労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年労働省令第30号)による特別支給金を被災害労働者の損害額から控除することの可否
最高裁判所第2小法廷判決/平成6年(オ)第992号
平成8年2月23日
損害賠償請求事件
【判示事項】 労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年労働省令第30号)による特別支給金を被災害労働者の損害額から控除することの可否
【判決要旨】 労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年労働省令第30号)による特別支給金は、被災労働者の損害額から控除することができない。
【参照条文】 労働基準法84-2
労働者災害補償保険法12の4
労働者災害補償保険法(平7法35号改正前)23-1
労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年労働省令第30号)1
労働者災害補償保険特別支給金支給規則2
民法709
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集50巻2号249頁
【解説】
1 Xは、弁当の製造販売会社Yに勤務していたが、弁当箱洗浄機を使っての作業中、右機械に右手指を挟まれて負傷し、右手示指・中指の用廃等の後遺障害を負った。
Xは、Yが機械に事故防止のための装置を設置しなかったこと及び異物を取り出す際には必ず機械を停止させるよう指導を徹底しなかったことに安全配慮義務違反があるとして、休業損害、後遺障害による逸失利益等合計1900万円余の支払を求めた。
Yは、本件事故はXの不注意による自損事故であるとして、安全配慮義務違反を争うとともに、Xが労災保険から受領した休業特別支給金(約65万円)及び障害特別支給金(約40万円)を損益相殺として控除すべきであると主張した。
原判決は、Yの安全配慮義務違反を認め、Xの過失を考慮して4割の過失相殺を行い、Xが受領した労災保険給付(休業補償給付及び障害補償給付の合計約293万円)を過失相殺後の損害額から控除して、約888万円の限度でXの請求を認容した。
Yの前記各特別支給金の控除の主張に対しては、右各特別支給金は災害補償そのものではなく、療養生活援助金等の色彩が濃い性質のものであるとして、控除すべきではないとした。
これに対してYが上告し、特別支給金の損害額からの控除を認めなかった原審の判断の法令違反等を主張したが、本判決は、原審の判断を正当として、Yの上告を棄却した。
二1 労災保険は、業務災害・通勤災害による負傷、死亡等に対して、必要な保険給付を行い、あわせて、被災労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とし(労働者災害補償保険法[以下「法」という。
]1条)、右目的を達するため、保険給付を行うほか、労働福祉事業を行うことができる(法2条の2)。
特別支給金は、労働福祉事業のうち、被災労働者及びその遺族の援護を図るために必要な事業(法23条1項2号)として、労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年労働省令30号)に基づいて、被災労働者又はその遺族に対して支給されるものである。
特別支給金の趣旨については、立法担当者は、次のように説明している(労働省労災管理課『労災保険制度の詳解』308頁)。
「特別支給金は、法23条に基づき、被災労働者及びその遺族の福祉に必要な施設として行われるものであり、他の保険施設と同様に、災害補償たる保険給付と相まって被災者等の保護の実効を期そうとする趣旨のものである。
その性格は、災害補償そのものではなく、休業特別支給金にあっては療養生活援護金の色彩、障害特別支給金にあっては治ゆ後への生活転換援護金の色彩が濃いものということができる。
他面、その支給事由、支給額等から明らかなように、保険給付と直接関連、密接不可分の加給金的な関係にあり、その現実的な機能としては、各保険給付と相まってこれを補う所得的効果をもつものということができる。」 2 労災保険給付は、被災労働者の損害の填補の性質を有するものであり、保険給付が行われたときは、使用者行為災害の場合には、使用者は、その限度で民事上の損害賠償債務を免れ(労働基準法84条2項の類推)、第3者行為災害にあっては、政府は給付の限度で第3者に対する損害賠償債権に代位する(法12条の4)として、いずれの場合にも被災労働者の損害のうち逸失利益の額から控除すべきものと解されている(本判決の引用する最3小判昭52・10・25民集31巻6号836頁、●判タ357号218頁など)。
これに対し、被災労働者が労災保険から受領した特別支給金を損害額から控除すべきか否かについては、学説、判例ともに肯定説、否定説の両見解が対立している。
控除否定説(門井節夫「特別支給金の損害額からの控除」判例通覧労災職業病275頁、桑原昌宏「労災・職業病の給付・福祉事業」現代労働法講座12巻142頁など)は、その理由として、(1) 特別支給金は、労働福祉事業の1環として行われるものであり、損害の填補を目的とするというよりも、被災労働者及び遺族に対する生活援護金、遺族見舞金的側面が強い、(2) 特別支給金については、代位(法12条の4)や年金給付と使用者の損害賠償債務の履行との調整(法64条)の規定の適用が排除されていることからすれば、損害の填補を目的とした制度でないことは明らかである、等を挙げる。