今でも精神世界の話は好きなので、
というか、このことは統一教会とは関係なく、私の趣味に近いものなので、
時間があるときは、
書籍や講和を通して、
瞑想をしたり、チャネリングをしたり、
精神世界の情報と接する機会を、知らず知らず、自分が作り出しています。
ただやはり、「宗教」となると、
どうしても、その型に嵌ってしまい、
神様ではなくて、
型や思想を信仰することが多くなってしまうようなので、
どんな教理なのかな?と思いますが、
団体への加入は控えたいところです。
ヘミシンクという、音響技術者が開発した、左右のスピーカーから異なる音調により、
一種の変性状態に導く、オーディオガイダンス技術、
~平易に書けば、リラックス状態、深い瞑想状態に導かれやすくするBGMのような、
とはいえ、音楽というよりは、振動音に近い音~の入っているCDシリーズを
過去に購入したことがありました。
今現在は、チャネリングと同時にヘミシンクも封印していたのですが、
つい先日、家族から、
「高い値段で、ヘミシンクCDを買ったのに(`ε´)」と、クレームらしきものが来たので、
また聞き始めています。
ヘミシンク体験は、また折を見て、記事にしたいと考えていますが、
以前のような、何か体験をしたい、という欲望はほぼ消えているので、
今は、時折、脳裏によぎる映像を楽しむレベルです。
それから、ヘミシンクを聴いていた当時、
「幽体離脱」の本も買い、ちょっと練習もしてみました。
でも怖くなってやめました。
簡単に体験できなくてよかったです。
私は、割合しつこい面があり、何度もtryする方なので、
もし数回で成功していたら、
今はもしかしたら、精神を病んでいたかもしれません。
(離脱者=精神を病む、という意味ではありません。
自分が、そうであったら、そうなっていただろう、と
私に限定して書いています)
幽体離脱の練習までしたときには、
「もし離脱して、現世に戻ってこられなくなったらどうしよう?」とか、
「急がなくても、後で必ず離脱(死亡)するのに、
こんな訓練すること自体が、人間として倫理的に過っている」とか、
そんな思いになりました。
もちろん、ヘミシンクを聴いているときにも、
ちょっとした“姑息感”はありました。
多分、長年信仰していた教会から離れてしまったので、
何かに依存したい気持ちが、強くなっていたのかもしれませんし、
霊界や霊が見えたら、
それこそ、
教会員さんたちが、
「献金してください!」「解怨の札を授かってください!(買ってください)」と
連絡をしてきても、
「私の接している高級霊が、
“お金を払ってはいけません”と言っているので、
残念ですができません」とか、
「統一教会の霊界、統一圏へ幽体離脱して行ってみましたが、
あまり階層の高い場所にはありませんでした」と言えると考え、
結構、まじめに取り組んでいました。
そんな込み入ったことをせずに、
「献金なんかしたくないからしません!」
「お金がないから無理です!」と、言ってしまえばいいのですが、
自分の中では、正直に、
例え高級霊が私の見ている妄想であったとしても、
高級霊からのお告げを受けたとして、
正々堂々と断りたい!というおかしな欲望がありました。
それと同時に、自分が今現在、何かできることといえば、
選択肢としてあまりなさそうだったので・・・
ヘミシンクでガイドと出逢う、メッセージをもらう、など
モンロー研究所(ヘミシンク技術開発者の名前が、ロバートモンロー氏です)から
公式的に認可を得て活動をしているグループも日本にありますが、
独学により、ヘミシンクでの超常体験をされた方たちが、
ワークショップ開催などの活動をしているグループもあります。
「ヘミシンク体験が、中々実感ができないと、言う人は多いのですが、
しかし本当に出来始めてくると、
現実生活でも、必ず、何か変化が起きているはずです。
そこに注目してください」と、いうような話を、
上級者たちからは、何度か異口同音で聞きました。
確かに現実生活に、どううまくその体験をリンクできるか?反映させていくことができるかが、
かなり重要なことだと思います。
それからの私は、特に、人との出逢いに注目しました。
意識したせいか、
結構な能力をもっていらっしゃる方たちにも、その後、何人かに出逢っていることに気付きました。
社会で多くの人たちのために、活躍している方たちにも出逢っていることに気付きました。
でもそれは、今思い起こせば、
ヘミシンクを聴いたお陰ではないようです。
私が、「ヘミシンクを聴くことにより、
成果が出ていれば、
現実世界に何か結果が出ているはずだ」と意識を向けたので、
見えたように思います。
なので、そのこと自体、ヘミシンクを聴く前からずっと起きていたわけです。
ちょうど自分が妊娠をした後に、
街に出ると、
やたら妊婦さんが増えたように感じているのと、似ていますね。
そして短期間でみれば、よい出逢いであったものが、
長期的にみれば、イマイチであったり、
短期的にみれば、嫌なことが、
長期的にみれば、まずまずの出来事であったりしています。
雲の形を見ながら、
どこからどこまでが、うろこ雲で、
いつからいつまでが、羊雲だったかなど観測は難しいのと同じで、
大まかな流れしか捉えられません。
しかもその中に、良かったこと、悪かったこと、ちゃんぽんになり、
少しずつ、良好になっているのか、下がっていっているのか、
微妙に進んでいる状態の中では、
そんな判断自体、簡単ではないです。
ただ
いいことが起きてほしいなぁ!と漠然と考えがちな日々の中で、
現実世界が、よい方向に向かっているのか、下降しているのか、
そんなことを普段、意識的に考えることもなかったので、
ヘミシンクをされている方たちの言葉が、
日々の出逢いを通して、
日々の出来事を通して、
生活をチェックする一つの指標となり、それは良かったと思っています。
そんな楽しみもあるので、
私は、特別なことが起きない限り、
精神世界の話や瞑想などに接していくことを
ずっと続けていくのだろうと、思います。