悲しい恋
週末に酔いつぶれた男が電車を乗り過ごし見知らぬ終着駅に着いた。終電だったのでタクシーを拾おうとしたが、タクシーはどこにもいなかった。途方に暮れて歩いていると、白いマンションの前で女がうずくまっているのを発見した。心配した男は女を介抱してマンションの女の部屋に連れて行った。女は男の優しさにほだされ、一目ぼれし、男を部屋に泊めた。その日のうちに男は女と自然に結ばれ、二人は愛し合うようになった。足しげく女の部屋に通うようになった男は自分のアパートを引き払い女のマンションで暮らしはじめるようになる。女と暮らし始めてから男は今まで味わったことがないような幸せな日々を過ごした。朝は小鳥の声でめざめ、女のつくったトーストを食べて会社に出勤し、帰ると女が笑顔で出迎えてくれ、夜はおいしい食事を作ってくれた。幸せの絶頂の中で男は何ひとつ不満はなかった。しかしひとつだけ気になることがあった。女と暮らしはじめてから、なぜか男はしだいに痩せこけていったことだ。だが男はそんなことは気にもとめなかった。無味乾燥な仕事や職場の人間関係を嫌っていた男が唯一幸せを感じるのは女といるときだけだったから。男は週末になるとマンションの前にある小さな花屋でバラの花を買い、ワインで二人だけの週末を祝った。二人にとってそんな幸せな日々が永遠に続くように思われた。
しかし幸福は長くは続かなかった。男は女とささいなことで口論し、別れる決意をかためたのだ。男が別れを告げると、女は泣き叫んで男を止めようとした。だが男は女を振りきって出て行き、二度と戻らなかった。男は小さなアパートを見つけ以前のように一人で暮らしはじめた。無味乾燥な一年があっという間に過ぎた。そんな週末のある日、会社で飲み会があり、泥酔した男は乗り過ごして終着駅に着いてしまった。目覚めるとそこは女と出会ったあの駅だった。懐かしさと愛おしさがこみあげてきた男は二人が暮らしていたマンションに自然に向かって行った。そこで男は愕然とした。二人が一年前まで暮らした白い美しいマンションは見る影もなかったからだ。窓ガラスは割れ、玄関には鎖がかけられ、窓には蜘蛛巣がはり、マンションのまわりには雑草が生えていた。あまりの変わりように男はマンション前の花屋に行き、女の消息を尋ねた。すると、マンションは十年前から閉鎖されていて、くだんの女性は大好きな男と喧嘩別れして絶望のあまり屋上から飛び降りたという。女の自殺以降、あのマンションは幽霊マンションといわれ気味悪がられて次々に住民が転居して十年前から廃墟同然となったという。男は呆然とし涙が溢れた。男は女と別れたことを心から嘆き、そして思った。たとえ幻であったとしても無味乾燥な人生であんな幸せな日々はなかった、と。