どうも、にーはお。前作のフォントミスは昨日気づきました。ワードからコピペしたもんで気付かなかった。
最近もう忙しすぎて借金もないのに首も回らないくらいだったらいいのになぁ。
そんなわけで、今回は『温故知新!過去に学ぼう――土佐日記――』のコーナーです。
Q.土佐日記って何ぞや?
A.日本最古のブログです。全5章構成。
実は私は、いまだにブログをどう書けばいいのかわからないので、過去に学ぼうってスンポーです。5回目なのにねぇ……
そこで、ゲストに紀貫之先生をお呼びして、彼の赤裸々な日常を暴きつつブログをどのようにかけばいいのか知ろうって話なのです(ドヤッ)
それでは、みてみましょう。と言っても出だしだけですけど。
原文
男もすなる日記(にき)といふものを、女もしてみむとて、するなり。
それの年の十二月(しはす)の二十日あまり一日(ひとひ)の日の戌(いぬ)の時に、門出す。そのよし、いささかにものに書きつく。
ある人、県(あがた)の四年(よとせ)五年(いつとせ)果てて、例のことどもみなし終へて、解由(げゆ)など取りて、住む館(たち)より出でて、船に乗るべき所へ渡る。かれこれ、知る知らぬ、送りす。年ごろ、よくくらべつる人々なむ、別れ難く思ひて、日しきりにとかくしつつ、ののしるうちに、夜更けぬ。
二十二日に、和泉(いずみ)の国までと、平らかに願(ぐわん)立つ。藤原のときざね、船路なれど、馬のはなむけす。上中下(かみなかしも)、酔ひ飽きて、いとあやしく、潮海(しほうみ)のほとりにて、あざれ合へり。
翻訳
男の人も漢文で書くと聞いている日記っつーやつを、女の私も仮名文で書いてみようと思い、書く。
ある年の十二月二十一日の午後八時ごろに出ることになった。そのときのようすをちょっと書いとく。
ある人が、国守としての任期四、五年が過ぎ、交替のときのいつもの事務を終わらせ、離任証書などを受け取り、住んでいた館から出て、船に乗る場所に行く。そこら辺の人、そして知っとるやつも知らん奴も、見送りをする。この数年間、仲のいい奴らは、とくに分かれ辛くて、一日中、何やかんやパーリィしてたら夜が更けちまった。
二十二日に、せめて和泉の国までは無事に着きますようにと願をかけた。藤原のときざねが、船旅でありながら、馬のはなむけをして送別のパーリィをしてくれる。身分関係なくみな深酔いして、不思議にも、潮海だからあざる(魚が腐る)はずもないのに海辺であざれ(ふざけ)合っている。
引用元http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/tosa.htm
より
……素直に日常を描いているみたいだなぁ、あんまり今と変わりませんね。ちなみに、ところどころ引用元とは変えています。
この紀貫之というおっさんは…あ、この人はおっさんなんですよ。おっさんなのに、女のふりをして日記を書いているわけです。だからあんな文頭なんですね。男性よりも、女性のほうが表現の幅が広がるという理由だそうです。今じゃ考えられませんなぁ。
ちなみに、今回もコピペってます。失敗してたらごめんね☆(>ω・)
それでは、次回までごきげんよう。