熊本県八代地方事務所農地課勤務の事務吏員の職務権限 最高裁判所第3小法廷判決 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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熊本県八代地方事務所農地課勤務の事務吏員の職務権限

 

最高裁判所第3小法廷判決/昭和33年(あ)第134号

昭和37年5月29日

贈賄、横領、加重収賄、収賄、詐欺被告事件

【判示事項】    熊本県八代地方事務所農地課勤務の事務吏員の職務権限

【掲載誌】     最高裁判所刑事判例集16巻5号528頁

          最高裁判所裁判集刑事142号697頁

          判例タイムズ132号47頁

       主   文

 原判決中、被告人A(ただし、同被告人に対する公訴事実中恐喝未遂、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反および恐喝の点につき無罪の言渡をした部分を除く。)、同B、同Cに対し無罪を言い渡した部分を破棄する。

 本件中右被告人3名に対する破棄にかかる部分を福岡高等裁判所に差し戻す。

 被告人A、同D、同E、同Fの本件各上告を棄却する。

 当審における訴訟費用(国選弁護人築山重雄に支給した分)は被告人Fの負担とする。

       理   由

 福岡高等検察庁検事長草鹿浅之介の上告趣意について。

 職権により調査すると、原判決は、「被告人Cは、当時未だ現実に熊本県八代地方事務所農地課長の職務代理者として同課長の一般的権限を行使した事例はなく、農地及び農業用施設等災害復旧工事に関して現にこれを取扱う職務権限を有しなかつたのは勿論、該職務権限が農地課所管に属するものとはいいながら、上司の命を受けてこれ等の職務を処理し得べき地位にあつた者とも認め難いから、ひつきよう、同被告人は右工事に関する一般的権限、ひいては右工事につき事業主体のなす工事請負契約締結の方法、予定価格の決定等に関する指導監督権を有しないのは勿論、かかる職務が同被告人の担当する開拓関係事務と密接な関係を有したものともいわれない」旨の説示をして、同被告人に対する加重收賄および被告人A、同Bの右被告人Cに対する各贈賄の点につき、いずれも無罪の言渡をなしている。

 しかし、記録によると、被告人Cは、昭和25年3月31日付熊本県名義をもつて熊本県事務吏員に任命され、主事に補せられるとともに熊本県八代地方事務所勤務を命ぜられ、同日付で八代地方事務所長名義をもつて同事務所農地課勤務を命ぜられ、さらに、同年12月1日付で八代地方事務所長名義をもつて同事務所農地課長の職務代理者を命ぜられたこと、ならびに本件犯行当時の昭和24年5月10日熊本県訓令254号熊本県地方事務所処務規程1条は「地方事務所に総務課、税務課、経済課、林務課及び農地課を置く。」と規定し、同6条は、農地課の事務分掌は左記の通りであるとして「1、水利組合及び土地改良区の指導監督に関する事項、2、農地等の調整に関する事項、3、開墾事業に関する事項、4、土地改良事業に関する事項、5、耕地の災害復旧に関する事項、6、耕地整理に関する事項、7、開拓地の営農指導に関する事項」と規定し、同8条3項は「課長に事故があるとき又は課長が欠けたときは、地方事務所長があらかじめ指定した吏員がその職務を代理する。」と定めているから、農地および農業用施設等災害復旧工事に関する事項は、事業主体がなす工事請負契約締結の方法、競争入札の実施、その際における予定価格の決定、工事の施行などに関して意見を述べたり、その他の方法で指導監督することをも含めて右農地課の分掌事務に属するものといわなければならない。

 そして、刑法197条にいう「其職務」とは、当該公務員の一般的な職務権限に属するものであれば足り、本人が現に具体的に担当している事務であることを要しないものと解するを相当とするから、熊本県事務吏員で同県八代塘方事務所農地課勤務の被告人Cは、農地課長の職務代理者を命ぜられたと否とにかかわりなく、たとえ、日常担当しない事務であつても、同課の分掌事務に属するものであるかぎり、前記農地および農業用施設等復旧工事に関する事務をも含めてその全般にわたり、上司の命を受けてこれを処理し得べき一般的権限を有していたものと解するを相当とする。

 もつとも、昭和31年4月21日付八代地方事務所長G作成名義の本件犯行当時の同事務所の農地課事務分担表の証明書によれば、石農地課の分掌事項は、1、課内庶務に関する事項、2、農地等の調整に関する事項(開拓地を除く)、

3、農地等の交換分合に関する事項、4、土地改良区及び土地改良区設置指導に関する事項、5、農地等の調整に関する事項(開拓地)、6、開墾地の営農入植移住に関する事項、7、開墾事業に関する事項、8、農地農業用施設の災害復旧に関する事項、9、土地改良事業に関する事項、10、急傾斜事業に関する事項、11、湿田単作事業に関する事項、12、開墾建設に関する事項、13、農林金融に関する事項、14、文書收発に関する事項と分けて定められ、右1ないし4の主査は、C主事、副査は、H雇、右5、6の主査は、C主事、副査は、I技師、右7の主査は、I技師、副査は、C主事、右8、9の主査は、J技師、副査は、K、L両技師ほか臨時雇3名、右10の主査は、K技師、副査は、J、L両技師ほか臨時雇2名、右11の主査は、L技師、副査は、J、K両技師ほか臨時雇2名、右12の主査は、I技師、副査は、C主事、右13の主査は、K技師、副査は、H雇、右14の主査は、H雇、副査は、M臨時雇と指定されていたこと、また、第1審判決挙示の証人Nの公判廷における供述、同人の検察官に対する供述調書、被告人Cの検察官に対する供述調書によると、右農地課には、耕地係、農地係、開拓係の3つの係が設けられ、被告人Cは開拓関係の事務と庶務一般を担当していたことが認められるけれども、これらは、ただ便宜に従い右農地課内部における事務分配の標準を定めたにとどまるものであつて、これにより同被告人の前記法令上有する職務権限は何ら左右されるものではない。

 してみると、昭和28年10月当時八代地方事務所農地課勤務の事務吏員の地位にあつた被告人Cが、農地および農業用施設等災害復旧工事につき事業主体のなす工事請負健約締結の方法、競争入札の実施、その際における予定価格の決定などに関与することは、刑法197条にいう公務員の「其職務」といわなければならない。したがつて、それが職務でないものと判断して、被告人Cの加重收賄および同被告人に対する被告人A、同Bの各贈賄につき無罪の言渡をした原判決は、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があつて、これを破棄しなけれは著しく正義に反するものといわなければならないから、原判決中この点に関係のある右被告人3名に関する部分は、刑訴411条1号により破棄を免れない。

(後略)