日本にある不動産の所有者である中華人民共和国の国籍を有する者の相続につき同国の法律がさかのぼって適用されて反致されることにより日本法が準拠法となるものとされた事例
建物収去土地明渡等請求本訴、所有権移転登記請求反訴、建物収去土地明渡請求事件
【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/平成2年(オ)第1454号
【判決日付】 平成6年3月8日
【判示事項】 日本にある不動産の所有者である中華人民共和国の国籍を有する者の相続につき同国の法律がさかのぼって適用されて反致されることにより日本法が準拠法となるものとされた事例
【判決要旨】 中華人民共和国継承法三六条(昭和六〇年制定、同年一〇月一日施行)は国外にある不動産の相続の準拠法をその所在地法と定め、右規定は同法施行前に開始したが施行時に未処理の相続にも適用されるものとされているところ、同国の国籍を有し、昭和五一年に死亡した被相続人の日本にある不動産の相続につき、被相続人の夫及び四人の子の間において遺産分割協議が成立したとしても、同国法によれば、被相続人の父母もまた第一順位の法定相続人となるべきものであって、当時生存していた被相続人の父を除外してされた右遺産分割協議に直ちにその効力を認めることはできず、前記法律の施行時に未処理であったというべき右相続については、同法の規定がさかのぼって適用され、同法三六条及び法例二九条(平成元年法律第二七号による改正前のもの)の規定により、反致される結果、不動産の所在地法である日本法が準拠法となる。
【参照条文】 法例(平1法27号改正前)25
法例29
【掲載誌】 家庭裁判月報46巻8号59頁
最高裁判所裁判集民事172号1頁
裁判所時報1118号39頁
判例タイムズ846号167頁
金融・商事判例947号3頁
判例時報1493号71頁
金融法務事情1394号97頁
法の適用に関する通則法(平成十八年法律第七十八号)
(相続)
第三十六条 相続は、被相続人の本国法による。
(反致)
第四十一条 当事者の本国法によるべき場合において、その国の法に従えば日本法によるべきときは、日本法による。ただし、第二十五条(第二十六条第一項及び第二十七条において準用する場合を含む。)又は第三十二条の規定により当事者の本国法によるべき場合は、この限りでない。
(物権及びその他の登記をすべき権利)
第十三条 動産又は不動産に関する物権及びその他の登記をすべき権利は、その目的物の所在地法による。
2 前項の規定にかかわらず、同項に規定する権利の得喪は、その原因となる事実が完成した当時におけるその目的物の所在地法による。
【出 典】 判例タイムズ846号167頁
一 本件土地を相続により取得したと主張する原告が、その地上建物(本件建物)の共有者らに対して建物の収去と土地明渡し等を請求した事案。
すなわち、本件土地は昭和22年5月ころ原告の妻であるAが(婚姻前)売買によって取得し(争いがあったが、一、二審ともこれを認めた)、また、本件建物はそのころAの父であるBが売買によって取得したものであるところ、原告はAから本件土地を相続したので、Bから本件建物を相続した被告ら(Bと内縁関係にあった女性らとの間に出生した子)に対し、建物収去等を請求するというもの。
一、二審とも原告の請求を全部認容し、被告らが控訴・上告。
Aは中華人民共和国の国籍を有する者であったため(なお、Bは台湾出身者)、その相続の準拠法が問題となった。
原告の主張の要旨は次のとおり。
1 A(昭和51年上海市で死亡)の相続の準拠法はその本国法たる中華人民共和国法であるが、昭和51年当時、中華人民共和国には相続に関する成文法はなく、人民法院が不文法を適用していたところ、上海市高級人民法院は昭和51年2月29日、Aの在日遺産の相続につき、夫である原告と両名間の子(4名)の5名が共同相続する旨を証明した(以下、これを「継承権証明書」という。)。 また、中華人民共和国継承法(1985年〔昭和60年〕4月10日採択。同年10月1日施行。以下「継承法」という。)は、その施行前の相続であっても、未処理のものについては適用されるところ、同法36条は、「中国公民が中華人民共和国外にある遺産を相続したときは、不動産については不動産所在地の法を適用する」と定めているから、本件土地の相続については日本法が適用されることになり、前記5名が共同相続した。
2 右共同相続人5名は昭和56年12月8日、遺産分割協議により、本件土地を原告の単独所有とすることに合意した。
二 原審判断の要旨 1 Aの相続関係について 継承権証明書は、日本にあるAの相続財産(本件土地)は原告及びAの子4名が継承すべき旨を証明したものであり、右証明書の公証内容は、当時の中国の不文法を適用した結果を有権的に証明したものと推定されるから、本件土地は右5名が共同相続したものと認められる。
また、継承法36条は、国外財産の相続については不動産所在地法を適用する旨を規定している。
そして、中国最高人民法院が示した見解によれば、同法は、「同法が発効する以前に既に受理し、発効時にまだ審結していない継承案件」にも適用される。
そうすると、本件土地の相続については、継承権証明書により既に処理された継承案件とみることもできるが、もし未処理案件であるとすると、継承法36条の規定が遡及的に適用され、反致により、不動産所在地である日本法が適用されるべきことになる。
したがって、いずれにせよ、本件土地は前記5名が共同相続したと認められる。
2 遺産分割について Aの相続人である前記5名は、昭和56年12月8日遺産分割協議により、本件土地を原告の単独所有とすることに合意したことが認められる。
そして、右に説示したところによると、この点についても、Aの本国法として、継承法36条と同一の反致規定が適用されることにより、不動産所在地である日本法が適用されるものと認められるから、右遺産分割協議は有効である。
三 本上告審判決は、判決要旨記載のとおり判示して被告らの上告を棄却した。
すなわち、継承権証明書の内容に疑問があるとされ、したがって、これに基づく遺産分割協議の効力もまた認め難いとされたことにより、Aの相続問題は、継承法が発効した時点において未処理であったというを妨げないものとされた(詳しくは判文を参照されたい)。
そうすると、本件土地の相続については、継承法の規定がさかのぼって適用され、同法36条及び法例29条(平成元年法律第27号による改正前のもの)の規定により、反致される結果、結局、不動産所在地法である日本法が適用されるとされたのである。
前記のとおり、原審はAの相続関係の準拠法についていわば選択的な判断をしたが、これは中華人民共和国法(本国法)によったものとも解されるから、相続人の確定については中国法、遺産分割については反致により日本法を準拠法としたことになり、いわゆる部分反致を認めたことになるとして批判されていた(木棚照一・平2重判解説258頁。
評釈の対象となった判決は本件原判決と被告を異にするが、同一の裁判所により同日に言い渡されたものであり、本件と同一の判断である。
被告は本件建物の相続人から持分を譲り受けた第三者)。
□(あき)場準一・ジュリ989号113頁(評釈の対象となった判決は前同様)は、継承法の制定前から、「中国には本件のごとき問題に関し、当該不動産の所在地法たる我が国の法律に依るとする、原則の在ることが確認できる」と述べる。
そうだとすれば、本件相続については「継承法36条の遡及適用の有無を特に論議するまでもな」いということになる(同所)。
なお、継承法36条及び同旨を規定した中華人民共和国民法通則(昭和61年4月採択、同62年1月1日施行)149条は、相続の準拠法につき不動産所在地法主義を採用することを明らかにしているので、これ以降の相続については、本件のような問題が生ずることはない。