課税負担の錯誤を理由に私法上の法律行為が無効であることを主張することの可否
大阪高等裁判所判決/平成16年(行コ)第95号
平成17年5月31日
贈与税更正処分取消等請求控訴事件
【判示事項】 (1) 課税負担の錯誤を理由に私法上の法律行為が無効であることを主張することの可否
(2) 納税者らにおいて贈与財産である出資の評価額が想定より高額であると認識した時点が、本件贈与に係る贈与税の法定申告期限経過後であり贈与が錯誤により無効であるとして納税者らをして納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害するとともに、租税法律関係を不安定にし、ひいては申告納税方式の破壊を招来するものというべきであるから、納税者らの錯誤無効の主張は許されないとされた事例
(3) 贈与の合意解除の事実が認められるとしても、合意解除は、納税義務の発生の原因となる法律行為について、同法律行為の当事者間の事後的な合意により、同法律行為を解消させるものであり、申告納税方式を採り、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等を課して、適正な申告がされることを期している我が国の租税制度の下において、不適正な納税をしようとした者が、予想と異なる課税がされることが判明したことを理由として、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の事後的な合意解除の効果を認めて、当該納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害するとともに、租税法律関係を不安定にし、ひいては申告納税方式の破壊につながるものといえるから、納税義務者は、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為を行った場合、その法定申告期間を経過した後に同法律行為を、多額の贈与税が賦課されることを回避するとの理由で事後的に合意解除したとしても、その効果を主張して当該納税義務を免れることは許されないものと解するのが相当であるとされた事例
(4) 納税者らが本件贈与を合意解除したとする時点が、贈与に係る贈与税の法定申告期限(平成6年3月15日)経過後であることは、納税者らにおいて自認しているところであって、合意解除の理由が課税回避にあることも明白であるから、納税者らの合意解除に基づく納税義務の消滅の主張は許されないものと解するのが相当であるとされた事例
(5) 相続税法22条(評価の原則)に規定する「時価」の意義
(6) 財産評価の方法について、財産評価基本通達に定められた評価方法によらないことが是認される場合
(7) 有限会社設立の際の出資について、1対99の割合をもってした資本金と資本準備金への振り分けは、何ら合理性を有しないものであり、専ら出資の評価額を低廉なものとするための方策にすぎないものであるから、財産評価基本通達188-2(同族株主以外の株主等が取得した株式の評価)に定める配当還元方式を適用して本件出資の価額を評価することは、実質的な租税負担の公平を著しく害する結果を招くことが明らかであるというべきであるから、上記評価方法によらないことが正当と是認される特別の事情があるとされた事例
(8) 出資は会社資産に対する割合的持分としての性格を有し、会社の所有する総資産価値の割合的支配権を表象したものであり、社員は、出資を保有することによって会社財産を間接的に保有するものであるから、当該出資の理論的・客観的な価値は、会社の純資産の価額を出資口数で除したものと考えるのが相当であり、また、そのような方法が、取引相場のない株式等の評価の原則的な評価方法といい得るものであるから、本件における出資の評価は純資産価額方式によるべきであるとの課税庁の主張が、上記のような評価方式は、当該株主が会社を支配しており、その支配権を行使して、会社財産を支配できる場合に妥当するものであって、単に、会社の定めた配当のみを期待している株主に関しては、純資産価額方式によって算出した金額が当該株式の客観的な交換価値であるとは言い難いのであるから、そのような場合においては、原則的な評価方法といえないだけでなく、妥当な評価方法とも言い難いとして排斥された事例
(9) 財産評価基本通達188-2(同族株主以外の株主等が取得した株式の評価)の定める配当還元方式の考え方そのものは、同族株主(支配株主)でない株主が配当を期待して取得した株式で、取引相場のない株式の評価としては、優れて合理的なものであることに照らせば、本件における出資の評価についても、配当還元方式の考え方を参酌して評価するのが、客観的な交換価値の把握方法として相当であると解されるが、本件においては、専ら本件出資の評価額を低廉なものとするための方策として、1対99の割合をもって資本金と資本準備金への振り分けをしており、それ自体に合理性がないことからすれば、租税回避のために作為的に資本金に振り分けられた1口1万円をもって、本件出資1口の資本金の額として、同通達188-2に定める配当還元方式を適用して本件出資の価額を評価することは、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるから出資に係る払込金額(1口当たり100万円)全額を資本金に当たるものとした上で、同通達188-2に定める方式に準じて本件出資の価額の評価をするのが相当であるとされた事例
(10) 国税通則法65条4項(過少申告加算税)所定の「正当な理由」
(11) 国民が通達を基準として申告した以上、過少申告加算税を適用すべきではない正当理由(国税通則法65条4項)があるというべきであるとの納税者の主張が、財産評価基本通達に定める方法によらないことが正当と是認される特別な事情が存する本件においては、納税者らの申告がやむを得ない理由によるものということは到底いえず、国税通則法65条4項(過少申告加算税)所定の「正当な理由」があったとは認め難いとして排斥された事例
【判決要旨】 (1) 納税義務者は、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為を行った場合、同法律行為の際に予定していなかった納税義務が生じたり、同法律行為の際に予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明したとしても、その法定申告期間を経過した後に、かかる課税負担の錯誤が上記法律行為の動機の錯誤であるとして、同法律行為が無効であることを主張することは許されないものと解するのが相当である。
(2)~(4) 省略
(5) 相続税法22条(評価の原則)の「時価」とは、当該財産の取得時における当該財産の客観的な交換価値、すなわち、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解するのが相当である。
(6) 財産評価基本通達に定められた評価方法を画一的に適用するという形式的平等を貫くことによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかな場合など、上記評価方法によらないことが正当と是認される特別の事情がある場合には、別の合理的な評価方法によることが許されるものと解すべきである。
(7)~(9) 省略
(10) 過少申告加算税を賦課しない場合とは、納税者の故意過失に基づかずして過少申告となった場合のように、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、こうした納税者に過少申告加算税を賦課することが不当若しくは酷になると認められる場合をいうものと解すべきである。
(11) 省略
【掲載誌】 税務訴訟資料255号順号10042