私が読んだ刑法の本
裁判所職員総合研修所『刑法総論講義案』司法協会
通称「講義案」。
著者は元・大阪高裁判事の杉田宗久氏(2013年に他界)。
本書は、裁判官によって裁判所書記官の研修用テキストとして書かれた。
学説の対立など理論的に高度な部分には深く立ち入らず、判例と伝統的通説に基づいて淡々と実務ベースでまとめられている。
團藤重光『刑法綱要総論』『同・各論』創文社(1990)
著者は、元・最高裁判事。
定型、形式を重視するシンプルですっきりした体系。法律論としての美しさには定評があった。
因果関係、不作為犯、実行行為性、共犯論など多くの分野において、近時さまざまに実質論を展開する判例・多数説との距離が開いており、團藤説は発展的に解消されつつある。
大塚仁『刑法概説・総論』『同・各論』有斐閣(2008)
著者は、團藤門下で、元・名古屋大学教授。
刑法実務で通説といえば、おおむね大塚説以降を指す。
團藤説の多くを継承しているが、論点によって、團藤説と異なる。
各論は、裁判例を丹念に拾っている。
福田平『刑法総論』『刑法各論』有斐閣(2002)
著者は團藤門下にして、戦後昭和期の代表的な目的的行為論者であった。
厳格責任説、共謀共同正犯否定説など。論理の一貫性においては師である團藤を上回るとも。
曖昧さや倫理性を排し、基礎理論に根ざした福田説は現在でも説得力を持つ。
團藤・大塚らの伝統的学説を立体的に理解するにも有用である。
なお、各論は非常に簡潔な構成となっている。
川端博『刑法総論講義』『刑法各論講義』成文堂
二元的厳格責任説(正当化事情の錯誤において違法性阻却の余地を認める立場)。
『刑法総論講義』は最新の論点にもあまり触れられていないが、基礎的な理論や論点については詳細かつ丁寧な説明がなされている。
同じ著者による論点本『集中講義刑法総論・各論』成文堂(1997)や『刑法総論(新・論点講義シリーズ)』弘文堂(2008)もある。
藤木英雄『刑法講義・総論』『同・各論』弘文堂(1975)
團藤門下の夭折した元・東京大学助教授。
可罰的違法性論、新々過失論、誤想防衛の違法性阻却、実質的正犯概念など、現在の学説にも示唆を与える啓発的内容が特徴。
平野龍一『刑法総論I・II』有斐閣(1975)
法益侵害説中興の祖。
著者は、元・東京大学総長。
日本の結果無価値論刑法学(東京大学学派)のバイブル的存在。
平野体系はいわゆる結果無価値論の中でもスマートで理解しやすい。
平野刑法学のエッセンスが抽出されたものとも言うべきなので、深く理解したい時は平野執筆の論文に当たった方がいい。
『刑法概説』東京大学出版会(1977)も簡にして要を得ており、刑法総論以外に、刑法各論の部分も簡潔に掲載されている。
かなり高度な議論を前提とした記述になっているので、ある程度勉強してから読み返すと有意義。
中山研一『口述 刑法総論』『同・各論』成文堂(2007)
関西方面の学者の結果無価値論。
講義録をもとに記述されているので、読みやすく、名著。
曽根威彦『刑法総論』『刑法各論』弘文堂(2008)
独自説をあっさりとした記述で流すことがあるので注意。
演習書として『刑法の重要問題 総論、各論』成文堂(2005)
大谷實『刑法講義総論』『同・各論』成文堂
改訂頻繁。本が改訂されると、改説も頻繁になされるが、そのたびにその理論的一貫性への疑問の声が大きくなっている。
大谷説の最大の特徴としては、「社会的相当性」という理由づけを用いて多くの論点を処理しているが、それに対しては曖昧で道徳的であり、論理的な理由づけに欠けるとの批判も多い。
〔コンメンタール〕
浅田和茂・井田良編『新・基本法コンメンタール 刑法』日本評論社(2012)
〔判例集〕
山口=佐伯『刑法判例百選I・II』有斐閣(2014)
解説付き判例集で定番。
ただし、解説は玉石混交。
〔演習書〕
川端博『事例式演習教室 刑法』(2009)
短文の問題集。事例は短い。論点整理には有益。
大塚仁・佐藤文哉編『新実例刑法(総論)』青林書院(2001)
刑法の論点本。
実務家(ほとんどは当時の現職の刑事裁判官)が執筆している。
イメージ的には、論点ごとの重要判例の調査官解説をほどよく要約したようなもの。
したがって、必ずしも斬新な議論が紹介されている訳ではないが、團藤・大塚らの伝統的行為無価値論とは親和性が高い。