Tさん 「有為さん。こんにちは。問答集No.1~12を一通り読みました。ところで質問なのですが、とても具体的な数字やはじめて聞いたような概念がでてきますが、(6等親まで近親相姦、女性同士のセックスは可)何か根拠があるのですか?良かったら教えてください。私の考え方は原始仏典にはじまる仏教観に忠実なものです。有為さんの立場は何が背景になっているのでしょうか?」


有為 「Tさん質問メッセージありがとうございます。では答えて行きましょう。長くなりそうですが敬意を持って・・・

>問答集No.1~12を一通り読みました。
ありがとうございます。感謝感激です!

>何か根拠があるのですか?
ありませ~ん!\(^◇^)/これらの内容は、私がこれまでに学んできた様々な知識の中から自分なりに検討し、考察し、身の回りの現実を観察した結果、正しいのではないかと自己の認識・理解として自分なりに取り入れたものであり、問答集でも何度も言っているように、現時点の私にとっての知識的・概念的なものですので、参考にするも、流すも皆さんの自由であり、責任であります。・・・重要なのは、人がどうか?と言う事ではなく、全ての観たもの聞いたもの等に対して自分がどう反応したかを観察する事によって自己というものを学んで行くことだと思います。根拠の無いものを公開するな!と、言われるかもしれませんネ。しかし、私がHPを創った意図の一つは、自分自身の認識・理解を再確認する為であり、公の場で自問自答をさせて頂いているということでも有るのです。それに、この様な心の問題・思想・教義・チャネル・未知の知識等の殆どは、根拠が無いのではないでしょうか?・・・貴方が忠実な仏教教義なり、他の宗教教義なりについても『何か根拠があるのですか?』と問うて見て下さい。・・・何かが学べると思います。」


有為 

>有為さんの立場は何が背景になっているのでしょうか?
「私には、特別これだ!と言うようなものはありません。今までに学んで来たもの全て(影響の大小は有りますが)のエッセンスです。しいて言えば、現時点での私の内に確立されている認識・理解ですが、忠実では有りません。常に『全ては無駄なし、全ては学び』でもって、古びた理解は感謝をもって流して行き、新たな認識・理解を求め、学び、進化して行こうという姿勢で歩んでいる今日この頃であります。何か、反論的な答えになってしまいましたが誤解しないで下さいネ!(ゴメンナサイ)これが私としての答えですが、答えになっていますか?あと、私も10年程前に仏教教義を少し学んでいた時期も有りました。そこで今度はTさんの認識・理解を学ばせて下さい。『唯識論』について!・・・私は、闘論的なものは好みませんので互いに学び合い、意識を高め合い、進化し合って、良き問答をして行きましょうネ!(たまには、他愛のない雑談も)」


Tさん 

>根拠はありません!\(^◇^)/
「了解です!\(^◇^)/
>参考にするも、流すも皆さんの自由であり、責任であります。
なるほど。責任は見る側にあるのですね。ちょっとキツイ質問になってしまうのですが、『真理』(真理問答集)という名前を付けている『責任』はどうなんでしょうか。(この言葉は慎重にならねばならないとおもうのですけど^^)

>私がHPを創った意図の一つは、自分自身の認識・理解を再確認する為であり、公の場で自問自答をさせて頂いているということでも有るのです。
了解です!\(^◇^)/

>貴方が忠実な仏教教義なり、他の宗教教義なりについても『何か根拠があるのですか?』と問うて見て下さい。・・・何かが学べると思います。
私はとても慎重に『真理』を探求しています。『盲信』は決していけないと考えているのです。私も『闘論』する気はありませんので、詳しくは私のHPを見ていただければと思います。端的に言えば、精神世界を科学と同様に捉えようとしているのです。

>互いに学び合い、意識を高め合い、進化し合って、良き問答をして行きましょうネ!(たまには、たわいのない雑談も)
こちらこそ、よろしくお願い致します。(^^)」


有為 「またまた、私の表面的なものへの質問ですね。取り敢えず答えておきます。

>責任は見る側にあるのですね。
>「真理」という名前を付けている「責任」はどうなんでしょうか。(この言葉は慎重にならねばならないとおもうのですけど。

これらに対しての私なりの答えは、前の答えの中でのこの文です・・・『重要なのは、人がどうか?と言う事ではなく、全ての観たもの聞いたもの等に対して自分がどう反応したかを観察する事によって自己というものを学んで行くことだと思います。』・・・誰に対しての『責任』なのでしょう?・・・勿論、私は私のものに対しての私自身の反応には責任を持っておりますが・・・。例えば、無数に有る重要な言葉の中の一つの言葉を使用したことに対しての反応は100人100様だと思います(真理という言葉に対しての捉え方も)。・・・そんな安易に使うなと反応する人も有れば、ふ~んという反応の人も有り、このHPは作者なりの真理についての問答をしている所なのかという反応の人も有りと、それぞれが様々に反応すると思うのですが、その一つ一つの反応に対して私が責任を取らなければならないのでしょうか?各自の反応は、各自の責任において観察し、学んで行くものだと私は理解しておりますが、どうでしょう(外ではなく内に重点を)。・・・あくまでも私は!ですよ。後は、お互い多角的に熟考し理解し合って行きましょうネ!」


有為 「しかし、今回のTさんのコメントにより私の内のエゴの多くが反応しましたヨ。それを楽しく観察し、又少し自己を学ぶことが出来たように思います。感謝感謝!しかし、本当に自分の想念を観察していると面白いですね~。(滑稽な自分が又いとおしくもあります)Tさん、共に意識進化の道を真剣に、そして楽しみながら歩んで行きましょうネ!」



上の記事は、私の旧HPの掲示板へ書き込みをして下さったTさん(男性)のメッセージ(1999年11月分)です。ありがとうございました!!