金子由芳『アジアの法整備と法発展』大学教育出版
本文約170ページ、2010年。
索引がない。
上記書籍のうち、以下の部分を読み終えました。
第1章 アジアの法整備支援と日本の役割
1 アジア
アジアについて、本書第2章以下で、タイ、カンボジア、ベトナム、インドネシアについて取り上げられている。
ただし、JICAの法整備支援によれば、法整備支援は、以下の国について行われたという。
ベトナム、
カンボジア、
社会主義国(中国、モンゴル、ラオス、ウズベキスタン等)、
紛争影響国(ミャンマー、ネパール、東ティモール)、
アフリカ諸国
(注)東ティモールは旧ポルトガル領で、インドネシアから独立したが、ティモール島の西側はインドネシア領のままである。
(参考文献)
独立行政法人国際協力機構(JICA)「課題別指針(法整備支援)」
http://gwweb.jica.go.jp/km/FSubject0401.nsf/B9EBD9A793E2456249256FCE001DF569/683D2CAEBEF77062492578B200056222?OpenDocument
同プロジェクト研究報告書「法の支配の実現のために」
http://gwweb.jica.go.jp/km/FSubject0401.nsf/3b8a2d403517ae4549256f2d002e1dcc/71a3b57ba19c9c1649257721000cef40?OpenDocument
日本弁護士連合会編「法律家の国際協力-日弁連の国際司法支援活動の実践と展望」(2012年・現代人文社)
松尾弘「良い統治と法の支配-開発法学の挑戦」(2009年・日本評論社)
2 「法と開発」の手法
20世紀、第2次大戦後の一時期において、法体系の異なる発展途上国(当時)へ新たな法の継受と「法の支配」(≒法治主義)をもって、「開発法学」とも称することがあった。
その後、「法整備支援」と用語が改められた。
1)法と経済学
法について、効率主義・実証主義の観点から、経済的な説明をしようとする考えである。
アメリカ法において、顕著な考えである。
2)法社会学
当該国家の固有の社会性に根付くように、先進国(当時)の法を継受することを、法社会学と定義づけている。
なお、日本では、末広厳太郎や川島が『日本人の法意識』について、西洋諸国とは異なる固有の慣習があると指摘している。
民法92条で、公序良俗に反しない限り、事実たる慣習がある場合には、それに従う場合があり得ることを規定している。
著者は、民法施行法のみを指摘しているが。
3)比較法学
実定法を比較することを「比較法学」と定義している。
4)総合的方法
第2章 事例にみる法整備現場の課題
1 カンボジア
フランスの旧植民地であった。
欧米流の土地法を導入したことにより、農民が長年使用していた土地が使えなくなり、国有地になるという事態を招いたとされる。
そして、国有地が外国資本に転売されたため、土地投機を招いたとされる。
2 ベトナム
旧宗主国フランス法よりも、植民地であった苦い経験に鑑みて、ドイツ法の影響が強いとされるソビエト連邦法・中華人民共和国法の影響を受けたとされる。
アジア通貨危機により、世界銀行・国際連合により、モデル法の継受をした。
その後、2002年の人民裁判所組織法、2005年の民法や商事法により、ベトナム法としての一応の完成をみたとされる。
3 インドネシア
旧宗主国オランダ法があったが、スハルト大統領の強い政治力により、大統領令をたびたび発したとされる。
アジア通貨危機により、世界銀行・国際連合により、モデル法の継受をした。
しかし、インドネシア独自の裁判所制度として、普通裁判所に加えて、イスラム教に基づく宗教裁判所(シャリア)が存在し、国民間の緊張をやわらげたとされる。
現在は、行政権から独立した司法権として、普通裁判所、宗教裁判所、行政裁判所、軍事裁判所の4つの裁判所がある。
なお、日本では、普通裁判所しか存在しないが、欧米においては、そうではない。
まず、軍隊を有する国においては、軍人を管轄する裁判所がある。これは行政権の一部といえそうである。
また、フランス法では、行政裁判所は行政権の一部であると明確に理解されている。また、フランス法では、商事、労働、農民などの特別裁判所がある。
アメリカ法においても、普通裁判所とは別に、行政裁判所が存在する。また、通商・関税・反ダンピング問題を扱う連邦取引委員会などの独立行政委員会がある。
イギリス法においは、近代においては、コモンロー裁判例とエクイティ裁判所が分かれていたが、現在は普通裁判所として一体化している。ただし、商事裁判所、海事裁判所のように独立した特別裁判所がある。
第3章 アジア通貨危機後のモデル法の形成過程
アジア通貨危機後のタイ、韓国、カンボジア、ベトナム、インドネシアへのモデル法の導入
、
世界銀行/IMFのモデル法
OECD
国際連合・国際商取引法委員会(UNCITRAL)
EBRD(注)
第4商 ベトナムにおける民事訴訟法
なお、著者は、誤解しているようだが、「要件事実論教育」は本来ドイツ法で発達した裁判理論・教育手法であり、日本独自のものではない。
第5章 ADR法
4、仲裁ーアジア諸国
商事仲裁
(注)
世界銀行
各国語表記[表示]World Bank(英語)
Banque mondiale(フランス語)
概要 専門機関
略称 WB
活動開始 1946年
本部 アメリカ合衆国ワシントンD.C.
公式サイト 世界銀行グループ
世界銀行(せかいぎんこう、英語: World Bank、略称:WB)は、各国の中央政府または同政府から債務保証を受けた機関に対し融資を行う国際機関。
当初は国際復興開発銀行を指したが、1960年に設立された国際開発協会とあわせて世界銀行と呼ぶ。
国際通貨基金と共に、第二次世界大戦後の金融秩序制度の中心を担う。本部はアメリカ合衆国ワシントンD.C.。加盟国は184ヶ国。
目次
1 沿革
2 世界銀行グループ
3 組織
4 総裁
5 関連項目
沿革
1944年7月、ブレトン・ウッズ会議において国際通貨基金とともに国際復興開発銀行の設立が決定され[1]、国際復興開発銀行は1946年6月から業務を開始した。
設立当初、国際通貨基金は国際収支の危機に際しての短期資金供給、世界銀行は第二次世界大戦後の先進国の復興と発展途上国の開発を目的として、主に社会インフラ建設など開発プロジェクトごとに長期資金の供給を行う機関とされ、両者は相互に補完しあうよう設立された。ソヴィエト連邦は決定には賛成したものの条約を批准せず、出資金を払い込まなかったために加盟できず、冷戦終結にいたるまで世界銀行の社会主義圏における活動は低調なものとなった。
このころの世界銀行の主要貸し出し国のひとつは日本であった。
1952年に世界銀行に加盟した後、1953年から日本の借り入れが始まり、合計8億6,000万ドルを借り入れ、その資金は東海道新幹線などのインフラの整備に充てられた[2]。やがて、1967年には経済成長によって投資適格国から卒業し、1971年には日本は5大出資国の1つとなって、1990年7月には世界銀行からの借金を全額返済することとなった[3]。
やがて、第二次世界大戦後の先進国復興が完了し復興資金需要がなくなるのに伴い、世界銀行は開発資金援助に特化した。
また、国際通貨基金も1970年代以降為替変動相場制を採用する国が増加したのに伴い加盟国の国際収支から国内金融秩序安定へその監視助言業務の比重を次第に移した。
この動きを積極的に進めたのが、1968年に第5代世界銀行総裁に就任したロバート・マクナマラである。
彼は1968年の総会で融資の額を69年からの5年間で以前の5年間の倍にすると表明し[4]、彼の元で世界銀行は急速に貸付を拡大し、大きな影響力を持つようになった。それまでの財源の中心であった各国の拠出金に変わり、マクナマラは世界銀行債を積極的に発行することで市場から資金を調達することに成功し、以後世界銀行の独立性は高くなった。[5]1980年代以降、開発途上国で債務問題がしばしば発生し、また旧社会主義諸国が次々と市場経済制度に移行するに至り、開発途上国の金融制度に関する分野ではその業務に一部重複も見られるようになった。
開発途上国の債務問題に関しては、世界銀行は1980年からIMFと共同で経済危機に陥った途上国に対し、経済支援の条件として構造調整政策の実施を行うよう求めた。
これは、肥大化した公的セクターの縮小や各種補助金や公務員の給与の削減によって支出の削減を行うとともに、経済を自由化させて自由競争の下で経済を成長させようというものだった。しかし、公的部門の縮小によって失業が増大し、教育や医療などの質的低下によって社会不安が増大するなどといった悪影響が大きく、特にアフリカにおいては多くの国で構造調整後も経済の沈滞は悪化する一方で、政策は必ずしも成果を挙げていない[6]。
世界銀行の規模が大きくなるにつれ、それを補完する機関が必要となっていき、その結果、1956年には世界銀行では融資できない民間企業に融資を行う国際金融公社が設立され、ついで1960年には世界銀行からの借り入れもできない貧しい発展途上国向け融資を目的とした国際開発協会ができ、さらに発展途上国と外国投資家との紛争を仲裁する国際投資紛争解決センターが1966年に、最後に途上国への投資に対し保証を与え、さらにサービスや助言をも与える多国間投資保証機関が1988年に設立されて、現在の世界銀行グループが形成された。
世界銀行グループ国際機関は5つあり、それを総称して世界銀行グループと呼ばれている。
世界銀行グループを形成する機関は、以下の5つである。
国際復興開発銀行(英語: International Bank for Reconstruction and Development、IBRD)
国際開発協会(英語: International Development Association、IDA) - 貧しい国に開発資金を供給する。第二世界銀行とも呼ばれる。
国際金融公社(英語: International Finance Corporation、IFC)
多国間投資保証機関(英語: Multilateral Investment Guarantee Agency、MIGA)
国際投資紛争解決センター(英語: International Center for Settlement of Investment Disputes、ICSID)
組織
世界銀行の意思決定機関は、総務会である。
総務会はすべての加盟国から総務1人と代理1人が参加する。
総務と代理には、各国の蔵相や中央銀行総裁が選ばれることが多い。
各国は出資比率にもとづき、保有する世界銀行株1株につき1票の投票権を持つ。
2010年、もっとも票数が多いのはアメリカ合衆国で、総票数の15.85%を持つ。
次いで票数が多いのは日本で6.84%を占め、以下、中国4.42%、ドイツ4.00%、イギリス3.75%、フランス3.75%、インド2.91%、ロシア2.77%、サウジアラビア2.77%、イタリア2.64%の順となっている。総務会は、国際復興開発銀行と国際開発協会、それに国際金融公社をまとめたものがひとつと、多国間投資保証機関のみを統括するものがひとつある。なお、各機構への出資額が違うため、同じ総務会でも機構ごとに各国の所持する票数は異なる。
総務会はIMFとともに年に一度総会を行い、ここで各種決定を行う。総会は3回のうち2回はIMFおよび世界銀行の所在地であるワシントンDCで行われ、1回、3年に1度はそれ以外の加盟国で行われるのが慣例となっている。2012年度の総会は開催されるはずであったエジプトでアラブの春による政情不安が起き開催を返上したため、東日本大震災からの復興をアピールするために日本が立候補し、2011年6月6日に日本開催が決定された。
こうして、2012年の10月12日から10月14日にかけて東京で総会が行われることとなった[7]。
総務会は、権限のかなりを理事会に委任している。理事会は、最大出資国5カ国(2010年までは、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、フランス)から1人ずつと、そのほかの国から選ばれた19人のあわせて24人で構成される。この19人は加盟国を主に地域別にまとめた選挙区から選出される。
中国やロシア、サウジアラビアといった拠出額の大きな国は単独の選挙区を持っているが、英語圏アフリカとフランス語圏アフリカはそれぞれひとつの選挙区となっているなど、出資額の少ない多くの国は大きな選挙区に属している。
世界銀行には各国が出資金を払い込んでいるが、実際には世界銀行は開発資金のほとんどすべてを金融市場にて世界銀行債を発行することで調達している。
総裁総裁は、理事会によって選出される。
総裁は世界銀行グループ5社のすべての総裁を兼任し、グループの実務をつかさどる。
世界銀行の「President(総裁)」には米国出身者、国際通貨基金の専務理事には欧州出身者が選出されるのが暗黙の了解になっている[8]。
世界銀行の副総裁には日本人の服部正也(日本人初)、西水美恵子が選ばれたことがある。
代 総裁 任期
7 バーバー・コナブル 1986年 - 1991年
8 ルイス・トンプソン・プレストン 1991年 - 1995年
9 ジェームズ・ウォルフェンソン 1995年 - 2005年
10 ポール・ウォルフォウィッツ 2005年 - 2007年
11 ロバート・ゼーリック 2007年 - 2012年
12 ジム・ヨン・キム 2012年 - (現職)
アジア開発銀行
脚注1.^ 「世界地理大百科事典1 国際連合」p416 2000年2月1日初版第1刷 朝倉書店
2.^ 「日本が世界銀行からの貸し出しを受けた 31プロジェクト」
3.^ 日本国外務省 ODAとは? ODAちょっといい話 第二話 戦後の灰燼からの脱却
4.^ 日本国外務省 わが外交の近況 昭和44年度(第14号) 第3節 経済協力のための国際協調
5.^ 「緑の帝国 世界銀行とグリーン・ネオリベラリズム」p57-61 マイケル・ゴールドマン著 山口富子監訳 京都大学学術出版会 2008年2月15日初版第1刷発行
6.^ 「図説アフリカ経済」(平野克己著、日本評論社、2002年)p22-23
7.^ 日本国外務省 第67回(2012年)国際通貨基金・世界銀行年次総会の主催国公式ホームページを開設しました
8.^ 「世界銀行ガイド」p10 世界銀行刊 田村勝省訳 シュプリンガー・フェアクラーク東京株式会社 2005年9月9日発行
主要事務所 -本部ビル(在ニューヨーク) ・-ジュネーブ事務局 ・-ナイロビ事務局 ・-ウィーン事務局
総会の
補助機関 -国連貿易開発会議(UNCTAD) ・-国連開発計画(UNDP) ・-国連環境計画(UNEP) ・-国連人口基金(UNFPA) ・-難民高等弁務官事務所(UNHCR) ・-国連人間居住計画(UN-HABITAT) ・-国連児童基金(ユニセフ) ・-パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA) ・-世界食糧計画(WFP) ・-人権理事会(UNHRC) ・-人権高等弁務官事務所(OHCHR) ・-エイズ合同計画(UNAIDS) ・-国連大学(UNU) ・-平和大学(UPEACE)
専門機関 -食糧農業機関(FAO) ・-国際民間航空機関(ICAO) ・-国際農業開発基金(IFAD) ・-国際労働機関(ILO) ・-国際通貨基金(IMF) ・-国際海事機関(IMO) ・-国際電気通信連合(ITU) ・-工業開発機関(UNIDO) ・-教育科学文化機関(ユネスコ) ・-世界観光機関(UNWTO) ・-万国郵便連合(UPU) ・-世界銀行グループ ・-世界保健機関(WHO) ・-世界知的所有権機関(WIPO) ・-世界気象機関(WMO)
国連決議 -総会決議 ・-安保理決議
国際通貨基金 IMF
各国語表記[表示]International Monetary Fund(英語)
Fonds monetaire international(フランス語)
概要 専門機関
略称 IMF
代表 クリスティーヌ・ラガルド専務理事
状況 活動中
活動開始 1946年3月
本部 アメリカ合衆国・ワシントンD.C.
国際通貨基金(こくさいつうかききん、英語: International Monetary Fund、IMF)は、通貨と為替相場の安定化を目的とした国際連合の専門機関。本部はアメリカ合衆国のワシントンD.C.。2014年現在の加盟国は188ヶ国。
目次
1 沿革
2 業務
3 主要会議
3.1 総会
3.2 国際通貨金融委員会
4 構成
4.1 総務会
4.2 理事会
5 幹部
5.1 理事
5.2 専務理事
6 クォータ改革
6.1 出資比率
7 日本との関係
8 問題点
8.1 日本の財務省との関係
9 不祥事
10 脚注
11 関連項目
沿革為替相場の安定を図ることなどを目的に1944年7月にアメリカ合衆国ニューハンプシャー州のブレトンウッズで開かれた国際連合の「金融・財政会議」のブレトン・ウッズ協定によって、戦後復興策の一環として国際復興開発銀行と共に1946年3月に29ヶ国で創設された。
1947年3月にIMF協定が発効し実際の業務を開始し、国際連合と協定を結び国連の専門機関となった。
世界銀行と共に、国際金融秩序の根幹を成す。
業務加盟国の経常収支が著しく悪化した場合などに融資などを実施することで、国際貿易の促進、加盟国の高水準の雇用と国民所得の増大、為替の安定、などに寄与する事を目的としている。 また、為替相場の安定のために、経常収支が悪化した国への融資や、為替相場と各国の為替政策の監視などを行っている。各国の中央銀行の取りまとめ役のような役割を負う。
毎年秋に年次総会と呼ばれる世界銀行と合同の総務会を開催。また年2度の国際通貨金融委員会の開催も行っている。
主要会議総会総会(英語: World Bank IMF General Assembly)は、毎年秋に1回、世界銀行と合同で開催される。
国際通貨金融委員会国際通貨金融委員会(英語: International Monetary and Financial Committee、IMFC)は、年に2回開催される。
構成意思決定機関として以下の二つがある。
総務会「英語: Board of governors(一般的に総務会と訳される)」は、各国2人の代表者(財務大臣や中央銀行総裁など)で構成される最高意思決定機関で、年1回開催される。投票権は出資金の支払い比率に応じて与えられる。この出資金がIMFの財源であり、経済規模に応じて定められている。
理事会「英語: Executive board(一般的に理事会と訳される)」は、24名の理事によるIMFの通常業務に関する執行機関。
幹部理事現在24名で構成されている。
任命理事(英語: appointed director) - アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ドイツ、日本
選出理事(英語: elected director)
専務理事「英語: managing director(一般に専務理事と訳される)」は、理事会の議長と国際通貨基金の代表を務める。世界銀行の総裁に米国出身者が選出されているのと同様、国際通貨基金の専務理事には欧州出身者の就任が不文律となっているが、かつてカムドシュの後任として日本の榊原英資元財務官が、またストロスカーンの後任にメキシコ中央銀行のカルステンス総裁の起用が検討されたことがある。
代 専務理事 国 就任 退任
1 カミーユ・ガット(英語版) ベルギー 1946年5月6日 1951年5月5日
2 イヴァル・ルース(英語版) スウェーデン 1951年8月3日 1956年10月3日
3 ペール・ヤコブソン(英語版) スウェーデン 1956年11月21日 1963年5月5日
4 ピエール=ポール・シュバイツァー(英語版) フランス 1963年9月1日 1973年8月31日
5 ヨハネス・ヴィトフェーン(英語版) オランダ 1973年9月1日 1978年6月16日
6 ジャック・ド・ラロジエール(英語版) フランス 1978年6月17日 1987年1月15日
7 ミシェル・カムドシュ(英語版) フランス 1987年1月16日 2000年2月14日
8 ホルスト・ケーラー ドイツ 2000年5月1日 2004年3月4日
代行 アンネ・オズボーン・クリューガー(英語版) アメリカ合衆国 2004年3月4日 2004年6月7日
9 ロドリーゴ・ラト(英語版) スペイン 2004年6月7日 2007年10月31日
10 ドミニク・ストロス・カーン フランス 2007年11月1日 2011年5月18日
代行 ジョン・リプスキー(英語版) アメリカ合衆国 2011年5月18日 2011年7月5日
11 クリスティーヌ・ラガルド フランス 2011年7月5日 (現職)
クォータ改革2008年3月28日、クォータ(各国の投票権等の基礎となる出資額)の改革について、理事会において決議案が合意された。
クォータ改革の最大の目的は、世界経済における加盟国の相対的地位をクォータ・シェアにより反映させることであり、この改革によって新興国市場でのIMFの役割と責任は高められるとされている。
出資比率出資比率は2012年現在下記の通りだが、BRIC諸国の比率は高められ、今後中国が3位、インド、ロシア、ブラジルがそれぞれ8位、9位、10位になる予定。
IMFへの出資額が世界第2位の日本がIMFの管理下におかれることはほぼありえない。
仮に日本政府が債務不履行になり財政自主権が失われるとは、 財政運営が極度に困難となり財政の自由度が失われる状況であると財務省は定義する[1]。
また財務省は日本のような自国通貨建てで国債を発行していて、かつ通貨発行権を有する国が債務不履行になることを否定している[2]。
順位 国名 比率
1位 アメリカ 17.67%
2位 日本 06.56%
3位 ドイツ 06.11%
4位 イギリス 04.51%
4位 フランス 04.51%
6位 中国 04.00%
7位 イタリア 03.30%
8位 サウジアラビア 02.93%
9位 カナダ 02.67%
10位 ロシア 02.49%
日本との関係
1964年、8条国移行に関する外為法改正について、通商産業大臣が閣議を求めることに関する通商産業省の決裁文書。
1952年(昭和27年) - 日本がIMFに加盟し、理事国になる。
1964年(昭和39年) - 国際収支の赤字を理由に為替制限ができる14条国から、それができない8条国へ移行。
1970年(昭和45年) - 任命理事になる。
2006年(平成18年) - 小寺清が日本人として初の合同開発委員会の事務局長となる。
問題点
かつては融資を行う際に、内政不干渉の原則を守り、特に条件をつけることはなかった。しかしながら、成果があがらない国も多く、踏み倒しも横行した。
このため、1979年以降は融資の効果を阻害するような政治状態の国には、政策改善を条件にした融資を行うようになった。
この際に、対象国に課せられる要求のことを「構造調整プログラム(Structural Adjustment Program)」と呼ぶ。
このIMFの構造調整プログラムにより、アフリカや南米、アジアなどの発展途上国では、様々な経済問題(失業など)が発生し、社会が混乱に陥ったという見解が多い。
「ジョセフ・E・スティグリッツ#IMF批判」も参照
日本の財務省との関係日本はIMFへの第2位の出資国である[3]。副専務理事は4人いるがこのうち1人は日本人で、財務省財務官を退職した後の指定ポストとなっている[3] 。日本はこのほかに理事ポストを確保し、財務省からの出向者が務めている[3]。理事室には理事のほかにも財務省からの日本人スタッフが多くいる[3]。日本の新聞のIMFに関する記事は、ワシントン駐在の日本人記者が理事室を取材して書いていることが多い[4]。元内閣参事官で嘉悦大教授の高橋洋一によれば、日本の財務省からの出向者がIMFの資料を要約し説明するため、IMFには財務省の意向が入りやすいとのことである[4]。
2010年7月14日、IMFが日本に対し「消費税15%」を提言するレポートを発表した[5]。
「消費税率を15%に引き上げれば、国内総生産(GDP)比で4-5%の歳入増が生じる」
「当初は、成長率を0.3-0.5%押し下げるが、老後のための貯蓄が消費に回り、日本経済への信用度が増すことで海外からの投資が増えるなどの結果、毎年0.5%ずつ成長率を押し上げる」としている[6]。
しかし、この提言について経済学者の相澤幸悦は「IMFには各国の財政政策を指導する権限があるが、それは財政危機に陥った国などに対して資金支援を行なった場合に限ってのことであり、アメリカに次いで2番目の出資国である日本に対してこんな指導を出すのはあまりにも不自然である。」と指摘している[6]。また産経新聞ワシントン駐在編集特別委員の古森義久は「この提言も財務省の意向を十分に反映しているものであることは間違いない」と指摘している[6]。
経済学者の浜田宏一は2010年8月時点に「政府の信用状態を正確に把握するには、粗債務ではなく純債務を見るのが常識である。純債務であれば日本政府の負債はGDP比60%以下にもかかわらず、同レポートでは粗債務の数字(日本政府の負債はGDP比約180%)を用いている。またレポートは日本円へのソブリンリスクを懸念しているが、日本は世界最大の債権国であり、円に対する市場の信任は高く、リスクが高いとは到底いえない。さらにこれまで金融緩和などの対策を講じていないことに言及せず、デフレの危険が伴う消費税増税を求めるのにも無理がある」と指摘している[6]。
IMFは、2014年5月30日にも、2015年10月に消費税率の10%引き上げを行うとともに、最低でも15%に引き上げることを重ねて求める声明を出した[7]。一方で、安倍政権が進めている法人税率の引き下げについて「財政リスクの高まりを防ぐための財源確保が必要だ」とした上で「法人税の税率引き下げは段階的に実施することで、財政リスクの上昇は抑えられる」との声明を出している[8]。
脚注1.^ 衆議院議員城内実君提出財政破綻リスクに関する質問に対する答弁書 2011年2月10日
2.^ 外国格付け会社宛意見書要旨
3.^ a b c d 高橋洋一の自民党ウォッチ IMF「日本の消費税15%が必要」報告 実はこれ財務省の息がかかった数字なのだ(1/2)J-CASTニュース 2013年8月8日
4.^ a b 連載:「日本」の解き方 IMFの記事で増税が強調されるワケ(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)ZAKZAK 2012年4月24日(2012年4月26日時点のアーカイブ)
5.^ 日本の消費税15%をIMF提言 来年度から段階的に asahi.com(朝日新聞社)2010年7月16日9時13分
6.^ a b c d 「大新聞は国民の敵だ② これこそ『世論誘導』ではないのか IMF 国際通貨基金 『消費税15%提言』報道に財務省のヤラセ疑惑」 週刊ポスト、2010年8月6日号41頁-42頁。
7.^ IMF、消費税「最低15%必要」 軽減税率はコスト増大と指摘日本経済新聞 2014年5月30日
8.^ IMF、法人税下げ「財政リスクの高まり防ぐため財源確保を」日本経済新聞 2014年5月30日
関連項目 ウィキメディア・コモンズには、国際通貨基金に関連するメディアがあります。
特別引出権(SDR)
アジア通貨危機
グローバリゼーション
ジャマイカ 楽園の真実 - 2001年のドキュメンタリー映画。IMF、グローバリゼーションに翻弄されるジャマイカを描く。
主要機関 -総会 ・-安全保障理事会 ・-経済社会理事会 ・-信託統治理事会 ・-事務局(事務総長) ・-国際司法裁判所(ICJ)
主要事務所 -本部ビル(在ニューヨーク) ・-ジュネーブ事務局 ・-ナイロビ事務局 ・-ウィーン事務局
総会の
補助機関 -国連貿易開発会議(UNCTAD) ・-国連開発計画(UNDP) ・-国連環境計画(UNEP) ・-国連人口基金(UNFPA) ・-難民高等弁務官事務所(UNHCR) ・-国連人間居住計画(UN-HABITAT) ・-国連児童基金(ユニセフ) ・-パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA) ・-世界食糧計画(WFP) ・-人権理事会(UNHRC) ・-人権高等弁務官事務所(OHCHR) ・-エイズ合同計画(UNAIDS) ・-国連大学(UNU) ・-平和大学(UPEACE)
専門機関 -食糧農業機関(FAO) ・-国際民間航空機関(ICAO) ・-国際農業開発基金(IFAD) ・-国際労働機関(ILO) ・-国際通貨基金(IMF) ・-国際海事機関(IMO) ・-国際電気通信連合(ITU) ・-工業開発機関(UNIDO) ・-教育科学文化機関(ユネスコ) ・-世界観光機関(UNWTO) ・-万国郵便連合(UPU) ・-世界銀行グループ ・-世界保健機関(WHO) ・-世界知的所有権機関(WIPO) ・-世界気象機関(WMO)
国連決議 -総会決議 ・-安保理決議
その他 -国連憲章 ・-加盟国 ・-総会オブザーバー ・-国連軍 ・-国連大使 ・-薬物犯罪事務所(UNODC)
関連項目 -模擬国連 ・-国連中心主義 ・-ミレニアム開発目標
国際連合 国際商取引法委員会
各国語表記[表示]United Nations Commission on International Trade Law(英語)
Commission des Nations Unies pour le droit commercial international(フランス語)
概要 補助機関
略称 UNCITRAL
状況 活動中
決議 国際連合総会決議 A/RES/2205 (XXI)
活動開始 1966年12月17日(設立)
活動地域 ウィーン、ニューヨーク
母体組織 国際連合総会
国際連合国際商取引法委員会(こくさいれんごうこくさいしょうとりひきほういいんかい、英語: United Nations Commission on International Trade Law、略称UNCITRAL)は、国際商取引法の段階的なハーモナイゼーション(調和)と統一の促進のため、1966年、国際連合総会によって設立された、国際連合の組織(総会の補助機関)である。
国際商取引法の分野では国連システムの中心的な法律機関であり[1]、今まで、仲裁、調停、国際物品売買、電子商取引等について多くの条約、モデル法等を起草しており、国際的に活用されている。
目次
1 沿革
2 構成国
3 会期および組織
4 活動
沿革
1966年12月17日、国連総会で、「国際商取引法の段階的なハーモナイゼーションと統一の促進」を目的として国際商取引法委員会を設立することが決議された (A/RES/2205 (XXI))[2]。
構成国
国連総会決議2205 (XXI) により、委員会は総会で選挙された29の国連加盟国で構成されることとされていたが[2]、現在は60加盟国で構成されている。
任期は6年で、3年ごとに半数が改選される[3]。
構成国以外の国連加盟国及び関係する国際機関は、オブザーバーとして会期に招かれる。
オブザーバーは会期及びワーキンググループにおける議論に構成国と同様に参加することができる[4]。
会期および組織委員会は、年1回、ニューヨークの国際連合本部(偶数年)とウィーンの国際センター(奇数年)で交互に会期を開く[4]。
委員会には、準備的作業を行うため次の六つのワーキンググループが設けられており、各ワーキンググループとも、委員会の全構成国から成る。
各ワーキンググループは、年に1回又は2回会期を開くのが通常であり、これもニューヨークとウィーンで交互に開催される[4]。
ワーキンググループI 調達
ワーキンググループII 仲裁及び調停
ワーキンググループIII オンライン紛争解決手続(英語版)
ワーキンググループIV 電子商取引
ワーキンググループV 倒産法
ワーキンググループVI 担保権
国連法務部の国際商取引法課が、委員会の事務局を務めている[5]。
活動委員会が作成した条約、モデル法等の文書には、次のようなものがある。
国際商事仲裁・調停
外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約、1958年)
UNCITRAL仲裁規則(1976年)
UNCITRAL商事調停規則(1980年)
UNCITRAL仲裁規則に基づく仲裁に関し仲裁機関及びその他の関連機関を支援するための勧告(1982年)
国際商事仲裁に関するUNCITRALモデル法(英語版)(1985年)
仲裁手続の組織に関するUNCITRAL覚書(1996年)
国際商事調停に関するUNCITRALモデル法(2002年)
改定UNCITRAL国際商事仲裁モデル法(2006年)
1958年外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約の第II条第2項及び第VII条第1項の解釈に関する勧告(2006年)
UNCITRAL仲裁規則(2010年)
国際物品売買及び関連する取引
動産の国際的売買における制限期間に関する条約(1974年)
国際物品売買契約に関する国際連合条約(1980年)
不履行に当たり支払うべき約定額についての契約条項に関する統一規則(1983年)
国際見返り貿易業務に関するUNCITRAL法律ガイド(1992年)
担保権
国際取引における受取勘定の譲渡に関する国連条約(2001年)
担保取引に関するUNCITRAL立法ガイド(2007年)
担保取引に関するUNCITRAL立法ガイド:知的財産権における担保権に関する追補(2010年)
倒産(支払不能)
国境を越えた支払不能に関するUNCITRALモデル法(1997年)
倒産法に関するUNCITRAL立法ガイド(2004年)
国境を越えた支払不能についての協力に関するUNCITRAL実務ガイド(2009年)
国際決済
国際為替手形及び国際約束手形に関する国連条約(1988年)
国際振込に関するUNCITRALモデル法(1992年)
独立保証及びスタンドバイ信用状に関する国連条約(1995年)
国際物品運送
国連海上物品運送条約(ハンブルク規則(英語版)、1978年)
国際的な運送及び責任に関する諸条約における責任制限の調整のための通貨単位条項等の条項案(1982年)
国際商取引における運送ターミナル・オペレーターの法的責任に関する国連条約(1991年)
全部又は一部を海上による国際物品運送のための契約に関する国連条約(ロッテルダム規則(英語版)、2008年)
電子商取引
コンピュータの記録の法的価値に関する勧告(1985年)
電子商取引に関するUNCITRALモデル法(1996年)
電子署名に関するUNCITRALモデル法(2001年)
国際契約における電子通信の使用に関する国連条約(2005年)
刊行物「電子商取引への信頼の促進:電子認証及び署名方法の国際的使用に関する法的問題」(2007年)
調達及びインフラ整備
国際的工業施設建設供給契約に関するUNCITRAL法律ガイド(1987年)
物品及び工事の調達に関するUNCITRALモデル法(1993年)
物品、工事及びサービスの調達に関するUNCITRALモデル法(1994年)
民間融資インフラ整備プロジェクトに関するUNCITRAL立法ガイド(2000年)
民間融資のインフラ整備プロジェクトに関するUNCITRALモデル立法規定(2003年)
参考文献 国際連合広報局 『国際連合の基礎知識』 関西学院大学出版会、2009年。
(注)
欧州復興開発銀行(おうしゅうふっこうかいはつぎんこう、英: European Bank for Reconstruction and Development, EBRD)は、1989年の東欧革命で体制が交代した中東欧諸国や独立国家共同体 (CIS) 諸国の自由市場経済への移行にあたり、個人や企業を財政的に支援することを使命とする国際開発金融機関。1991年4月1日にロンドンで発足した。
目的
欧州復興開発銀行の目的は、旧共産圏である中東欧諸国の経済体制転換を促進することである。
また民間の経済活動による自由市場経済の発展を支援することも同時に目的となっている。
運営
欧州復興開発銀行は競争、民営化、雇用に加えて構造的で部門特有の改革を促進している。
また欧州復興開発銀行単独の融資によって国内資本の近代化のほかに、協調融資の組成や外国からの直接投資を支援している。
このような投資は主に民間事業体に対して行われ、通常はその相手先と併せて実施される。
欧州復興開発銀行は関連分野において技術協力以上の貢献を行い、また国際金融機関や国内外の団体と協力することもある。
とくに援助が必要であるのは銀行、産業界、事業者であり、これらの新設や既存の企業に対する投資を進めている。
また国有資本と協力することで国営企業の民営化や再編、地方行政サービスの改善が図られる。
活動にあたって欧州復興開発銀行は負託を受けることが求められ、これによって民主主義の原則が守られている。
また環境保護の面でも重要な役割を果たしている。
最も重要な資金調達への対応措置には欧州復興開発銀行自身による直接融資や出資、保証業務のほかに、欧州復興開発銀行が参加する情報仲介の場を通しての融資がある。
機構
欧州復興開発銀行の出資者は61の国と2つの国際機関(欧州委員会および欧州投資銀行)であり、そのため欧州復興開発銀行は公的機関に分類される。
主要な機関は総務会(出資者の代表で構成)と理事会(総務会で任命される23人、任期3年)である。
欧州復興開発銀行の総裁は総務会での4年ごとの選挙で選出されている
(参考文献の一欄)
ただし、信じ難い誤植を発見した。
民事訴訟法の権威の故・三ケ月章・元東大教授・元法務大臣の名前を「三日月」と表記してあった点である。