ピーマンとピーナッツのブログ

ピーマンとピーナッツのブログ

「~ですよと」が口癖のお調子者のブログ。
日々感じたことを、感じたままに書いています。

ちまたでは、中身が空っぽ=ピーマンと呼ばれたり。
なぜピーナッツかは秘密(笑)

イキイキした「生きた」人間になるべく日々成長中。

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久々の更新です。

またまた体調を崩してしまいました

今までにないぐらいの痛みに、のたうちまわってるナウ 泣


それはそうと、

人間っていつも不安な動物なんだなぁとつくづく感じます。

何かに熱中している時、

忙しいときは、大丈夫ですが、

ふとした時に、

すこしゆっくりしてるときに、

自分の未来は果たして大丈夫だろうか?と感じてしまいます。

そんな出口の見えない不安の中にいると、

自分の過去が何だったのか

今の自分は大丈夫なのか

とかとかずっと考えてしまいます。

そして行きつく先は何か?

それは、信じれるものはなんなんだろう。

ということです。

愛も夢も、熱中してるときはいいですが、

ふとした時に、

振り返った時に、


大丈夫だろうか?と思ってしまいます。


あるヒトは、愛を信じろといいます。

愛なんて儚いものだし、どんなに永遠に見えても、あっという間に消えてしまう。

どんなに「愛してる」と言われても、少し変わってしまえば、赤の他人。

そして失った愛を、いくら取り戻そうとしても、宙ぶらりん


またあるヒトは、自分を信じろと言います。

結局は他人を変えることはできないから。とか

自分を信じることもなんか違うのかなぁと思う

だって、過去の幸せだった自分を信じることも、

今の苦しい自分を応援することも、

僕にはできない。


究極的、極限的には、愛も希望も自分も「信じるよりどころ」ではないんだなぁ


その意味で、僕は、幸せになることをあきらめました。

幸せを望むから、過去の幸せだった自分に囚われ、

過去の幸せだったころに戻りたい今の自分をしんどくさせるから。


ここ5か月間ぐらいは、常に心に隙間風が吹き、

荒野の中にポツンとたっている気分で過ごしていました。



ちょうど1年前ぐらいから、愛を信じ、そのぬくもりの中で幸せを感じてきました

「思い」、「想い」だけで何事も突き進めることができると思ってました


僕の人生、辞書から、「幸せ」という言葉を取ります。

永遠に、

心が満たされたり、心が安心するよりどころなんて、

極限的にはない。

マザーテレサの言うように、

人は不合理、非論理、利己的なんです。

今までは、家庭を持ってみたい

とか思ってましたが、今は考えも変わりました

つねに、心の中に隙間風があってもいい。

自分が情けなく見えてもいい。

幸せになることを夢見るより、

乾いた自分でいることを目指そう。

幸せみたいな実体がないものを、目指すより、

食べたいときには、食べ

抱きたいときは、抱き

寝たい時は、寝よう


実体がないものなんて、何も信じず、

実体があることを楽しむことで満足しよう。

そして心の隙間風は、已むことなんてないと思おう。

もっとシンプルに生きよう。

無駄をそぎ落として、生きよう。