教科用図書検定調査審議会の作成した文書が民訴法二二〇条三号後段の文書に当たらないとされた事例
文書提出命令に対する許可抗告事件
【事件番号】 最高裁判所第1小法廷決定/平成11年(許)第26号
【判決日付】 平成12年3月10日
【判示事項】 教科用図書検定調査審議会の作成した文書が民訴法二二〇条三号後段の文書に当たらないとされた事例
【判決要旨】 文部大臣の諮問機関である教科用図書検定調査審議会が作成した教科用図書についての判定内容を記載した書面及びその内容を記載した文部大臣に対する報告書は、民訴法二二〇条三号後段の文書に当たらない。
【参照条文】 民事訴訟法220
学校教育法21-1
学校教育法51
教科用図書検定規則(平成元年文部省令20号)7
【掲載誌】 訟務月報47巻4号897頁
最高裁判所裁判集民事197号341頁
裁判所時報1263号164頁
判例タイムズ1031号165頁
金融・商事判例1098号12頁
判例時報1711号55頁
民事訴訟法
(文書提出義務)
第二百二十条 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書
学校教育法
第二十一条 義務教育として行われる普通教育は、教育基本法(平成十八年法律第百二十号)第五条第二項に規定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
二 学校内外における自然体験活動を促進し、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。
三 我が国と郷土の現状と歴史について、正しい理解に導き、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うとともに、進んで外国の文化の理解を通じて、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
四 家族と家庭の役割、生活に必要な衣、食、住、情報、産業その他の事項について基礎的な理解と技能を養うこと。
五 読書に親しませ、生活に必要な国語を正しく理解し、使用する基礎的な能力を養うこと。
六 生活に必要な数量的な関係を正しく理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
七 生活にかかわる自然現象について、観察及び実験を通じて、科学的に理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
八 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養うとともに、運動を通じて体力を養い、心身の調和的発達を図ること。
九 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸その他の芸術について基礎的な理解と技能を養うこと。
十 職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。
第五十一条 高等学校における教育は、前条に規定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 義務教育として行われる普通教育の成果を更に発展拡充させて、豊かな人間性、創造性及び健やかな身体を養い、国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと。
二 社会において果たさなければならない使命の自覚に基づき、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な知識、技術及び技能を習得させること。
三 個性の確立に努めるとともに、社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い、社会の発展に寄与する態度を養うこと。
教科用図書検定規則
(申請図書の審査)
第七条 文部科学大臣は、申請図書について、検定の決定又は検定審査不合格の決定を行い、その旨を申請者に通知するものとする。ただし、必要な修正を行った後に再度審査を行うことが適当である場合には、決定を留保して検定意見を申請者に通知するものとする。
2 文部科学大臣は、申請図書が図書の検定、採択又は発行に関して文部科学大臣が別に定める不公正な行為をした申請者によるものであって当該行為がなされた図書の属する種目と同一の種目に属する場合には、前項の規定にかかわらず、当該種目の申請を行うことができる年度(以下この項及び次項第二号において「申請年度」という。)のうち当該行為が認められたときから直近の一の年度(第四条第二項の規定に基づき当該種目が連続する二以上の年度にわたって申請を行うことができる種目として告示されている場合には当該二以上の年度とし、当該行為が認められた後に当該申請者による申請図書の検定審査が行われる当該行為が認められた年度を含む。)に行われる検定審査(検定審査不合格の決定が行われた後に当該図書について不公正な行為が認められた場合であって、当該種目の申請年度以外の年度に第十二条第一項の規定による再申請を行うことが可能であるときは、当該再申請に基づいて行われる検定審査)に限り当該申請図書について検定審査不合格の決定を行い、その旨を申請者に通知するものとする。
3 前項に定めるもののほか、文部科学大臣は、申請図書が特定行為(申請図書等の不適切な情報管理その他の検定審査に重大な影響を及ぼすものとして文部科学大臣が別に定める行為をいう。以下この項において同じ。)を行った申請者によるものであるときは、第一項の規定にかかわらず、次の各号に掲げる場合に応じ、それぞれ当該各号に定める検定審査に限り、当該申請図書について検定審査不合格の決定を行い、その旨を申請者に通知するものとする。
一 当該申請図書に係る特定行為が、検定の申請から検定の決定又は検定審査不合格の決定が行われるまでの期間に認められた場合 当該期間に行われる検定審査
二 検定の決定又は検定審査不合格の決定が行われた図書に係る当該申請者の特定行為が認められた場合(次号に掲げる場合を除く。) 当該特定行為がなされた図書の属する種目と同一の種目の図書について、当該種目の申請年度のうち当該行為が行われたときから直近の一の年度(第四条第二項の規定に基づき当該種目が連続する二以上の年度にわたって申請を行うことができる種目として告示されている場合には、当該二以上の年度(当該特定行為に基づいて、この項の検定審査不合格の決定が行われた後の年度を除く。))に行われる検定審査
三 検定審査不合格の決定が行われた後に当該図書に係る特定行為が認められた場合であって、当該図書について第十二条第一項の規定による再申請が可能であるとき 当該特定行為が認められたときから直近の再申請に基づいて行われる検定審査
主 文
原決定主文第一項を破棄する。
前項の部分につき、相手方の申立てを却下する。
理 由
抗告代理人佐村浩之、同江口とし子、同新田智昭、同竹中章、同新池谷令、同西謙二、同大須賀滋、同川口泰司、同牧野広司、同月岡英人、同小桐間徳、同森山都留男、同山本有香、同白鳥綱重の抗告理由第三について
一 記録によれば、本件申立ての経緯等の概要は、次のとおりである。
1 本件の本案事件(東京高等裁判所平成一〇年(ネ)第二四六九号損害賠償請求事件)は、高等学校公民科現代社会教科書(以下「本件申請図書」という。)の出版社の教科用図書検定申請に対し、文部省の教科書調査官が検定意見の通知をしたことにつき、当該意見が付された記述部分の執筆者である相手方が、検定制度そのものが違憲であるほか、その制度の運用方法や検定手続が違憲又は違法であり、また、右検定意見の通知とその内容も違法であるとして、抗告人に対し、右検定意見の通知によって右部分の執筆完成を断念させられたことを理由に、国家賠償法一条に基づき慰謝料の支払を求めている事件である。
2 高等学校においては、文部大臣の検定を経た教科用図書等を使用しなければならないものとされ、その検定手続は、教科用図書検定規則(平成元年文部省令二〇号)、教科用図書検定調査審議会令(昭和二五年政令一四〇号)、教科用図書検定調査審議会規則(昭和三一年一一月三〇日教科用図書検定調査審議会決定)によっている。高等学校の現代社会の教科用図書についての手続の概要は、次のとおりである。
文部大臣は、検定申請のあった図書が教科用図書として適切かどうかを、文部省に設置され、文部大臣から任命された委員から成る教科用図書検定調査審議会(以下「検定審議会」という。)に諮問する。検定審議会は、諮問に応じて、文部大臣が任命する複数の調査員に申請図書を調査させるが、文部省初等中等教育局に置かれた複数の教科書調査官による調査も併行して行われる。調査員と教科書調査官の調査結果は、検定審議会教科用図書検定調査分科会第二部会現代社会小委員会に報告され、まず小委員会で審議され、その結果は第二部会に報告され、第二部会において審議して議決する。教科用図書検定調査分科会は、第二部会の右議決をもって分科会の議決とすることができ、検定審議会は、分科会の議決を検定審議会の議決とすることができる。検定審議会は、右議決に基づき、文部大臣に対して答申し、文部大臣は、右答申に基づいて、検定の決定又は検定審査不合格の決定をして申請者に通知する。ただし、検定審議会が、必要な修正をさせた上で再度審査を行うことが適当であると認めたときは、文部大臣にその旨報告し、文部大臣は合否の決定を留保してこれを検定意見として申請者に通知する。その通知は、教科書調査官が行う扱いになっている。
検定意見の通知を受けた申請者が、所定の期間内に検定意見に従って修正した内容を書面により提出すると、文部大臣は、検定審議会の再度の審議を経た答申に基づき検定の決定又は検定審査不合格の決定をする。
3 一橋出版株式会社は、文部大臣に対し、本件申請図書の検定を申請したところ、検定審議会において、相手方が執筆した「テーマ[6]現在のマス-コミと私たち」及び「テーマ[8]アジアの中の日本」の部分(以下、これらを「本件部分」という。)等について、検定意見を通知して必要な修正が行われた後に再度審査を行うことが適当であるとの議決がされた。文部大臣は、審議会会長から、右議決内容の報告を受け、申請者である一橋出版に対しその旨通知することとし、教科書調査官は、一橋出版の担当者に対し、平成四年一〇月一日、本件部分に対する検定意見を口頭により通知した(以下、通知された検定意見を「本件検定意見」という。)。本件の本案訴訟において、相手方と抗告人との間で、本件検定意見の内容、趣旨等について争われている。
4 相手方は、教科書調査官が通知した本件検定意見の内容、趣旨等が相手方主張のとおりであることを証明するためには、原決定別紙文書目録一ないし六記載の各文書(以下「本件各文書」といい、それぞれの文書をその番号に従い「本件文書一」などという。)が必要であり、これらは民訴法二二〇条三号後段の文書に該当すると主張して、その提出命令を申し立てた(以下、この申立てを「本件申立て」という。)。
5 本件申立てに対し、抗告人は、本件各文書は自己使用のための内部文書であり、民訴法二二〇条三号後段の文書には当たらないなどと主張している。
二 本件申立てにつき、原審は、次のとおり判断して、本件文書五、六のうち本件部分に関する部分の提出を命じ、本件各文書のうちその余は提出を求める必要性がないとして申立てを却下した。
本件文書五、六は、文部大臣が教科用図書の検定の結論を出すに先だって検定審議会が審議した結果を記載した文書及びその審議結果を文部大臣に答申(報告)した内容を記載した文書であって、特に秘密にしなければならないものではなく、公開によって不都合が生ずるとも考えられず、その内容を検証する必要があるときは一般に公開すべきものである。外部に公表することを目的として作成されたものではないが、本件検定意見を作成する過程において、検定審議会によって職務上作成された公文書であり、後日、内容を検証することなどのために参照されてしかるべきものである。したがって、本件文書五、六は、専ら文部省が内部で使用するための文書であるということはできず、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当する。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 民訴法二二〇条三号後段の文書には、文書の所持者が専ら自己使用のために作成した内部文書(以下「内部文書」という。)は含まれないと解するのが相当である。
2 これを本件についてみるに、前掲事実に照らせば、本件文書五、六は、検定意見を通知し必要な修正が行われた後に再度審査を行うのが適当であるとの検定審議会の判定内容を記載した書面及び検定審議会がその旨を記載して文部大臣に提出した報告書を指すものと解されるところ、これらはいずれも、検定審議会が、文部大臣の判断を補佐するため、本件申請図書を調査審議し、議決内容を建議するという所掌事務の遂行過程において、本件申請図書の判定内容の記録として(本件文書五)、また、議決した内容を文部大臣に報告する手段として(本件文書六)、文部省内部において使用されるために作成された文書であることが明らかである。これらの文書は、その作成について法令上何ら定めるところはなく、これらを作成するか否か、何をどの程度記載するかは、検定審議会に一任されており、また、申請者等の外部の者に交付するなど記載内容を公表することを予定しているとみるべき特段の根拠も存しない。
以上のような文書の記載内容、性質、作成目的等に照らせば、本件文書五、六は、文部大臣が行う本件申請図書の検定申請の合否判定の意思を形成する過程において、諮問機関である検定審議会が、所掌事務の一環として、専ら文部省内部において使用されることを目的として作成した内部文書というべきである。
3 以上によれば、本件文書五、六は、民訴法二二〇条三号後段の文書に当たらず、抗告人は、右規定に基づく文書提出義務を負うものではなく、右各文書の提出を求める相手方の申立ては理由がない。
四 したがって、これと異なる原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は裁判の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
論旨は理由があり、その余の抗告理由について判断するまでもなく原決定主文第一項は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、同項に関する相手方の申立ては理由がないから、これを却下することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。