クレジットカードの使用管理に重過失がないとして、クレジットカードを利用してした決済代金が補償の対象となるとされた事例
譲受債権請求事件
【事件番号】 長崎地方裁判所佐世保支部判決/平成17年(ワ)第162号
【判決日付】 平成20年4月24日
【判示事項】 クレジットカードの使用管理に重過失がないとして、クレジットカードを利用してした決済代金が補償の対象となるとされた事例
【判決要旨】 クレジットカード会員の長男が、タンスの上に置かれていた財布からクレジットカードを抜き取り、無断でカード識別情報を取得してインターネットサイト利用料を決済した事案において、カード会社が不正使用を排除する利用方法を構築していれば不正利用を防ぐことができたというべきであるから、会員にカード識別情報管理の重過失があったとはいえない。
【掲載誌】 金融・商事判例1300号71頁
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 判例タイムズ1291号50頁
別冊ジュリスト200号230頁
別冊ジュリスト249号16頁
民法
第六節 債権の消滅
第一款 弁済
第一目 総則
(弁済)
第四百七十三条 債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅する。
(第三者の弁済)
第四百七十四条 債務の弁済は、第三者もすることができる。
2 弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、この限りでない。
3 前項に規定する第三者は、債権者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、その第三者が債務者の委託を受けて弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていたときは、この限りでない。
4 前三項の規定は、その債務の性質が第三者の弁済を許さないとき、又は当事者が第三者の弁済を禁止し、若しくは制限する旨の意思表示をしたときは、適用しない。
(弁済として引き渡した物の取戻し)
第四百七十五条 弁済をした者が弁済として他人の物を引き渡したときは、その弁済をした者は、更に有効な弁済をしなければ、その物を取り戻すことができない。
(弁済として引き渡した物の消費又は譲渡がされた場合の弁済の効力等)
第四百七十六条 前条の場合において、債権者が弁済として受領した物を善意で消費し、又は譲り渡したときは、その弁済は、有効とする。この場合において、債権者が第三者から賠償の請求を受けたときは、弁済をした者に対して求償をすることを妨げない。
(預金又は貯金の口座に対する払込みによる弁済)
第四百七十七条 債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対してその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる。
(受領権者としての外観を有する者に対する弁済)
第四百七十八条 受領権者(債権者及び法令の規定又は当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者をいう。以下同じ。)以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。
(受領権者以外の者に対する弁済)
第四百七十九条 前条の場合を除き、受領権者以外の者に対してした弁済は、債権者がこれによって利益を受けた限度においてのみ、その効力を有する。
【出 典】 金融・商事判例1300号71頁
1 事案の概要
(1) Yの長男Aは、平成17年1月中旬から2月中旬の1か月間、複数回にわたって、Yに無断で海外のインターネットサイトにアクセスし、その利用代金の決済のため、Y名義のクレジットカードを利用した。その後、当該クレジットカード会社X(その後吸収合併等がされているが、論点となっていないので、説明を割愛する)から、Yに対し、当該決済に係る利用代金(加盟店が利用者に対して有する売買代金等請求権を当該クレジットカード会社Xが債権譲渡を受ける規約となっている)約290万円の請求がされることとなった。
Yは身に覚えがなかったために調査したところ、上記のとおり、Yと同居している長男A(判決文では明らかではないが、新聞報道では当時19歳とのことである)が、Yに無断で本件クレジットカードを抜き取ってカード識別情報(名義人名、カード番号、有効期限)を入手し、インターネット上でこれらのカード識別情報を入力する方法により決済していたことが判明した。
Xの会員規約上、第三者による不正使用の場合、当該不正使用に係る利用の代金についてはXが全額補填することとされているが(本件補償規約)、会員の家族等が当該不正使用を行い、またはこれに加担した場合には、例外的にそのような補填がされないこととされていた(本件除外規定)。
(2) Yは、本件利用は家族による不正使用であるが、会員に当該不正使用ないしカード管理に重過失がない場合には、本件除外規定は適用されず、当該不正使用に係る利用代金は原則どおりXが填補すべきであるなどと主張して、Xによるカード利用代金の請求を争った。
2 本判決の要旨(1)本件補償規約は、不正使用に会員の家族等が関与していた場合には、当該会員の帰責性を問うことなく、上記除外規定が適用され、当該不正使用に係る補填がされないという体裁で規定されている。
しかし、会員に対してその帰責性を問わずに支払責任を負担させることは、民法の基本原理である自己責任の原則に照らして疑問がある上、本件補償規約に合意したXおよび会員の合理的意思にも反する。
すなわち、本件補償規約は、会員の故意または重過失に起因する損害を補償の対象外としており、その証明責任はXが負うと解されるが、Xが個々の事例で会員の故意または重過失を立証するのは困難であるから、カードを他人に貸与、譲渡した場合、規約に違反している状況で盗難等が生じた場合など、会員にカードの使用管理についての善管注意義務違反が疑われる場合を類型化し、これらに該当する場合にはXの立証の負担を軽減する趣旨で規定したものと解される。したがって、これらの類型に該当する場合であっても、会員が自己に重過失がないことを更に主張、立証し、補償規約の適用を受ける余地を否定する趣旨ではなく、そのような余地を認めることが自己責任の原則にも整合する。
(2) しかも、従来、預金の過誤払いの事例において、銀行等が無過失であるとして民法478条の保護を受けるためには、銀行が採用した機械による預金払戻しの方法を預金者に明示し、その預金払戻しシステムの設置管理の全体について、可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くすことが要求されていたこと(最三判平成15・4・8民集57巻4号337頁、本誌1170号2頁)とパラレルに考えると、カード会社が設定したカード利用方法との関連で、会員の帰責性を考慮する余地がある。
(3) 本件のようなカード利用方法を前提として、その不正利用を防止するためには、カードの物理的な管理のほか、カード識別情報の適切な管理が必要となるが、そのような情報管理には自ずから限界があるから、カード会社としては、暗証番号の入力を求めるなど、会員以外の者による不正利用を排除するためのシステムの構築が求められていたというべきである。カード会社がそのようなシステムの構築をせずに、会員にカード識別情報の管理について帰責性を問うことはできない。
(4) 本判決は、以上のように判断し、本件補償規約の適用が除外されないとして、Yは支払責任を負わないとした。
3 解説等
(1) クレジットカード取引は、カード会社、会員、加盟店の三者間で、カードを媒介として行われる取引であり、カード会社と会員の間のカード会員契約、カード会社と加盟店の間の加盟店契約、会員と加盟店との間の売買契約等の3個の契約から構成されている。このうち、カード会員契約は、カード会社が会員に対してカードを発行し、加盟店において当該カードを利用することにより発生した売買代金債務はカード会社が加盟店に支払い、会員はカード会社に当該代金を支払うことを内容とする契約である。そして、その法的構成としては、大きく分けて、カード会社が会員の委託によりカード利用による売買代金等を立替払し(保証または債務引受)、その立替金請求権を行使するという方式と、カード会社が加盟店からカード利用による売買代金等の債権譲渡を受けるという方式があるとされている(以上につき、滝澤孝臣編『消費者取引関係訴訟の実務』291頁以下参照)。
(2) 上記のとおり、クレジットカード取引に関わるカード会社と会員との取引関係は、結局のところカード会社と会員とのカード会員契約を基礎とする以上、会員の責任は、原則としてカード会員契約の約定による。第三者によるカードの不正利用については、会員によるカード利用ではない(カード会員契約において予定されたカードの利用方法ではないから、当該契約によって会員が責任を受けない)が、このような場合でも会員は原則として責任を負う旨の特約が付されているのがほとんどである。
そもそも、このような不正利用特約は、自己の関与しない取引の責任を会員に負わせるものであるから、自己責任原則との関係で、その妥当性には疑問の余地もないではない。ただ、この点については、第三者による不正利用は、少なくともカード会員契約で会員に義務づけられた使用・保管義務違反と位置づけることができるとして、自己責任原則に反しないと解されている(橋本英史「近親者(親子・兄弟・妻)によるクレジットカード利用」園部秀穂=田中敦編『現代裁判法大系(23)消費者信用取引』212頁参照)。
ただ、本件では、家族が関与するなどの一定の盗難等を除き、カード会社が会員の損失を補償する旨の約定があり(本件除外規定)、本件はその趣旨が問題となった。
(3) 本判決は、前記のとおり、本件除外規定は、会員によるカードの使用管理に善管注意義務違反が疑われる場合を類型化したものにすぎず、会員が、このような類型に該当することを前提とした上で、それでもなおカードの使用管理に善管注意義務違反がないことを主張立証した場合には、適用がない(そのように解しないと、自己責任の原則に抵触するおそれがあり、当事者の合理的意思に反する)としている。
この点は、前記のとおり、不正利用特約の根拠を、カード会員契約で会員に義務づけられた使用、保管義務違反に求める通説の立場からは比較的容易に説明できると思われる。特約の解釈手法としても、無理の少ないものとして受け入れられやすいであろう。
(4) 次に、本判決は、前記のとおり、預金の過誤払いの事例に関する最高裁判例を引用した上で、カード会社は、不正利用を防止するためのシステムの構築が求められていたのに、これがないままで会員の帰責性を問うことはできず、Yによるカードの使用管理に善管注意義務違反がないとして、本件除外規定の適用はなく(すなわち本件補償規定が適用され)、Yは責任を負わない(Xが補償すベきである)とした。
前記最高裁判例は、民法478条にいう債権の準占有者に対する弁済につき、預金の過誤払い(ATMによる預金の払戻し)に係る金融機関(すなわち、当該預金債権の弁済者)が善意かつ無過失であるための1つの要件として、ATMのシステムの設置管理の全体について、可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたことを要するとしていたものである。本件では、民法478条の適用が問題となったわけでもなく、直接的には会員によるカード管理の善管注意義務違反の有無が問題となったものであり、条文の適用関係も、過失ないし義務違反が問われる主体が異なるなど、直ちに前記判例が妥当するとは解されない。ただ、公平の観点から金融機関ないしカード会社に適切なシステムの設置管理を(事実上)義務づける点で、前記最高裁判例と本判決とは、少なくとも価値判断ないし利益衡量に共通するものを見出すことができょう。
(5) インターネットが隆盛を極め、クレジットカードの悪用の可能性も広がった昨今において、本件と同種の事案が頻発することが予想されるが、同種裁判例も見当たらないので、実務上参考となると考えて、ここに掲載した次第である。