岐阜県個人情報保護条例違反・岐阜県庁職員事件
岐阜県個人情報保護条例違反,不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反被告事件
【事件番号】 横浜地方裁判所川崎支部判決/平成28年(わ)第43号
【判決日付】 平成28年4月26日
【判示事項】 職務上個人情報へのアクセスが可能な立場にあった県庁職員が,女性職員の健康診断結果に関する個人情報等を入手したり,他人のIDやパスワードを入力して,電子メールを勝手に見たとして,県個人情報保護条例違反及び不正アクセス禁止法違反に問われた事案。裁判所は,少なくとも3500件以上の個人情報を不正に収集し,多人数のプライバシーを侵害した上,性的興味や好奇心を満足させる動機にも酌むべき点はないとして,懲役1年6月,執行猶予3年に処した事例
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載
主 文
被告人を懲役1年6月に処する。
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
理 由
(罪となるべき事実)
第1 被告人は,岐阜県個人情報保護条例の実施機関である岐阜県庁の職員であり,その実施機関である岐阜市(以下略)にある地方独立行政法人岐阜県□□センターに派遣され,その総務課人事労務担当主査として,職員の労務管理および健康診断に関する事務に従事していた。
ところが,性的好奇心を満たす目的で,そのセンターの人事給与システムにアクセスできる権限を利用し,そのセンターに勤務する女性職員の健康診断結果に関する個人情報を入手しようと考えた。
そこで,平成25年8月22日午後4時44分頃から46分頃までの間に,そのセンターの総務課人事労務担当内に設置された被告人が使用するパーソナルコンピュータを操作し,そのセンターの職員の個人情報が記録された前記システムのサーバコンピュータにアクセスして,別表1記載のとおり,Aほか10名の健康診断結果に関する個人情報が記録されたファイルを上記パーソナルコンピュータ内に作成・保存した。さらに,同日午後4時46分頃,そのファイルを,上記パーソナルコンピュータから岐阜市(以下略)の被告人方に設置されたパーソナルコンピュータ宛てに電子メールで送信して,そのパーソナルコンピュータで受信した。
もって,その権限を濫用して,専らその職務の用以外の用に供する目的で個人の秘密に属する事項が記録された電磁的記録を収集した。
第2 その後,被告人は,岐阜県庁の職員として,岐阜市(以下略)にある岐阜県庁総務部△△センターの給与支給係主査として,人事給与システムの管理等の事務に従事していた。
ところが,同県女性職員等の個人情報を不正アクセス行為に利用する目的で,上記人事給与システムにアクセスできる権限を利用し,同県女性職員等の電話番号等の個人情報を入手しようと考えた。
そこで,平成26年8月12日午前10時32分頃から午前11時12分頃までの間に,そのセンターの給与支給係内に設置された被告人が使用するパーソナルコンピュータを操作し,同県職員等の個人情報が記録されたそのシステムのサーバコンピュータにアクセスして,BおよびCの電話番号等の個人情報が記録されたファイルを上記パーソナルコンピュータ内に作成・保存した。さらに,同日午前11時12分頃,そのファイルを,上記パーソナルコンピュータから上記被告人方に設置されたパーソナルコンピュータ宛てに電子メールで送信して,そのパーソナルコンピュータで受信した。
もって,その権限を濫用して,専らその職務の用以外の用に供する目的で個人の秘密に属する事項が記録された電磁的記録を収集した。
第3 被告人は,前記第2のとおり,岐阜県庁総務部△△センターの給与支給係主査として人事給与システムの管理等の事務に従事していた際,前記第2と同様の目的で,前記第2と同様に考え,次の犯行に及んだ。
同年9月12日午後2時24分頃,前記第2と同様の方法で,Dの電話番号等の個人情報が記録されたファイルを前記給与支給係内に設置された被告人が使用するパーソナルコンピュータ内に作成・保存した。さらに,同日頃,そのファイルを,上記パーソナルコンピュータから前記被告人方に設置されたパーソナルコンピュータ宛てに電子メールで送信して,そのパーソナルコンピュータで受信した。
もって,その権限を濫用して,専らその職務の用以外の用に供する目的で個人の秘密に属する事項が記録された電磁的記録を収集した。
第4 被告人は,他人の識別符号を使用して不正アクセス行為をしようと考えた。
そこで,別表2記載のとおり,法定の除外事由がないのに,平成26年9月12日午後9時7分3秒頃から平成27年11月18日午後9時51分47秒頃までの間に,57回にわたり,上記被告人方において,アクセス管理者であるE株式会社ほか1社が東京都千代田区大手町2丁目2番2号NTTデータ大手町ビル内ほか1か所に設置したアクセス制御機能を有する特定電子計算機であるサーバコンピュータに,上記被告人方に設置されたパーソナルコンピュータから電気通信回線を通じて,Dほか23名を利用権者として付された識別符号であるIDおよびパスワードを入力し,上記特定電子計算機を作動させて,そのアクセス制御機能により制限されている特定利用をし得る状態にさせた。
もって,不正アクセス行為をした。
(証拠の標目)(括弧内の甲乙の各番号は,証拠等関係カードおよび書証に記された検察官請求の証拠の番号を表す。)
判示事実全部について
被告人の当公判廷における供述
被告人の警察官および検察官に対する供述調書(乙2,16)
警察官作成の犯行場所および使用端末の特定に係る捜査報告書(甲2)
判示第1の事実について
被告人の警察官に対する供述調書(乙4,5)
警察官作成の岐阜県□□センターの写真撮影に係る捜査報告書(甲7)
警察官作成の岐阜県□□センターの事務局分掌表の入手に係る捜査報告書(甲9)
Gの警察官に対する供述調書(甲11)
判示第2の事実について
被告人の警察官に対する供述調書(乙6ないし10)
警察官作成の被告人の使用するメールソフト内に保存されたファイルに係る捜査報告書謄本(甲14)
警察官作成のExcelファイルの印字に係る捜査報告書(甲15ないし17)
警察官作成の岐阜県庁のサーバ設置場所に係る聴取報告書(甲20)
判示第3の事実について
被告人の警察官に対する供述調書(乙6ないし10)
警察官作成の被告人の使用するメールソフト内に保存されたファイルに係る捜査報告書謄本(甲14)
警察官作成のExcelファイルの印字に係る捜査報告書(甲18)
警察官作成の岐阜県庁のサーバ設置場所に係る聴取報告書(甲20)
判示第4の事実について
被告人の警察官に対する供述調書(乙7,11ないし15)
警察官作成のアクセス管理者の特定に係る捜査報告書(甲33)
E株式会社作成の認証サーバの所在地に係る照会回答書(甲35)
警察官作成のFアカウントのアクセス管理者に係る聴取結果報告書(甲39)
F株式会社作成の認証サーバの所在地に係る捜査関係事項照会回答書(甲41)
警察官作成のDほか23名に係る不正アクセス日時の特定等についての捜査報告書(甲42~44,46,48,50,52,54,56,58,60〔但し,題名は「認知報告書」〕,62,64,66,67,69,71,73,75,77,79,81,83,85,87)
(法令の適用)
被告人の判示第1から第3までの各所為は岐阜県個人情報保護条例33条に,判示第4の所為は不正アクセス行為の禁止等に関する法律11条,3条,2条4項1号にそれぞれ該当する。
判示各罪について所定刑中いずれも懲役刑を選択する。
以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第4の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役1年6月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
(量刑の理由)
本件各犯行は,被告人が自己の性的興味や不正アクセス行為をして認証を突破したいなどといった自己の好奇心を満足させるために反復,かつ,継続して行っていたものであって,本件各犯行に至る動機に酌むべき点はない。また,判示第1ないし第3の犯行は,被告人が岐阜県の職員等であり,職務上個人情報へのアクセスが可能な立場にあったことを利用して行った犯行である点からしても本件の各被害者および市民の信頼を裏切るものであって,悪質である。さらに,被告人は本件で起訴されたものを含め約2年間に渡って,少なくとも3500件以上の個人情報を不正に収集しており,多数人のプライバシーを侵害したものであって,本件各犯行を含む被告人の行為が社会に与えた影響は大きい。
他方で,被告人が本件各犯行を認め,反省し,当公判廷でも二度と犯罪に手を染めない旨供述し,被告人の両親および被告人の妻が被告人を監督することを誓約していること,被告人には前科,前歴はないこと,被告人が本件各犯行を原因として岐阜県から懲戒免職処分を受け,一定の社会的制裁を受けたことなど被告人に有利な事情もある。
以上の事情を考慮し,主文の刑に処することとする。
(求刑 懲役1年6月)
平成28年4月26日
横浜地方裁判所川崎支部刑事部