自家用自動車保険普通保険約款所定の対人事故通知義務の懈怠の効果
保険金請求事件
【事件番号】 最高裁判所第2小法廷判決/昭和60年(オ)第1365号
【判決日付】 昭和62年2月20日
【判示事項】 自家用自動車保険普通保険約款所定の対人事故通知義務の懈怠の効果
【判決要旨】 自家用自動車保険の保険契約者又は被保険者が保険者に対してすべき対人事故の通知を懈怠したときには保険者は原則として事故に係る損害を填補しない旨の普通保険約款の規定は、当該対人事故の通知義務の懈怠につき約款所定の例外的事由がない場合でも、保険契約者又は被保険者が保険金の詐取等保険契約上における信義誠実の原則上許されない目的のもとに通知を懈怠したときを除き、保険者において填補責任を免れうるのは通知を受けなかったため取得することのあるべき損害賠償請求権の限度においてであることを定めたものと解すべきである。
【参照条文】 商法658
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集41巻1号159頁
保険法
第三節 保険給付
(損害の発生及び拡大の防止)
第十三条 保険契約者及び被保険者は、保険事故が発生したことを知ったときは、これによる損害の発生及び拡大の防止に努めなければならない。
(損害発生の通知)
第十四条 保険契約者又は被保険者は、保険事故による損害が生じたことを知ったときは、遅滞なく、保険者に対し、その旨の通知を発しなければならない。
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人加藤了、同岡本好司、同鈴木諭の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の認定判断は正当であり、その過程に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないか又は独自の見解に基づいて、その違法をいうものにすぎず、採用することができない。
同第二点について
本件保険契約に適用される自家用自動車保険普通保険約款(昭和五三年一一月一日改訂前のもの。)六章一二条二号は、保険契約者又は被保険者が事故の発生を知つたときには事故発生の日時、場所、事故の状況、損害又は傷害の程度、被害者の住所、氏名等を遅滞なく書面で保険者に対して通知すべきである旨規定し(以下この通知を「事故通知」という。)、また、同一四条は、対人事故の場合の特則として、保険者が保険契約者又は被保険者から一二条二号による事故通知を受けることなく事故発生の日から六〇日を経過した場合には、保険契約者又は被保険者が過失なくして事故の発生を知らなかつたとき又はやむを得ない事由により右の期間内に事故通知できなかつたときを除いて、保険者は事故に係る損害をてん補しない旨規定しているのであるが、この規定をもつて、対人事故の場合に右の期間内に事故通知がされなかつたときには、右例外に当たらない限り、常に保険者が損害のてん補責任を免れうることを定めたものと解するのは相当でなく、保険者が損害のてん補責任を免れうる範囲の点についても、また、事故通知義務が懈怠されたことにより生じる法律効果の点についても、右各規定が保険契約者及び被保険者に対して事故通知義務を課している目的及び右義務の法的性質からくる制限が自ら存するものというべきであるところ、右各規定が、保険契約者又は被保険者に対して事故通知義務を課している直接の目的は、保険者が、早期に保険事故を知ることによつて損害の発生を最小限度にとどめるために必要な指示を保険契約者又は被保険者等に与える等の善後措置を速やかに講じることができるようにするとともに、早期に事故状況・原因の調査、損害の費目・額の調査等を行うことにより損害のてん補責任の有無及び適正なてん補額を決定することができるようにすることにあり、また、右事故通知義務は保険契約上の債務と解すべきであるから、保険契約者又は被保険者が保険金を詐取し又は保険者の事故発生の事情の調査、損害てん補責任の有無の調査若しくはてん補額の確定を妨げる目的等保険契約における信義誠実の原則上許されない目的のもとに事故通知をしなかつた場合においては保険者は損害のてん補責任を免れうるものというべきであるが、そうでない場合においては、保険者が前記の期間内に事故通知を受けなかつたことにより損害のてん補責任を免れるのは、事故通知を受けなかつたことにより損害を被つたときにおいて、これにより取得する損害賠償請求権の限度においてであるというべきであり、前記一四条もかかる趣旨を定めた規定にとどまるものと解するのが相当である。
本件において、原審が適法に確定した事実関係によると、本件事故は被害者である訴外亡三浦章の即死に近い事故であつて、被保険者等において損害の拡大をくいとめる余地は殆どないうえ、右事故に基づく損害の額は被上告人らと訴外有限会社吉田土木との間の別件訴訟の確定判決により適正に算定されたというのであり、また、上告人は、原審において、本件保険契約の保険契約者である同訴外会社及び被保険者が前示のような目的のもとに本件事故につき通知しなかつたものであることについても、また、本件事故についての通知義務が懈怠されたことによつて損害を被つたことについても主張・立証していなかつたところであるから、上告人は、右事故通知義務が懈怠されたことを理由として、本件事故による損害についてのてん補責任を免れないものというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は、右と異なる見解に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。
同第三点について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はなく、右事実関係のもとにおいて、訴外吉田政雄が訴外有限会社吉田土木の業務執行機関に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論は、違憲をいう部分を含め、いずれも訴外吉田政雄が同訴外会社の業務執行機関に当たることを前提とするものであるから、その前提を欠くものというべきである。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九三条、八九条を適用し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島谷六郎 裁判官 牧 圭次 裁判官 藤島 昭 裁判官 香川保一 裁判官 林 藤之輔)
上告代理人加藤了、同岡本好司、同鈴木諭の上告理由
第一点 〈省略〉
第二点 原判決は、審理不尽、理由不備により重要な事実を看過し、第一審判決を認容した違法があるので破棄されるべきである。
すなわち、
一、原判決は、「約款において事故発生の通知義務が設けられたのは、右通知によつて被告がなるべく早期に事故発生を知り、損害の発生を最小限度にくいとめるために必要な指示を保険契約者、被保険者等に与えることができるようにするとともに、被告自体としても事故状況・原因の調査、損害の費目・額の調査、てん補責任の有無の検討などを行なうことにより適正なてん補額を決定することができるようにすることを目的としたものであると解される」とし、「この趣旨からすれば、通知義務の違反があつた場合であつても、被告において適正なてん補額を決定するうえで支障がない限り、免責されることはなく、てん補責任を負うものと解するのが相当である。しかるところ、本件においては、事故が即死に近く被保険者等において損害の拡大をくいとめる余地は殆どないとみられる事案であるうえに、損害額が確定判決により適正に算定されていること前顕甲第二、第三号証に徴して明らかであるから、原告の通知義務の違反が被告の適正なてん補額の決定に支障を来たしたものとは認めがたく、したがつて、通知義務の違反を理由に免責を主張することは許されないというべきである。」との第一審判決をそのまま引用、支持し、もつて、第一審と同様、通知義務を課した実質的根拠をもつぱら「適正なてん補額の認定」可能性においているが、右は、右約款第六章第一四条等の解釈を誤るものである。
そもそも右約款上の通知義務は、商法第六五八条・六八一条等の規定をうけたものであり、記名被保険者等に通知義務を課することによつて、保険者が、事故原因の調査、損害の種類、範囲の確定、事故現場の保存、損害の拡大防止等の事後措置をとる機会を付与する等にあることは当然であるが、さらに、右約款が保険者と被保険者、保険契約者等間の契約であることから、始源的に、かつ、当然に、事故を起こしたときは、直ちに保険者に知らせることが信義則・信頼関係に即することを出発点としている。
しかるに、本件では、右約款第六章第一四条所定の訴外吉田政雄が、右同条所定の通知を容易になしうる立場にあつたにもかかわらず、自己の本件事故車による犯罪行為を故意に隠蔽するためあえて右同条所定の通知をしなかつたきわめて反社会的な行為によるものであるばかりでなく、犯罪行為なるがゆえに、任意保険金の請求はせず、吉田らで、みずから賠償を支払おうとしたものであるから右同条項を設けた信義則・信頼関係にも照らし、本件で右吉田らの通知義務の不履行は、きわめて重大な手続上の瑕疵であるから、かかる観点から保険者たる上告人免責となるべきであるにもかかわらず、右点を看過した原判決は、事実認定のみならず採証法則、法規、右約款の解釈を誤つたものとして速かに、破棄されるべきである。
二、さらに原判決は抗辯3について「本件事故当時原告三浦とく子と本件被害者三浦章との婚姻関係は既に破綻していた旨の被告の主張事実は、乙第六号証をもつてしても認めるに足りず、他にもこれを認めうる証拠はないから、抗辯3は、採用の限りでない。」とする第一審判決を支持引用するが、乙第六号証は、被告人吉田政雄らの仙台地裁昭和五二年刑(わ)第九六号傷害致死事件の公判廷において、適法に証言した原告三浦とく子氏の証人尋問調書であり、破綻関係については、同原告より具体的に、かつ、かなり詳細に述べられている。
これをもつて、立証十分でないとするのは明らかに事実誤認であり、採証法則をふみにじるものである(なお、刑事訴訟法三二一条一項一号参照)。
原判決は右各点から、原判決は、速かに、破棄されるべきである。
第三点 原判決は、経験法則に違反し、採証の法則を誤り、事実を誤認した違法があり、これが判決に影響を及ぼしたことは明白であるのみならず、著しく正義・公平の理念に反し、憲法第一四条に反し、速かに破棄されるべきである。
すなわち、原判決は、
一、第一審判決の右約款第一章第七条①(1)の認定・判断が明白に誤りであつたため、右約款同章同条に対する判断は全面的に改めたが、叙上のとおり「木」をみて「森」をみない形式的、解釈論に終始し、ひいて次のとおり事実認定上、経験法則に反する等抜本的な誤りを犯している。
すなわち、原判決は、「右会社はいわゆる吉田利雄の個人会社であつて、同人が名実ともに代表取締役として会社業務を執行し、実質的にその経営を独断専行しており、・・・・・・利雄の下で使用人として工事現場の監督をしていたにすぎず、会社の資金関係や経営上の業務執行の意思決定にまで参画していた者でないと認められ、」と判示するが、右認定に沿う立証は全くない。とくに、訴外吉田利雄が独断専行した事実も立証も皆無である。
原判決は、事実の認定上、当初から第一審判決を支持・認容すべき結論を出し、右結論に沿うように右理由を付したものと容易に推知できるのである。
ちなみに、本件被保険自動車は、本件事故当時吉田政雄の支配・管理下におかれていたこと、ならびに、以下に挙示する証拠等により、訴外吉田政雄が、右約款第一章第七条①(1)の「証人の業務を執行するその他の機関」に相当することは明白であるにもかかわらず、会社業務執行機関たる地位にあつたとは認めない、とする判旨は、経験法則、採証法則に反し事実を誤認した重大なる違法を犯すものである。
すなわち、
(一) 記名被保険者である訴外有限会社吉田土木が個人会社であつて、代表者としての父たる吉田利雄とその息子であり、実質上、専務取締役である吉田政雄しか土木建設工事の業務執行に関与する者がいない会社で、しかも自動車の保管管理は、もつぱら吉田政雄がこれに当つてた事実関係では、経験法則上も決して原判決のごとく、「右会社はいわゆる吉田利雄の個人会社であつて、同人が名実ともに代表取締役として会社業務を執行し、実質的にその経営を独断専行しており、」とはいえず、逆に、現場工事の総監督等としての吉田政雄および本件被保険自動車に対する吉田政雄の管理等なくしては、土木工事請負を目的とする吉田土木は存続しえなかつたものであるから、個人会社なるがゆえに、経験法則上、吉田政雄が、右約款第一章第七条①(1)所定の業務執行機関に該当することは明白である。
〈以下省略〉