旅が終わり、後の楽しみは撮ってきた写真を現像して整理して眺めることでしょうか。





夫の楽しみは、スキューバダイビングで撮ってきたビデオを編集し、テープにまとめることでした。





20年か、25年前..、当時としては最新式のSonyの水中ビデオカメラを購入し、それを毎回ダイビングに持参するようになりました。


今では小型で軽量で性能もいいものがありますが、当時のは、大きくかさばって、ものすごく重たいものでした。


ただでさえ、ダイビングの器材は大きくて重いのに、それに上乗せでビデオカメラを持って行きました。





私たちのダイビングは大物狙いで、マンタや、まだらトビエイ、ギンガメアジや、バラクーダの大群、ウミガメを探して潜りました。


夫はサメが好きで、見ていてハラハラするほど、サメに接近してビデオで撮影していました。


ハンマーヘッドの大群に遭遇したときは興奮の極みでした。


スポーツダイバーは、潜れる限界が水深30メートルまでと決まっているのですが、45メートル辺りで追いかけ回して撮影していました。





家に帰ってから、土日を使って、楽しそうに編集していました。


できあがったテープにタイトルを入れ、BGMを入れていました。


そういうテープが何十本となくあります。


何回も、二人で見て、楽しんでいました。





夫が認知症になって少し経った頃、またテープを出してきて、二人で見ようとしました。


ところが、入っている筈のBGMが聞こえません。


前もこうなった時があって、その時は夫がデッキを何か操作したら、BGMがすぐ聞こえるようになりました。


認知症になってしまった夫には、もうその操作はできませんでした。


私は、その操作のやり方を聞いた筈なのですが、右から左に抜けてしまって、覚えていませんでした..。





BGMの入っていない映像は、なんか気の抜けたビールのようで、退屈でした。


それ以来、テープはしまいっぱなしになっていました。


そのうち、VHSのデッキが壊れてしまって、永久にそのテープを見ることができなくなってしまいました。





夫にもう一度、昔、自分が作った作品を見せてやりたい..





ずっとそう願っていました。


でも、機械音痴の私に、どうすればそれができるのか..。


何人かの人に相談もしてみました。


これを解決してくれる人はいませんでした。


BGMは入っていませんよ..と気の毒そうに言われました。




テープにBGMが入っていたことを知っているのは、夫と私だけでした。


夫はもう何も話すことができません。


私は妄想で入っていると言い張っているのかと、我ながら疑心暗鬼になるほどでした。


もどかしいけど、どうすることもできませんでした。


夫の病状は無慈悲に進み、もう今更見せてもわからないだろうと思うにつけ、いつしか私はあきらめてしまっていました。






それを、またしても長男さん
が救ってくださいました。


温泉でお目にかかり、おしゃべりしていたときに、ビデオの話になり、私は失われてしまったビデオの話をしました。


長男さんはビデオやその編集に造詣が深い方です。


自分がやってあげましょうと言って下さいました。




お忙しい時間を割いて、VHSのテープからDVDに作り直して下さいました。


もちろんBGMがちゃんと入っています。


早速夫と二人で、見ました。


懐かしい映像が、目の前に展開しました。




夫は、最初、なんだかよくわからない風で、ぼーっとして眺めていましたが、次第に集中してきたかのように、画面から目を離すことはありませんでした。


かなり長いものなのですが、最後まで見ていました。




回想療法というものがあるそうです。


このビデオは、夫の失くしてしまった記憶のどこかに訴えかけることができたのでしょうか。


もう遅いとは思わずに、これからも度々見せてあげようと思っています。




長男さんには、感謝しても感謝しきれないです。


DVDにして頂いたので、画質がこれ以上劣化することもありません。


一生ものの宝物です。


本当にありがとうございました。








若年性認知症の夫と二人暮らし-ギンガメアジの大群