頁
おとり捜査
(囮捜査、おとりそうさ)とは、対象者に犯罪の実行を働きかけ、犯罪が実行されるのを待って対象者を検挙する捜査手法。
麻薬及び向精神薬取締法
第五十三条 削除
(麻薬取締官及び麻薬取締員の麻薬の譲受)
第五十八条 麻薬取締官及び麻薬取締員は、麻薬に関する犯罪の捜査にあたり、厚生労働大臣の許可を受けて、この法律の規定にかかわらず、何人からも麻薬を譲り受けることができる。
刑事訴訟法
第四百十一条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
二 刑の量定が甚しく不当であること。
三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
五 判決があつた後に刑の
主 文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中六〇日を被告人Aの本刑に算入する。
理 由
被告人A、同Bの弁護人黒田覚の上告趣意について。
所論第一点、第二点は、原判決が弁護人のいわゆる囮捜査の抗弁につきなした「被告人Aは囮であるCに初めて犯行を誘発せしめられたものであるということはできない。」との事実判断は、重大な事実の誤認であり、証拠に基かない事実認定であり、採証法則に反するというに帰し、同第五点、第六点は、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして、原判決の右事実判断は、論旨第二点で主張するような推測又は予断に基いたものではなく、結局第一審第四回公判調書中の証人Dの供述記載によつたものであることその説示に照し明白であり、且つ、これによれば原審の右事実判断を肯認できるから、所論のごとき誤認又は訴訟法違反も認められない。また、所論第三点、第四点は、右のごとき単なる訴訟法違反又は事実誤認を前提とする違憲の主張であつて、右のごとくその前提を欠くものであるから、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして、他人の誘惑により犯意を生じ又はこれを強化された者が犯罪を実行した場合に、わが刑事法上その誘惑者が場合によつては麻薬取締法五三条のごとき規定の有無にかかわらず教唆犯又は従犯として責を負うことのあるのは格別、その他人である誘惑者が一私人でなく、捜査機関であるとの一事を以てその犯罪実行者の犯罪構成要件該当性又は責任性若しくは違法性を阻却し又は公訴提起の手続規定に違反し若しくは公訴権を消滅せしめるものとすることのできないこと多言を要しない。それ故、本件では刑訴四一一条を適用すべきものとも思われない。
被告人Bの弁護人徳岡一男、同高田完の上告趣意について。
所論第一点は、原判決が弁護人のいわゆる囮捜査の抗弁につきなした「被告人BはE等より本件犯行を誘発されたものでない。」との認定を証拠上条理上誤認であるというに過ぎないものであるから、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして、原判決並びに所論挙示の証拠によれば、被告人Bは相被告人Aから麻薬の第三号を世話してくれと頼まれこれに応じ原判示のごとき麻薬取締法第四条第三号所定の塩酸ヂアセチルモルヒネ約六七六瓦の多量な麻薬を入手したものであること明らかであり、この事実と就中その交渉の際における「取引は現金と品物引換だ、勿論試験した上で良い」と隣の部屋にお客さんが居り聞えるといけないと思つたから筆記で話した旨の供述記載等を綜合すれば、原判決の右認定を肯認できるばかりでなく、寧ろ被告人は麻薬取引の常習者であることを窺い知るに難くはないのである。また、所論第二点、第三点は事実誤認を前提とする理由不備又は違憲の主張であつて前述のごとくその前提を欠くものであり、同第四点は、単なる訴訟法違反の主張に帰し、同第五点は量刑不当の主張であるから、すべて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして、記録を精査しても同四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて、同四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
昭和二八年三月五日
最高裁判所第一小法廷