東京都・杉並区・住基ネット訴訟
住基ネット受信義務確認等請求控訴事件
【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成18年(行コ)第119号
【判決日付】 平成19年11月29日
【判示事項】 非通知希望者に係る本人確認情報を東京都に送信したとしても,これをもって違法であり,憲法13条に違反するということはできないから,住基法30条の5第1項に従い,すべての区民に係る本人確認情報を東京都に送信する義務があるとした事例
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載
主 文
1 本件控訴及び控訴人の当審における追加請求をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人東京都は,当該情報を被控訴人東京都へ通知することを受諾した杉並区の住民に係る住民基本台帳法(平成11年法律第133号による改正後のもの。以下「住基法」という。)30条の5第1項所定の本人確認情報(以下「本人確認情報」という。)を,控訴人が被控訴人東京都に対して住民基本台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)を通じて送信する場合,これを受信する義務を有することを確認する。
3 被控訴人らは,控訴人に対し,各自1億0106万9421円並びに内金4476万9677円に対する平成16年9月17日から,内金5629万9744円に対する,被控訴人国につき平成18年6月3日から,被控訴人東京都につき同月6日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
5 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件の事案の概要は,原判決の「事実及び理由」第二の一記載のとおりであり,住基ネットの導入に当たり,控訴人(住基法上の送信主体である杉並区長を含む。以下同じ。)が,住基ネットには個人情報の流出等の危険が存在するとして,被控訴人東京都(住基法上の受信主体である東京都知事を含む。以下同じ。)に対し,住基ネットの安全性が確認されるまでの間,本人確認情報を被控訴人東京都へ通知することを受諾した者(市町村長(特別区の区長も含む。以下同じ。)から都道府県知事へ本人確認情報を通知することを受諾した者を「通知希望者」といい,これを希望しない者を「非通知希望者」という。)に係る本人確認情報のみを通知し,非通知希望者に係る本人確認情報を通知しない方式によって住基ネットへ参加することを申し入れたところ,被控訴人東京都がこれを拒否したため,杉並区民のうちの通知希望者に係る本人確認情報を住基ネットを通じて送信する場合に被控訴人東京都はこれを受信する義務があると主張して,被控訴人東京都に対しその受信義務の確認を求め(以下「本件確認の訴え」という。),また,被控訴人東京都は上記受信義務を怠り,被控訴人国は被控訴人東京都に対して適切な指導を行わないばかりか控訴人に対し横浜市に対する対応と異なった対応をしたため,それぞれ控訴人に損害を与えたなどと主張して,被控訴人らに対し,国家賠償法1条に基づき各自4476万9677円の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成16年9月17日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(以下「本件国賠請求」という。)ものである。
原審は,本件確認の訴えは裁判所法3条の法律上の争訟に当たらないから不適法であるとして却下し,本件国賠請求については,控訴人が通知希望者に係る本人確認情報のみを送信すること自体が住基法に反するものであり,被控訴人東京都には通知希望者に係る本人確認情報の受信義務はないから,被控訴人東京都が受信を拒否したことに違法性はなく,また,被控訴人国も,被控訴人東京都に対し適切な指導を行わなかったということはできず,いわゆる横浜方式と異なる対応をしたことにも違法性はないとしていずれも棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴した。そして,控訴人は,当審において,本件国賠請求に係る請求を追加的に変更し,被控訴人らに対し,従前の請求に加えて,各自連帯して5629万9744円の損害賠償及びこれに対する訴えの変更申立書送達の日の翌日(被控訴人国については平成18年6月3日,被控訴人東京都については同月6日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
2 本件における関係法令の定め,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり訂正するほか,原判決の「事実及び理由」第二の二ないし五に記載のとおりであるから,これを引用する。
第1審
住基ネット受信義務確認等請求事件
【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成16年(行ウ)第372号
【判決日付】 平成18年3月24日
【判示事項】 1 市町村が都道府県に対して住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報を住民基本台帳ネットワークシステムを通じて送信する場合に,都道府県がこれを受信する義務を有することの確認を求める訴えの,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」該当性(消極)
2 市町村が,都道府県に対して,当該情報を都道府県に通知することを受諾した住民のみに係る本人確認情報を送信しようとする場合に,都道府県がこのような本人確認情報を受信すべき義務の存否(消極)
【参照条文】 裁判所法3-1
住民基本台帳法30の5
住民基本台帳法30の7
住民基本台帳法30の8
住民基本台帳法30の10-1
住民基本台帳法30の29-1
住民基本台帳法36の2-1
【掲載誌】 訟務月報53巻6号1769頁
主 文
一 本件訴えのうち,当該情報を被告東京都へ通知することを受諾した杉並区の住民に係る住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報を,原告が被告東京都に対して住民基本台帳ネットワークシステムを通じて送信する場合に,被告東京都がこれを受信する義務を有することの確認を求める訴えを却下する。
二 原告の被告東京都に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告東京都は,当該情報を被告東京都へ通知することを受諾した杉並区の住民に係る住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報を,原告が被告東京都に対して住民基本台帳ネットワークシステムを通じて送信する場合に,これを受信する義務を有することを確認する。
二 被告らは,原告に対し,各自4476万9677円及びこれに対する平成16年9月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 事案の骨子
原告は,住民基本台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)の導入に当たって,住基ネットには個人情報の流出等の危険が存在するとして,被告東京都に対し,住基ネットの安全性が確認されるまでの間,杉並区民のうち,住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報(以下,単に「本人確認情報」という。)を被告東京都へ通知することを受諾した者(以下,一般に,市町村長(特別区の区長も含む。)から都道府県知事へ本人確認情報を通知することを受諾した者を「通知希望者」といい,これを希望しない者を「非通知希望者」という。)に係る本人確認情報のみを被告東京都に通知し,非通知希望者に係る本人確認情報を被告東京都に通知しない方式によって住基ネットへ参加することを申し入れたところ,被告東京都からこれを拒否された。
本件のうち,請求の趣旨第一項に係る訴えは,原告が,杉並区民のうちの通知希望者に係る本人確認情報を住基ネットを通じて被告東京都に送信する場合に,被告東京都はこれを受信する義務があると主張して,被告東京都に対し,その確認を求めるものである(以下,請求の趣旨第一項に係る訴えを「本件確認の訴え」という。)。
また,請求の趣旨第二項に係る訴えは,被告東京都は,前記受信義務を怠り,また,被告国は,被告東京都に対して適切な指導を行わないとともに,原告に対し横浜市に対する対応と異なった対応をして,その結果,原告に損害を与えたなどと主張して,被告らに対し,国家賠償法1条に基づく損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである(以下,請求の趣旨第二項に係る請求を「本件国賠請求」という。)。
二 関係法令の定め
本件に関連する住民基本台帳法(以下「住基法」という。)の規定は,以下のとおりである。
なお,住基法においては,「市町村」は,特別区を含むものとされ,「市町村長」は,特別区の区長を含むものとされている(住基法1条,2条。本判決においても,以下,「市町村」は,特別区を含むものとし,「市町村長」は,特別区の区長を含むものとする。)。また,住基法は,住民基本台帳法の一部を改正する法律(平成11年法律第133号。以下「改正法」という。)により,住基ネット及び住基法7条13号の住民票コード等に関する規定が新設され,これらの改正規定については,平成14年8月5日から施行されている(改正法附則1条1項本文,住民基本台帳法の一部を改正する法律の施行日を定める政令(平成13年政令第430号))。
〈以下省略〉
三 前提事実
本件の前提となる事実は,次のとおりである。なお,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることのできる事実並びに当裁判所に顕著な事実は,その旨付記しており,それ以外の事実は,当事者間に争いのない事実である。
1 住基ネットの概要
(一) 住基ネットは,住民の居住関係を公的に証明する住民基本台帳のネットワーク化を図り,本人確認情報(氏名,生年月日,性別,住所,住民票コード及び付随情報)により,全国共通の本人確認ができるようにした仕組みをいう(乙5,弁論の全趣旨)。
(二) 住基ネットの基本的な仕組みは,以下のとおりである(乙5,7,弁論の全趣旨)。
(1) 市町村長は,住民票の記載,消除,又は氏名,生年月日,性別,住所及び住民票コードに掲げる事項の全部若しくは一部の記載の修正を行った場合には,市町村に設置されている住民基本台帳事務の電子計算機から,電気通信回線により送信すること等により,本人確認情報を,橋渡しをするための電子計算機(コミュニケーションサーバ。以下「CS」という。)に記録し,都道府県知事に電気通信回線を通じて送信する。
(2) 本人確認情報の送信を受けた都道府県知事は,本人確認情報を都道府県に設置された電子計算機に記録する(以下,この役割をする都道府県に設置された電子計算機を「都道府県サーバ」という。)。
(3) 都道府県知事は,住基法30条の7第3項から6項までに基づき,国の機関又は法人,他の都道府県,当該都道府県の区域内の市町村等の機関等から,事務の処理に関し求めがあったときには,電気通信回線等を通じて,本人確認情報を提供する。また,都道府県知事は,住基法30条の8に基づき,自ら本人確認情報を利用する。
(4) 現在,47都道府県知事すべてが,住基法30条の10に基づき,本人確認情報処理事務を指定情報処理機関に行わせることとしている。
そこで,市町村長から本人確認情報の送信を受けた都道府県知事は,本人確認情報を指定情報処理機関に電気通信回線を通じて送信し,これを受けた指定情報処理機関は,指定情報処理機関に設置された電子計算機に本人確認情報を記録する(以下,この役割をする指定情報処理機関に設置された電子計算機を「全国サーバ」という。)。そして,指定情報処理機関は,都道府県知事に代わって,国の機関等への本人確認情報の提供を行う。
財団法人地方自治情報センター(以下「地方自治情報センター」という。)は,旧自治大臣から,指定情報処理機関の指定を受け,上記業務を行っている。
(三) 住基ネットは,平成14年7月22日から仮運用がされ,同年8月5日から第1次運用が,平成15年8月25日から第2次運用がそれぞれ開始された(弁論の全趣旨)。