不法領得の意思の要否 ユーチューバー事件 名古屋高等裁判所判決令和3年12月14日
窃盗,威力業務妨害,信用毀損被告事件
【事件番号】 名古屋高等裁判所判決/令和3年(う)第300号
【判決日付】 令和3年12月14日
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載
刑法235
主 文
本件控訴を棄却する。
理 由
1 事案の概要及び控訴の趣意
本件は,被告人が,知人男性と共謀して,洋服店前の路上において,携帯電話機で動画撮影しながら,同店で購入したTシャツ1枚についてこれが偽ブランド品である旨の虚偽の事実に基づいて同シャツの返品を要求し「偽物でしょ」「日本人だまして楽しいですか」などと言って,同店舗にこれへの対応を余儀なくさせ,威力を用いてその業務を妨害し(原判示第1),動画投稿サイトに上記のとおり撮影した動画を投稿して同店舗が偽ブランド品を販売しているかのような虚偽の事実を掲示し,虚偽の風説を流布してその信用を毀損し(同第2),スーパーマーケットにおいて,商品として陳列されていた魚の切り身1点(販売価格428円)を食べて窃取した(同第3)とされる事案であるところ,弁護人の控訴趣意は,原判示第3の事実に関する事実誤認の主張であり,被告人は不法領得の意思を欠き無罪であるのに,同意思があると認定し被告人を有罪とした点で原判決には事実誤認があり,これが判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。
2 原判決の判断の概要
原判決は,事実認定の補足説明の項において,概要,以下のような判断を示した。
(1)原判示第3の被告人の行為は,窃盗罪の客観的構成要件に該当し,故意も認められるが,被告人に窃盗罪が成立するためには,さらに不法領得の意思が必要であり,その不法領得の意思とは「権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従って利用し又は処分する意思」である。
(2)被害者は,本件被害品を売却するために陳列していたものであり,その販売方法は,来店客に陳列されている商品から自由に購入する商品を選んでもらい,レジにおいてそれらの代金を支払ってもらうというものであり,被害者は,本件店舗内で陳列されている商品をレジで精算する前に食べることを予定も許容もしていなかったものであるところ,被告人の,本件被害品をレジにおいて代金を支払う前に全て食べてしまうという行為は,単に食品を食べることとその代金の支払とが若干前後しただけというものではなく,本来であれば,被害者が売却をしなかったであろう商品を,代金を支払うことなく食べたというべきであって,まさに,権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従って処分しているといえるから,不法領得の意思が認められる。
(3)原審弁護人は,本件を不可罰の使用窃盗の場合と並列に考えることができるとか,本件の実質は毀棄行為であり利用処分意思がないなどというが,被告人は,被害者が定める販売方法に反することを知りながら,本件被害品を買う前に勝手に食べてしまったのであるから,本件について一時的な占有侵害であるがゆえに可罰性が問題となる使用窃盗の場合と並列に考えることはできないし,味わったり栄養を摂取したりするためではなかったとしても,食品である本件被害品を口腔内に入れて嚥下する行為は,飲食可能な食品の処分方法として本来的なものであるから,口腔内に毀棄する行為とみることはできない。
(4)以上から,被告人には不法領得の意思が認められ,窃盗罪が成立する。
3 当裁判所の判断
(1)上記のような原判決の認定及び判断は,些か措辞不適切な部分があるが,被告人に不法領得の意思を認めた結論においては,不合理なものとは認められない。弁護人の主張を踏まえて,補足して説明する。
(2)権利者を排除して他人の物を自己の所有物として扱う意思(権利者排除意思)に関する主張について
ア 弁護人は,原判決の事実認定の補足説明における説示に対し,①権利者排除意思をあたかも使用窃盗事案特有の要素であり本件では問題とすべきではないかのように誤解し,②被告人が本件切り身を口腔内に入れて嚥下するという行為だけを切り離して検討し,被告人がその後いかなる行動を予定していたかということを十分に考慮せず,③結局のところ,被告人の占有移転行為が所有者の意思に反していることを強調しているだけ,という3点で誤っており,被告人には対価を支払わずに自分のものにしてしまう意思がなく,交換価値的に回復するため直ちにレジに向かっていたことなどからすれば,被告人に権利者排除意思が認定できないという。
イ そこでまず原判決に対する非難を検討すると,不法領得の意思は,原判決も前提としているとおり,窃盗罪の故意を超えた主観的要素であるにもかかわらず,原判決は,被害者が予定していた販売方法や,被害者が商品を精算前に食べることを予定も許容もしていなかったという事情を根拠として,被告人が「本来であれば,被害者が売却をしなかったであろう商品を,代金を支払うことなく食べた」として,不法領得の意思を認めているが,このような説示は,被害者の意思に反した占有侵害であることを認識していたから不法領得の意思があると判断したとの誤解を招きかねないものであり,些か措辞不適切であるといわざるを得ない。
ウ しかし,その上で本件において,権利者排除意思の存否について検討すると,以下のとおり,同意思は認められる。
(ア)不法領得の意思は,財物の占有が移転した時点において必要とされるところ,権利者排除意思は,その行為が窃盗罪として可罰的な程度の違法性を有しているかを判断するために,行為者がその後予定する当該財物の利用の程度,すなわち被害者の利用妨害の程度が窃盗罪として可罰的な程度に至っているかどうか,という観点から判断すべきものである。
(イ)そのような観点から,本件についてみると,原判決も指摘するとおり,被告人は,本件切り身を口腔内に入れて嚥下して費消することにより,本件被害品である本件切り身という個別財産について,被害者の権利を確定的に侵害していることに疑いはない。
これに関し,弁護人は,被告人には,本件切り身について対価を支払わずして自分のものとする意思がなく,被害者も,本件切り身を保持することよりも金銭への交換を求めていたものである上,被告人の行為が被害者の意思に反する理由は迷惑行為であるからという点にその本質があるなどと主張しており,これは,少なくとも被告人において,窃盗罪として処罰するだけの実質的な財産上の損害を被害者に生じさせる認識がなかったことを指摘するものと解される。しかし,被害者は,単に商品を売買により金銭に交換するということにとどまらず,来店客が並べられた商品をそのままの状態でレジに持ち込んで代金を精算するという被害者の定めた手順に基づく金銭への交換を求めているのであって,このような手順が守られなければ,被害者において店舗内に多数並べている商品を適正に管理することが著しく困難になるなどその営業に重大な影響を及ぼすことが明らかであり,たとえ短時間の後に交換価値に相当する金銭が支払われたとしても,それは手順が守られた支払とはもはや社会通念上別個のものというべきである。したがって,被害者におけるこうした主観的利益は,財産的利益として客観的にも保護されるべきものであるところ,被告人も,被害者がこのような利益を有していることを知っていたからこそ,その手順を守らないことがインターネット上の動画視聴者の興味を引くような面白い場面(絵)になるとして,本件行為に及んだことが認められる。
(ウ)そうすると,本件において,被告人が本件切り身を口腔内に入れて嚥下する時点で予定していた被害者の利用妨害は,個別財産に対する罪という観点からは勿論のこと,仮に窃盗罪においても実質的な財産上の損害が必要であると考えたとしても,十分に可罰的な程度に至っている(弁護人の拠って立つ見解に沿っていえば,被告人が所有者を尊重しなかった,又は無視したと評価される)ことが明らかであるから,弁護人の主張を踏まえても,権利者排除意思を認めた原判決の判断に誤りはない。
ウ この点に関する弁護人の主張には理由がない。
(3)他人の物をその経済的用法に従って利用し又は処分する意思(利用処分意思)に関する主張について
ア 弁護人は,人の飲食に適しない本件切り身を口腔内に入れて嚥下するという行為の外形からは,直ちに「本来的用法に従って処分した」「食べた」と評価することはできず,被告人の主観も踏まえた慎重な評価が必要であるところ,被告人としては,普段人が食べないものを口腔内に入れて嚥下する「絵」を撮ることを意図しており,本件切り身を飲食物としてではなく,口腔内に入れて嚥下することで費消できる物体としかみていなかったから,これにつき「本来的用法に従って処分した」「食べた」とはいい得ず,被告人には利用処分意思が認められない,という。
イ そこで検討すると,被告人が本件切り身を口腔内に入れて嚥下した行為について,利用処分意思ありとして窃盗罪と評価するか,これを否定して毀棄行為と評価するかを判断するにあたっては,原判決のように「食品である本件被害品を口腔内に入れて嚥下する行為が,飲食可能な食品の処分方法として本来的なものである」かどうかといった形式的な検討にとどまらず,被告人の意図が,毀棄・隠匿罪よりも法定刑の重い領得罪たる窃盗罪として処罰するだけの実質を備えているか,すなわち,被告人において,財物自体から生ずる何らかの効用を享受する意思を有しているかどうかを検討する必要があるというべきである。
本件についてみると,被告人は,原判決が説示するとおり,被告人が,本件当時,いわゆるユーチューバーとして活動していたところ,アップロードするための動画として,スーパーマーケットにおいて,陳列されている商品を精算前に大胆に食べて,その後にレジで会計をし,その際の,レジ係の困惑した表情までの一連の様子を撮影しようとした,というのである。そうすると,被告人が本件切り身を口腔内に入れて嚥下するという行為は,動画視聴者の興味を引くような「絵」そのものであるとともに,このような「絵」を作出するための行動であるから,被告人は,正に,本件切り身という財物自体を用いて,これから生ずる「動画視聴者の興味を引くような面白い『絵』」という効用を享受する意思を有していたというべきである。したがって,弁護人の主張を踏まえても,被告人に利用処分意思を認めた原判決の判断に誤りはない。
ウ この点に関する弁護人の主張にも理由がない。
(4)その他弁護人が縷々主張する点を踏まえても,被告人に不法領得の意思を認め,窃盗罪が成立するとした原判決の認定及び判断に,弁護人がいうような事実の誤認は認められない。
4 結論
よって,刑訴法396条により,主文のとおり判決する。
令和3年12月14日
名古屋高等裁判所刑事第2部