言葉と言うのは、言霊(ことだま)とも言われ、
聖書にも、「はじめにロゴスがあった」と書かれているように、
そのパワーにはすごいものがあります。
時には人々に力を与え、ある時は、とても失望をさせたりもする、
人生さえも変えてしまうほどのエネルギーがあります。
今の時代、ネットやメールを通じて、
あふれるほどの情報や、正に言葉のやり取りが行われているわけですが、
そこからトラブルやら何やら引き起こしたりもしています。
重要なツールであるがゆえに、
使い方を誤ると、全く大変なものになります。
とはいえ、「口約束」とも言われるように、
重みのない面もあるのも事実です。
私は、今でもそうですが、
言葉にとても左右されてしまう側面があります。
ちょっとした言い過ちや、言い過ぎ、あるいは説明不足に
振り回されるがゆえに、
物の本質を見失います。
それだけではなく、
うそとはいかなくとも、本当とも言えない言葉も世の中にはたくさんあり、
言葉ばかりに気を奪われると、
大事なことを見落とします。
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ある時、
身内(Bさん)からとても高価なプレゼントをもらいました。
私に対しての、純粋なプレゼントかな?
いや、もしかしたら、使わなくてはならない必要性があるがゆえに、
見かねて贈ってくれたのかな?
と、
鈍い私は漠然と考えていました。
そこで、Bさんに、
「どうして贈ってくれたの?私のための、(感謝を込めた)純粋なるプレゼントなの?」と
尋ねてみました。
すると、ポツリと、
「そうかもね」しか、Bさんは答えませんでした。
「ほんと?ほんと?」と、半信半疑の私は、何回も尋ね直しましたが、
Bさんは、何も言わず、ただ微笑んでいました。
それから何年か経ちますが、
ようやく「純粋なプレゼントだったんだなぁ」と実感しています。
気付くとBさんは、
仕事でもプライベートでも、
人に贈り物をしている様子は、殆どありません。
贈り物をもらっても、ほとんど返したりはしていないんですね。
お世辞やリップサービスも皆無と言っていいほどの人ですが、
でも、
頼まれたことや約束事は、何も言わずに、すぐに行動に移しています。
「分かった、してあげるね!」とも「忙しいからなぁ」とも
とにかく、するにもしないにも(しないことはありませんが)
何も言いません。
ある時、
親戚のおばさんが、Bさんに、
「換気扇のシートを交換してちょうだい」と、
シート代のお金を渡して頼んでいました。
後日、聞いた話ですが、
買ってきたシートのサイズが合わなかったので、
(サイズを指定したのは、おばさんです)
Bさんは何も言わずに更に買いに行き、
交換を終えていたそうです。
「あれが、うちの娘婿だったら、
“サイズが合わなかったですよ”と言って、
買ったシートをただ私に返してくるだけだよ」と、おばさんは言いました。
そしてBさんは、してあげた後も、
相手に見返りを期待している様子もありません。
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私の尊敬する、とある方(Cさん)から、
行動が大事だということを学びました。
最初は、知識として知る範囲でしたが、
当然のことながら、Cさんも行動にて
私に対して、いろいろなことをしてくれています。
する前もした後も、何も言いません。
良い言葉、励ましの言葉を、心から伝えられたとき、
大変力になります。
その日、一日中ハッピーになるときもあります。
一方、
行動で何かをしてもらうときは、
本当に暖かい気持ちになります。
じんわりと暖かさが胸に広まっていくような、
そんな気持ちになりませんか。
Cさんから、身をもって教えられたので、
「行動で示すとはこういうことなんだ」と学ぶことができました。
そして、
元々Bさんは、そんな感じの人物だと、ぼんやり思っていましたが、
Cさんから伝えられたことにより、
意識的に、実感することができたように思います。
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約束したことはやる、
借りたものは返す、
当たり前のようでも、日常生活、忙しいと、
ついついクレームが来なさそうなところから省きがちですが、
何も、神様だけではありません。
目立つ人ばかりではなく、
むしろひっそりとしている方たちほど気が付いていても何も言わないこともありますから、
誠実な行動を取りたいと思う、今日この頃です。
子育ての教育論から始まって、
今、世間では、
「認めてあげよう」「ほめてあげよう」と、言われる風潮がありますが、
むやみに“下手な鉄砲”で言いまくっても、
的が外れていたり、あるいは自分よりものすごく目下や立場が下の人からほめられても、
時と場合によっては、どうかな?ともなりかねません。
言葉より行動で示せる人になりたいなぁと、
思います。
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