子どもはもっとも偉大なる詩人である | あんときの、学級通信 完結編

あんときの、学級通信 完結編

このクラスでの担任生活も3年目になりました。
更新が滞って1年ですが、たまには更新していきます。
家族ネタも日々の出来事として更新していきます。

わたし

おふろだいは ようちえんが30えんで
1ねんせいが 70えんです
おかあさんは あきえはちいさいのに  
70えんもいるといって おこります
わたしはちいさいけど 
1ねんせいです  
だから70えんもはらって
おふろにいきます
ようちえんではありません


ある詩集からの抜粋です。きょうはいろいろあり、気分転換に昔自分の書いた10年以上前の学級通信でも整理しようとパソコンをのぞいていて、久しぶりにこの詩を読み返してみました。戦後の貧しい時代の詩。
いまもハッとさせられます。


幼稚園から小学生にあがった子どもなのでしょう。銭湯代温泉は幼稚園なら30円、小学生なら70円。いまの五分の一。時代を感じさせます。確かに  

   「この子は幼稚園児」

といってもわからないし、ばれないでしょう。そうした方が苦しい家計が助かるかもしれない。お母さんも助かる。だから冗談のつもりだろうけど、お母さんは愚痴ってしまったのでしょう叫び

お母さんが苦しい生活をやりくりしているのもこの子はなんとなくわかっているのかもしれない。

でも、
「背は小さいけど自分は小学生だよ女の子
もう小学生になったんだよ!!
喜びと自負心とをもつこの子には、お母さんの一言が心外で、不正が子ども心に許せなかったのでしょう。


親が思っている以上に子どもは成長しているし、豊かな感受性を持っているチョキ

「子どもこそが偉大なる詩人」と小宮山量平さんはおっしゃいましたが、改めてそれを感じる詩でした。

私自身、まだまだ小さいと思って(実際3才ですが…)あれこれ世話をやいていますが、子どもにはそれなりの世界があってそれなりに考えているんだと思うと、胸がきゅっとします。