商法第42条による表見支配人の権限の範囲
売掛代金請求事件
【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/昭和30年(オ)第159号
【判決日付】 昭和32年3月5日
【判示事項】 1、商法第42条による表見支配人の権限の範囲
2、商法第42条、第38条にいう「営業ニ関スル行為」と民法第715条の「事業ノ執行ニ付キ」なされた行為との異同
3、所有権侵害の故意と特定人に対する所有権侵害の認識の要否
【判決要旨】 1、商法第42条により表見支配人の権限に属する「営業ニ関スル行為」には、営業の目的たる行為の外、営業のため必要な行為をも含むと解すべきであつて、営業のため必要な行為にあたるか否かは、当該行為につき、その行為の性質の外、取引の数量をも勘案し、その営業のため必要か否かを客観的に勘案してこれを決すべきである。
2、支店宅のなした特定の行為が、商法第42条、第38条にいう「営業ニ関スル行為」にあたらないことを理由として、直ちに民法第715条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」なされた行為にもあたらないと断定することは違法である。
3、不法行為者に所有権侵害の故意があるというためには、特定人の所有権を侵害する事実につき認識を要するものでなく、単に他人の所有権を侵害する事実の認識があれば足りる。
【参照条文】 商法42
商法38
民法715
民法709
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集11巻3号395頁
商法
(支配人)
第二十条 商人は、支配人を選任し、その営業所において、その営業を行わせることができる。
(支配人の代理権)
第二十一条 支配人は、商人に代わってその営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。
2 支配人は、他の使用人を選任し、又は解任することができる。
3 支配人の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。
(表見支配人)
第二十四条 商人の営業所の営業の主任者であることを示す名称を付した使用人は、当該営業所の営業に関し、一切の裁判外の行為をする権限を有するものとみなす。ただし、相手方が悪意であったときは、この限りでない。
民法
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(使用者等の責任)
第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
主 文
原判決中上告人の不法行為に基づく損害賠償の請求を排斥した部分を破棄する。
右部分に関する事件を東京高等裁判所に差し戻す。
原判決中その余の部分に関する上告を棄却する。
前項の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人中島登喜治の上告理由第一点について。
所論は原審で主張しない事項をいうものであるのみならず、原審が、上告人において所論の担保のために本件売買を承諾した事実を認定していない以上、所論のような理由によつて右売買を所論営業に関する行為と解することもできないのであつて、論旨は採るを得ない。
上告代理人田辺恒之、千葉宗八、松浦登志雄、青柳洋の上告理由第一点について。
原判決の摘示するところによれば内野支店長Aが商法四二条により本件取引をなす権限を有する旨の上告人の主張は被上告人においてこれを認めず、係争事項となつていたことが認められるから、原審が上告人の主張の当否を判断した上これを排斥したのはもとより当然であつて所論(一)の違法はなく、ヌ右の判断は所論の資料をまたずしてこれをなし得る場合に属するのであるからこの点について原審のなした判断について所論(二)の違法ありとは言えない。論旨は理由がない。
同第二点および第三点について。
商法第四二条によつて支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人が支店の支配人と同一の権限を有するものと看做される、いわゆる「営業ニ関スル行為」とは、営業の目的たる行為の外営業のため必要な行為をも含むものと解すべきではあるが、当該行為がこれにあたるか否かは、行為の性質の外、取引の数量等をも勘案し客観的に観察してこれを決すべきものと解するのが相当である。それ故原判決が、本件のように靴下五千ダースの売買契約の如きは明らかにその営業に関せざる権限外の行為というべきであるとして商法四二条の適用を否定したのは正当であり、所論のように支店長Aが不良貸付回収を目的とし、職員の厚生にも資そうとしたものであつたとしても、これによつて右判断を不当とすることはできない。原判決にはすべて所論の違法はなく論旨は理由がない。