でかける前からの心配事の一つが排便でした。

かなり前から便秘の症状がひどくなっていて、便秘によく効いたヨーグルトもあまり効果がなくなってきていました。
ただこのヨーグルトを飲ませていると、例え1週間便秘しても、便が固くならないので飲ませ続けています。
下剤は、習慣性になると聞いていましたし、下痢便は当人も気持ち悪いだろうしと思って、飲ませていませんでした。

2ヶ月ほど前のことです。
10日間便秘したときがあって、そのときに熱を出してしまいました。
因果関係があるかどうかはわかりませんでしたが、いずれにしろ便秘は体によくないと思い、自然排便がないときは、浣腸をすることにしました。

医師に処方してもらった浣腸を使用するので、デイの看護婦さんと、訪問看護に来てくれる看護婦さんにお願いして、それ以来、週2回の排便を確保してきました。

旅行に行くにあたって、浣腸は使えないし、ここにきて下剤使用もなぁと思い、対処法が決まらないうちの出発でした。

出発の2日前に排便がありました。
旅館に到着してから、3日経っても排便がありませんでした。
連日おいしいごちそうを完食していましたので、おなかの中には相当たまってしまっているだろうと思いました。

旅館のトイレは、廊下からドアを開けると、前室になっていて、小さな踏み込みがあり、一段下がってタイルの床になっていました。
そこでスリッパを履き替えるのですが、夫はスリッパを脱ぐことができません。
手を引いて誘導すれば、スリッパを履くことはできるので、いつも夫には廊下に出るときにスリッパを履かせず、このトイレのスリッパをすぐ履けるようにしていました。

タイルの床の先に、個室のドアがありました。
ドアを開けると、また一段床が上がっていて、木の床になっていました。
前室はまあまあ広いのですが、個室は、ものすごく狭く、洋式の便器が設置されていました。
どのくらい狭いかというと、普通に使用して立ち上がると、自分の体だけで、便器と正面の壁の間がいっぱいになるくらいです。

毎日、このトイレに夫を連れて行くのが苦痛でした。
思うように動いてくれないし、段差の上がり降りもなかなかできないし、それより、便座の前に一旦立たせて、それから座らせるということが果てしなく難しかったのです。
そして立ち上がらせる時の困難さ..。
手前に引いて立ち上がらせることはできないので、横から持ち上げようとするのですが、なかなかうまくいかない..。
旅館の日中のお掃除の時間帯は、係の人が沢山いました。
時々、立ち上がりを誰かが手伝ってくれました。すいぶんお世話になりました。

それだけ苦労をしても、排泄が全くなく空振り状態でした。

旅館に到着してから4日め、私は意を決して、摘便することにしました。
前に一度、他の人に夫の体を支えてもらいながら、試みたことがありました。
そのときは、どこまで指を挿入していいものやらわからず、うまくいきませんでした。

その日も、お散歩からの帰り、部屋に戻る前にトイレに座らせました。
相変わらず、排便はありませんでした。
私は夫に、摘便してみようと思うけど、どうする?いい?と聞きました。
夫は頷きました。
私は持参した使い捨て手袋などを部屋から持ってきました。

じゃ、立ってねと言うと、なんと夫は自分ですっと立ち上がりました。
摘便をしている間も、夫はおとなしく立っていてくれました。

私は驚き喜びました。
温泉に入り出してから、なんとなく夫の反応がよくなっていると感じていましたが、これほどまでに私の言葉を理解してくれるとは。

無事、排便がありました。
大量の排便の後、夫はすっきりしたのか、いい表情をしていました。
でも、終わった後、便座から立ち上がるのが、またできなくなっていました。
さっきのはなんだったんでしょう..。
まぁでも目的は達成したし、これでよかったと私は思い直しました。

滞在中、更に2回摘便をしました。
その時も同じように、すっと立ち上がってくれました。
排便が終わった後、立ち上がれないのも同じでした。

旅館に来てから9日めと10日めに、胃腸に疲れがでてきたのか、下痢便をしました。
この2回は、散歩中に臭いがして、トイレに連れて行ったみるとパンツの中にいっぱいにあふれて腰のあたりまで汚れていました。
ちょうどお掃除の人が、これからトイレを掃除するところでした。
私はちょっと待ってもらって、必死に処理しました。

なにしろ狭いし、身動きがとれないし、どこかに便をつけないで処理するのは絶望的に思えました。
ここに来てからずっと紙パンツを使っていたので助かりました。
紙パンツならば、横から破いて取り去ることができます。布パンツなら大惨事になっていたところでした。
奇跡的にどこも汚さず処理することができました。

その後、どうしても立ち上がらせることができませんでした。
お掃除の人が来て、手伝って立ち上がらせてくれました。
二重のビニールに包んであるとはいえ、汚物を快く受け取って処分してくれました。

介護関係の施設なら当たり前のことでしょうが、ここは普通の旅館です。
夫のような人が泊まったのは、おそらく初めてだったのではないでしょうか。
それゆえ、私は、不快な思いをさせるのではないかと、心配しました。
でも、そんな心配は杞憂だったようです。
ここの人たちは、まるで当たり前の事のように、暖かく手助けしてくれました。