離婚に伴う財産分与において,夫(夫が医師)が経営する、医療法(平成18年法律第84号による改正前 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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離婚に伴う財産分与において,夫(夫が医師)が経営する、医療法(平成18年法律第84号による改正前のもの)に基づいて設立された医療法人に係る夫婦名義の出資持分のほか,夫の母名義の出資持分をも財産分与の基礎財産として考慮し,医療法人の純資産価額に0.7を乗じた金額を出資持分の評価額として財産分与額を算定した事例

 

大阪高等裁判所判決/平成25年(ネ)第349号、平成25年(ネ)第1313号

平成26年3月13日

【判示事項】    1 離婚に伴う財産分与において,夫(夫が医師)が経営する、医療法(平成18年法律第84号による改正前のもの)に基づいて設立された医療法人に係る夫婦名義の出資持分のほか,夫の母名義の出資持分をも財産分与の基礎財産として考慮し,医療法人の純資産価額に0.7を乗じた金額を出資持分の評価額として財産分与額を算定した事例

2 離婚に伴う財産分与において,高額な収入の基礎となる特殊な技能(夫が医師)が,婚姻届出前の個人的な努力によっても形成され,婚姻後もその才能や労力によって多額の財産が形成された場合に,いわゆる2分の1ルールを重視しつつも,上記のような事情を考慮して寄与割合を算定することを是認した事例

【参照条文】    民法768-3

          人事訴訟法32-1

          憲法24-2

【掲載誌】     判例タイムズ1411号177頁

       主   文

 1 原判決主文第2,4項を次のとおり変更する。

 2 〈省略〉

 3 控訴人は,被控訴人に対し,1億1640万6281円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 4 控訴人のその余の控訴及び被控訴人の附帯控訴を棄却する。

 5 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

【解説】

 1 事案の概要

 本件は,妻である被控訴人が,医療法(平成18年法律第84号による改正前のもの)に基づいて設立された医療法人(以下「旧医療法人」という。)を経営する夫(控訴人)に対し,離婚のほかに財産分与等を求める本訴を提起したのに対し,夫が,妻に対し,離婚等を求める反訴を提起した事案である。

 原審は,財産分与に関し,3000口の出資のうち2900口が夫,50口が妻,50口が夫の母の名義とされている旧医療法人につき,3000口の出資持分全てを財産分与の基礎財産として考慮し,当該医療法人の純資産価額全額をその評価額とした上,寄与割合を夫6割,妻4割と評価し,夫に対し,財産分与金の即時支払を命じた。これに対し,夫は,①当該医療法人の保有資産は財産分与の対象にならない,②夫の母名義の出資持分は財産分与の対象にならない,③当該医療法人からの退社又は当該医療法人の解散により出資の払戻し又は残余財産の分配が現実化するまでに高額な医療機器に係るリース契約の締結などの不確定的なリスクが存在するから,現時点で出資持分の評価をすることは不可能,④純資産価額の算定に当たって,将来発生する退職金債務や税金を控除すべき,⑤財産分与金の即時支払を命ずるのなら,想定される退社時あるいは解散時までの中間利息を控除すべき,⑥財産分与金の支払期は退社時又は解散時とすべきなどと主張した。

 2 問題の所在

 夫婦の一方が婚姻届出前から医師免許を有し,婚姻後開業医になり,その後旧医療法人を設立し,その後婚姻共同生活が破たんして別居した場合,当該医療法人が夫婦とは別個の法人格を有する以上,原則として当該医療法人に係る夫婦の出資持分を財産分与の基礎財産として考慮することになる。しかし,夫婦以外の者が出資持分を有している場合に,同原則を貫くことが妥当でない場合があり,A 法人格否認の法理の要件を充足する場合に限り,法人名義の財産をも分与対象財産とする考え方(高木積夫「財産分与の対象となる財産の範囲」中川善之助先生追悼現代家族法大系編集委員会編『現代家族法大系第2巻』〔有斐閣・1980年〕299頁以下のうち303頁),B 法人の実態が個人経営の域を出ず,実質上夫婦の一方又は双方の資産と同視できる場合,公平の観点から,法人格否認の法理の要件を問題とすることなく,法人の資産を夫婦の一方又は双方の資産として評価して分与の対象に含める考え方(大津千明『離婚給付に関する実証的研究』〔日本評論社・1990年〕116頁),C 夫婦の実質的共有財産を法人名義の資産としたことが明確な場合に限り,Bと同様の処理をする(ただし,財産分与の基礎財産に算入することにとどめ,分与方法としては,金銭清算の方法による)考え方(沼田幸雄「財産分与の対象と基準」野村愛子=梶村太市総編集『新家族法実務大系第1巻』〔新日本法規出版・2008年〕484頁以下のうち493頁以下)がある。ところで,医療法は,旧医療法人についても,業務に必要な資産を有しなければならない旨を定め(同法41条1項),剰余金の配当をしてはならないと定める(同法54条)などしている。このような規制がされている医療法人につき,上記B,Cのような考え方を採用してよいかは一つの問題であろう。この点,福岡高裁昭和42年(ネ)第288号,同第289号同44年12月24日判決・判タ244号142頁は,当該事案における医療法人が個人経営と大差ないとして,医療法人の資産収益関係をも考慮に入れてしかるべきと判示している。しかし,同判決は,財産分与額の算定に当たって,医療法人の資産から負債を控除した具体的金額や寄与割合を明示せず,「婚姻継続期間,離婚に至った経緯,妻の年齢,双方の財産状態,婚姻中における妻の医業への協力の程度,子の扶養関係等諸般の事情を考慮して,2000万円を財産分与金とするのが相当」と判示したにすぎない。同判決が,医療法人の利益処分等について法令上の制限があることを斟酌しなければならず,純然たる個人資産と全く同視することができない旨を付言していることを考慮すると,同判決は,医療法人の「資産収益関係」を一つの考慮要素として考慮したにすぎず,医療法人の保有資産をそのまま財産分与の基礎財産として考慮したわけではないように思われる。また,出資持分を財産分与の基礎財産として考慮するに当たっては,出資持分をどのように評価するのかが問題となり,相続税額算定のための出資持分の評価方法を参考にして純資産価額をもって出資持分の評価とすること(最高裁平成20年(行ヒ)第241号同22年7月16日第二小法廷判決・集民234号263頁,判タ1335号57頁参照)が考えられる。しかし,離婚に伴う財産分与の場面では,相続時という一定の時点における資産価値を把握すれば足りる相続税の課税の場面とは異なり,財産分与後,他方が出資持分を保有し続ける経済的利益をどのように評価するのが適当かを検討するのが相当なように思われるところ,この点について正面から検討を加えた裁判例は見当たらない。また,将来発生する退職金債務及び税金並びに中間利息を控除すべきか,財産分与金の支払期をどうするかについては,定説が存在するわけではない。さらに,出資持分を財産分与の基礎財産として考慮する場合,財産分与金の支払期をどのように定めるかについては,将来定年時という確定期限に支払われる退職金を財産分与の基礎財産に算入し得るかが問題になる事案において財産分与金の支払期を退職金債務の履行期と一致させる見解に立つ場合も,医療法人からの退社時あるいは医療法人の解散時という不確定期限に金銭の支払が現実化する本件のような場合について同様の扱いを採用することは困難であろう。最後に,2分の1ルールが両性の平等に照らして重要な原則であることは言うまでもない。配偶者の一方が特殊な技能を有する高額所得者である場合の寄与割合につき,同原則を貫徹するのが公平とはいえない場合もあり得るが,例外的取扱いをする場合も,上記の原則を適切に考慮するためにはどのような評価をすべきかが問題になろう。