民法第94条第2項の類推適用を認めた一事例
建物所有権移転登記手続等請求事件
【事件番号】 最高裁判所第2小法廷判決/昭和26年(オ)第107号
【判決日付】 昭和29年8月20日
【判示事項】 1、民法第94条第2項の類推適用を認めた一事例
2、現に登記名義を有しない者に対する所有権移転登記請求の許否
【判決要旨】 1、甲から不動産を買受けた乙が、丙にその所有権を移転する意思がないに拘らず、甲から丙名義に所有権移転登記を受けることを承認したときは、民法第94条第2項を類推し、乙は丙が所有権を取得しなかつたことを以て善意の第三者に対抗し得ないものと解すべきである。
2、乙が買受けた不動産につき単に名義上所有権取得の登記を受けたにすぎない丙が、右登記名義を他に移転してしまつた後においては、乙は右不動産が自己の所有であるというだけの理由で丙に対し所有権移転登記を求めることは許されない。
(1、2につき少数意見がある。)
【参照条文】 民法94-1
民法177
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集8巻8号1505頁
民法
(虚偽表示)
第九十四条 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
主 文
原判決を破毀する。
本件を札幌高等裁判所に差戻す。
理 由
上告人等訴訟代理人弁護士加藤晃、同児玉正勝の上告理由は、本判決末尾添付の別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
原判決の確定した事実によると、被上告人は、訴外Aの懇請により、訴外Bが当時所有していた本件家屋を自ら買受けた上Aの妾である上告人Cに使用させることにし、右買受代金にあてるため金一万三千五百円をAに渡したところ、Aはこの金を上告人Cに渡し、同上告人はこれを前記菊蔵に支払つて被上告人のため本件家屋を買受けたが、Aと協議して便宜同上告人名義に所有権移転登記を受けたもので、本件家屋の買受人は被上告人にほかならず、上告人Cは単に被上告人から無償でこれを借受け使用していたものにすぎないというのである。
ところで、右の場合、本件家屋を買受人でない上告人C名義に所有権移転登記したことが、被上告人の意思にもとずくものならば、実質においては、被上告人が訴外Bから一旦所有権移転登記を受けた後、所有権移転の意思がないに拘らず、上告人Cと通謀して虚偽仮装の所有権移転登記をした場合と何等えらぶところがないわけであるから、民法九四条二項を類推し、被上告人は上告人Cが実体上所有権を取得しなかつたことを以て善意の第三者に対抗し得ないものと解するのを相当とする。
されば、原審が、上告人C名義に所有権移転登記を受けるにつき、同上告人と訴外A間に協議のあつた事実を確定したに止まり、被上告人がこれに承認を与えたかどうか及び上告人Dの善意悪意につき何等事実を確定することなく、たやすく上告人Dに対する被上告人の本訴請求を認容したのは、審理をつくさない違法があるものといわなければならない。
次に、被上告人は、上告人Cに対しては、同上告人が実体上所有者でないことを主張し得ること勿論であるが、本件家屋が、その後同上告人から更に上告人Dに所有権移転登記がなされていることは原審の確定するところである以上、現に登記名義人でない上告人Cに対し、本件家屋が自己の所有であるというだけの理由で所有権移転の登記手続を求めることは許されない。但し、被上告人が、現に登記名義人でない上告人Cに対し、前記訴外Bとの間になされた所有権取得登記の抹消登記手続を求め得ることは、不動産登記法第一四六条の解釈上明かであるから、被上告人の真意は右抹消登記手続を求めるにあるかも知れないし、また上告人Dの所有権取得登記が抹消される場合を予想し、右抹消により登記名義を回復した暁において、被上告人に対し所有権移転登記をなすべきこと即ち将来の給付を求める趣旨であるかも知れない。されば、原審は被上告人の訴旨を釈明して、その許否を決すべきであるのに、漫然上告人Cに対する本件移転登記の請求を認容したのは法令の解釈を誤つた結果、審理を尽さなかつた違法があるといわなければならない。
以上の次第であるから、本件上告は結局理由があり、原判決を破毀して本件を原裁判所に差戻すベきものとし、民訴四〇七条に従い、藤田裁判官の反対意見を除きその余の裁判官の一致で、主文のとおり判決する。