大川小学校東日本大震災津波国家賠償訴訟 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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【事件番号】 仙台高等裁判所判決平成30年4月26日

国家賠償等請求控訴事件

石巻市立大川小学校東日本大震災津波国家賠償訴訟控訴審判決

【参照条文】 国家賠償法1

       国家賠償法3

【掲載誌】  判例時報2387号31頁

〔判決の概要〕本判決は、平成23年3月11日の東日本大震災の地震発生後、同一小学校の児童教員(84人)が学校の近くで、集団で津波に被災して死亡した件につき、当該小学校の校長等の学校運営者は、当該学校の立地条件を考慮して、津波の襲来を想定し、改正学校保健安全法29条にもとづき、危機管理マニュアルを具体的に定め、津波発生時の具体的な避難場所や避難方法、避難手順等を明記しなければならず、また、危機管理マニュアルをそのような内容に改訂すべき注意義務があったにも拘わらずこれを行わず、また、当該学校を管理する教育委員会も津波の襲来に備えて、校長の定めるべき危機管理マニュアルの内容につき適切な助言指示を行うべきであるのにこれを行わず、そのために適切な危機管理マニュアルが定められず、その結果として、学校の運営者が津波襲来時に適切な避難行動をとりえず、児童教職員に死者を発生させたことは、学校において取られるべき安全確保義務に反したもので、国家賠償法上違法があるとした。

  第一審は、学校側に危機管理マニュアルの具体化、改定の義務を認めず、県広報車による津波切迫、高台への避難の呼びかけを聞いた時点で校庭南側の裏山への避難を開始すべきであり、これを行わなかったことに注意義務違反があったとしていた。

  本判決は校庭南側の裏山を避難場所とすることは、当該場所が土石流崩壊危険地区に指定され、また本件想定地震により崩壊の危険があったことからこれを不適切として退け、大川小に於ける危機管理マニュアルの具体化、改定が適切に行われていれば、校庭南側の裏山よりもより安全な裏山平坦部(校地敷地西方150mの新北上大橋(三角地帯)付近まで突出した裏山を南方向に迂回して国道398号線を雄勝方向に約550mに行った左側にある林道の登り口から裏山に登ったところにある通称「バットの森」)への避難が可能であったとしている(争点(1)②(3)イ)。このような判断は、同小学校の立地に関する基本的な認識(同校の敷地が明治44年から昭和9年までの北上川河川改修工事により、北上川河口の感潮区域と200mの距離で接するようになっていたこと、河川改修後は同地区には津波の襲来はなく、いわゆる津波襲来の伝承はなかったこと、同校敷地と北上川とは北上川右岸堤防のみで区切られ、北上川の満潮時水位と校地敷地の標高はほぼ同じであったこと、万一、北上川右岸堤防が地震等の影響により損壊した場合には、大川小は津波の襲来を受けうる状態にあったこと等(前提事実(2)、争点(1)②(1)))を根拠にしていると考えられる。

  危機管理マニュアルの改訂義務の前提には、校長等が学校の安全性を確保する法的義務を有していることが必要であるが、この点について、判決は、学校保健安全法26条ないし29条により、校長等(市教委を含む)には児童等の安全を確保すべき具体的作為義務があったと判示している(争点(1)(4)オ)。また、改定義務のためには、大川小への津波襲来の予測可能性がなければならないが、その予測可能性については、県の作成した地震被害想定調査報告(平成16年、同23年)が当時の科学的知見を総合したもので一定の合理性を有するものであり、その報告の中に、大川小への津波来襲が想定されていなくても、県の地震被害想定は誤差を伴うものであり、またその想定調査が概略の想定結果であり、個別構造物(本件の場合大川小)への被害対策を立てる場合には、当該個別構造物の実際の立地条件に照らしたより詳細な検討が必要であり、校長等(教頭、教務主任)は、このような検討を行えば、津波が大川小敷地に及ぶことを予見しえた、と判示している(争点(1)②(1)キ)。その判断は県の上記想定報告の外、市のハザードマップ(ウ)・過去の津波の状況(地域住民の津波に対する認識)(エ)、市の防災計画(オ)との関係で詳細になされている。また具体的想定判断においては教職員の具体的学校での在職期間が短いことから、学校を管理している市教育委員会の役割の重要性が指摘されている(争点(1)①(3)ウ)(判示中に「校長等」と表示されている場合には、市教育委員会を含んでいる場合(争点(1)①(4))と含んでいない場合(争点(1)②があるので注意を要する)。また、教員は災害発生時における児童生徒の避難誘導において児童生徒の行動を拘束するものであるから、学校設置者(市)から提供される情報等についても、批判的に検討することが要請されること(争点(1)②(1)ウ)(23年2月頃、6月に実施される予定であった河北地区総合防災訓練の打ち合わせのため来校した河北総合支所の職員と校長の間で、二次避難後の避難場所について意見交換が行われ、河北総合支所の職員は、津波は堤防を超えないことになっていると回答していた(同カ))、また、校長等の知識経験は地域住民よりも遙かに高いものであることが要請されるとされている。(同エ)

  具体的な安全確保義務の内容に関しては(争点(1)(2))、文科省、県、市の各種の施策を具体的に検討し(44項目。同イ)、校長等において大川小への津波の襲来が予見されていたことから、校長等の学校管理者は高台への避難の具体的場所(第三次避難場所)、避難経路、避難方法を学校の危機管理マニュアルに具体的記載すべき義務を負い、また市教委も上記事項について具体的記載をするよう指示・指導すべき義務をおっていたと判示している。そして、校長等がこれらの義務を履行しなかったことは、安全確保義務の懈怠にあたるとし、第三次避難場所の最も有力な候補地は「バットの森」であるとしている(争点(1)②(3))。そして危機管理マニュアルに第三次避難場所、経路、避難方法を定めておき、本件地震による大津波警報発令後、マニュアルに従って速やかに第三次避難場所である「バットの森」に向かえば、被災は避けられたと判断している(争点(1)③)。なお、本件地震発生から被災に至る詳しい経緯が示されている(同(1))。

  本件判決に対しては、石巻市及び宮城県が上告及び上告受理を申し立てたが、令和元年10月10日、最高裁は、1 上告理由は、理由の食違いをいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するもので、民訴法312条1項又は2項に規定する上告事由に該当しない、2 上告受理の申立理由は民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない、として、上告棄却、上告不受理を決定した(判例秘書L07410131)。