作業場を持たずに1人で工務店の大工仕事に従事する形態で稼働していた大工が労働基準法及び労働者災害補償保険法上の労働者に当たらないとされた事例
黒崎建設事件
労働者災害補償保険給付不支給処分取消請求事件
【事件番号】 最高裁判所第1小法廷判決/平成17年(行ヒ)第145号
【判決日付】 平成19年6月28日
【判示事項】 作業場を持たずに1人で工務店の大工仕事に従事する形態で稼働していた大工が労働基準法及び労働者災害補償保険法上の労働者に当たらないとされた事例
【判決要旨】 作業場を持たずに1人で工務店の大工仕事に従事する形態で稼働していた大工が労働基準法及び労働者災害補償保険法上の労働者に当たらないとされた事例
【参照条文】 労働基準法(平成10法112号改正前)9
労働者災害補償保険法(平成12法124 号改正前)7-1
【掲載誌】 訟務月報54巻9号2054頁
最高裁判所裁判集民事224号701頁
昭和二十二年法律第四十九号
労働基準法
(定義)
第九条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
第十条 この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。
第十一条 この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。
第十二条 この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。ただし、その金額は、次の各号の一によつて計算した金額を下つてはならない。
一 賃金が、労働した日若しくは時間によつて算定され、又は出来高払制その他の請負制によつて定められた場合においては、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の百分の六十
二 賃金の一部が、月、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、その部分の総額をその期間の総日数で除した金額と前号の金額の合算額
② 前項の期間は、賃金締切日がある場合においては、直前の賃金締切日から起算する。
③ 前二項に規定する期間中に、次の各号のいずれかに該当する期間がある場合においては、その日数及びその期間中の賃金は、前二項の期間及び賃金の総額から控除する。
一 業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業した期間
二 産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業した期間
三 使用者の責めに帰すべき事由によつて休業した期間
四 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成三年法律第七十六号)第二条第一号に規定する育児休業又は同条第二号に規定する介護休業(同法第六十一条第三項(同条第六項において準用する場合を含む。)に規定する介護をするための休業を含む。第三十九条第十項において同じ。)をした期間
五 試みの使用期間
④ 第一項の賃金の総額には、臨時に支払われた賃金及び三箇月を超える期間ごとに支払われる賃金並びに通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないものは算入しない。
(後略)
昭和二十二年法律第五十号
労働者災害補償保険法
第三章 保険給付
第一節 通則
第七条 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
一 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付
二 複数事業労働者(これに類する者として厚生労働省令で定めるものを含む。以下同じ。)の二以上の事業の業務を要因とする負傷、疾病、障害又は死亡(以下「複数業務要因災害」という。)に関する保険給付(前号に掲げるものを除く。以下同じ。)
三 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
四 二次健康診断等給付
② 前項第三号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
③ 労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第一項第三号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。
第八条 給付基礎日額は、労働基準法第十二条の平均賃金に相当する額とする。この場合において、同条第一項の平均賃金を算定すべき事由の発生した日は、前条第一項第一号から第三号までに規定する負傷若しくは死亡の原因である事故が発生した日又は診断によつて同項第一号から第三号までに規定する疾病の発生が確定した日(以下「算定事由発生日」という。)とする。
② 労働基準法第十二条の平均賃金に相当する額を給付基礎日額とすることが適当でないと認められるときは、前項の規定にかかわらず、厚生労働省令で定めるところによつて政府が算定する額を給付基礎日額とする。
③ 前二項の規定にかかわらず、複数事業労働者の業務上の事由、複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする事由又は複数事業労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡により、当該複数事業労働者、その遺族その他厚生労働省令で定める者に対して保険給付を行う場合における給付基礎日額は、前二項に定めるところにより当該複数事業労働者を使用する事業ごとに算定した給付基礎日額に相当する額を合算した額を基礎として、厚生労働省令で定めるところによつて政府が算定する額とする。
第八条の二 休業補償給付、複数事業労働者休業給付又は休業給付(以下この条において「休業補償給付等」という。)の額の算定の基礎として用いる給付基礎日額(以下この条において「休業給付基礎日額」という。)については、次に定めるところによる。
一 次号に規定する休業補償給付等以外の休業補償給付等については、前条の規定により給付基礎日額として算定した額を休業給付基礎日額とする。
(後略)
【出 典】 労働判例940号11頁
(1)事件の概要 本件は,「会社一本」と呼ばれる,作業場を持たずに,他人を雇わず,1人で工務店の仕事を請け負う形態で稼働する大工である上告人(原告,控訴人)Xが,マンションの内装工事に従事中,右手指3本を切断する負傷を被ったことについて,被上告人(被告,被控訴人)Yに対し,労災保険法に基づき療養補償給付および休業補償給付の申請をしたところ,労災保険法上の労働者ではないとの理由で不支給処分(本件処分)を受けたため,その取消しを請求した事案である。
1)指揮監督の有無
Xは,訴外建設会社等の受注したマンションの建築工事の内装工事を請け負っていた訴外工務店Aからの求めに応じて上記工事に従事していたが,仕事の内容について,仕上がりの画一性,均質性が求められることから,Aから寸法,仕様等につきある程度細かな指示を受けていたものの,具体的な工法や作業手順の指定を受けることはなく,自分の判断で工法や作業手順を選択することができた。また,Xは,作業の安全確保や近隣住民に対する騒音,振動等への配慮から所定の作業時間に従って作業することを求められていたものの,事前にAの現場監督に連絡すれば,工期に遅れない限り,仕事を休んだり,所定の時刻より後に作業を開始したり所定の時刻前に作業を切り上げたりすることも自由であった。
2)専属制の程度
Xは,本件災害当時,A以外の仕事をしていなかったが,これは,Aが,Xを引きとどめておくために,優先的に実入りの良い仕事を回し,仕事がとぎれないようにするなど配慮し,X自身も,Aの下で長期にわたり仕事をすることを希望して,内容に多少不満があってもその仕事を受けるようにしていたことによるものであって,Aは,Xに対し,他の工務店等の仕事をすることを禁じていなかった。
3)報酬の性質
XとAとの報酬の取決めは,完全な出来高払いの方式が中心とされ,日当を支払う形式は,出来高払いの方式による仕事がないときに数日単位の仕事をするような場合に用いられた。上記工事における出来高払いの方式による報酬について,Xら内装大工はAから提示された報酬の単価につき協議し,その額に同意した者が工事に従事することとなっていた。Xは,いずれの方式の場合も,請求書によつて報酬の請求をしていた。Xの報酬は,Aの従業員の給与よりも相当高額であった。
4)事業者性の有無
Xは,一般的に必要な大工道具一式を自ら所有し,これらを現場に持ち込んで使用しており,XがAの所有する工具を借りて使用していたのは,当該工事においてのみ使用する特殊な工具が必要な場合に限られていた。
5)その他の事情
Xは,Aの就業規則およびそれに基づく年次有給休暇制度や退職金制度の適用を受けず,Xは,国民健康保険組合の被保険者となっており,Aを事業主とする労働保険や社会保険の被保険者となっておらず,さらに,Aは,Xの報酬について給与所得にかかる給与等として所得税の源泉徴収をする取扱いをしていなかった。Xは,Aの依頼により,職長会議に出席してその決定事項や連絡事項を他の大工に伝達するなどの職長の業務を行い,職長手当の支払いを別途受けることとされていたが,上記業務は,Aの現場監督が不在の場合の代理として,AからXら大工に対する指示を取り次いで調整を行うことを主な内容とするものであり,大工仲間の取りまとめ役や未熟な大工への指導を行うという役割を期待してXに依頼された。
Xは,本件マンションを建設した元請業者である企業体から内装工事を孫請けしたAに雇用される従業員であって,労基法9条にいう労働者に該当し,これと同義である労災保険法上の労働者に該当すると主張した。
本件の争点は,Xは労災保険法上の労働者に該当するかである。
(3)最高裁判断のポイント
本判決において,最高裁も,Xの労働者性につき,指揮監督関係の有無,勤務時間の拘束性の有無,専属性の程度,報酬の性格・額,業務用の機械・器具の提供の有無,服務規律の適用の有無,事業者性の有無などの判断要素に照らして,Xが元請会社はもとより,Aの指揮監督の下に労務を提供していたものと評価することはできず,AからXに支払われた報酬は,労務の提供の対価として支払われたものとみることは困難であるとして,Xは労基法上の労働者に該当せず,労災保険法上の労働者にも該当しないと判断した。