1992年にあった、統一教会の合同結婚式当時、
有名タレントが参加していたこともあり、
世間からの注目を大変集めました。
その後に、マインドコントロールという言葉も流行りました。
私は、自分が、影響を受けやすく、洗脳されやすい人間だと思っています。
1995年当時、オウム真理教が世間を賑わせていた時分、
職場の人たちに、
「パープルちゃんはやばいよ!白衣とか来て、渋谷で踊っちゃうんじゃない?」とか、
「パープルさんって、そういう団体、入りそうですよね」と、からかわれていました。
言われると、まさに、「ギクリΣ(゚д゚;)」(何で分かったの?)という感じでした。
そのせいもあり、「洗脳とはなんぞや?」と、考えることがよくあります。
信仰をもっていたころは、
「世の中の人だって、世の中のしきたりや風習に洗脳されているのに、
なぜ宗教者ばかりが、洗脳されている、と言われなきゃいけないの(`ε´)」と思っていました。
いや、正確に書けば、“思っている”という、現在形になります。
どの思想や考え方などでも、
反社会的行動に及ばなければ、日本は、信教の自由が認められていますから、
それはそれで受容されるべきだというのは、
私の考え方です。
何かの考えに、全く洗脳されていない人の方が、皆無のように思えるからです・・
洗脳と書くと、偏見じみた表現になるのであれば、
表現を変えて、
人間、皆、何らかのフィルターを通して、世の中、事象を知覚しているように思えるからです。
・・・とはいえ、
「反社会的行動に及ばなければ受容されるべき」と書いていますが、
個々のケースを考えていくのならば、
簡単に、そうそう白黒分別もできないですし、言い切ってはいけないナイーブな問題だという認識もあります。
そこら辺は、今日の記事の主旨でもないため、記事を公開しつつも勝手ながら、
私の価値観だと、読み流してくださると嬉しいです。
--------------
洗脳とは、考えが先になることを言うのではないかと、思いました。
事象を見て、そこから考えたりするのではなくて、
ある思想、考え、分類が先にあって、それを人や事象に当てはめてみる。
例えば、昔はやった血液型占いがありますが、
AB型の人は二重人格、という分析があったとして、
では、「パープルさんはAB型だから、やっぱり二重人格だよね!」と言う場合、
パープルという人間を見て、二重人格である→だからAB型だ、とは判断していません。
パープルはAB型だから、二重人格だ、と導いています。
言葉にすれば、順序の違いくらいですが、
見方としては、全然違ってくると思いませんか?
「神」という概念はともかくとして、
世の中の全ては、偶然で成り立っていると思っている人よりは、
何らかの法則があって成り立っていると感じている人の方が多いのではないかと思われます。
すると、その数多たある法則を人間が全て把握するのは、無理であり、
その一つすら、満足に理解できないのが人間であると思っていますが、
そうすると、人間の浅き、とある一つの考え方や思想を、
一つの指標として、
世の全てを分析をしていけば、
その考え、思想を信じるグループ内では適用可能になりますが、
所詮それまでです。
宇宙や生命、それらの存在を網羅することは到底できないでしょう。
その事象、そのままの存在を、
~自己が所有している、自己の一部すら認識や把握さえできていないのが被造物ではないかと思いますが~
観たり、研究したりしていかない限り、
創造主ではない、人間が、
無限大であろう、「存在」や「被造物」の定義を決めていったとしたら、
あるいは、ある民族や国家における、物の見方や考え方を定義していったとしたら、
偏りが生まれ、いびつになるはずです。
もちろん、どれほど懸命に研究を続けてみたところで、
奥深い世界は、人間には到底、理解ができないのではないかと思います。
そして、その、偏ったりいびつだったりする定義を用いて、
全知全能の神の考え、思想として、
その地域に昔から伝わる、神々からの話として、習慣として、
一定の団体や人々を教育していくことが、「洗脳」になるのでは?
と、考えてみる、今日この頃です。