日曜日、帰宅して夕御飯を食べたあと、
またフローリングの床で寝てしまった。
ジェイゾロフトを飲み忘れる。
最近、ジェイゾロフトを飲み忘れることが多く、
翌日の『気分の落ち込み』によって、飲んでいないことに気付く。
穏やかな毎日を過ごしている。
それでも、何かに集中した日は、気を失ったかのように、その場で寝ている。
もうすぐ、1年。
気分の波はまだあり。
月曜日には、細かい震えが続いた。
先週、何となく求人情報を見た。
お花屋さんの短期アルバイト。
フルタイム。
他にも条件があった。
ずっとやってみたいと思って、募集が出るのを待っていた。
説明会に応募した。
だが、日曜日以降、ずっと体調が悪く。
吐き気や目眩が続いている。
呼吸は乱れ、自然と深呼吸を。
すると、吐く息はため息のように。
苦しい。
お買い物に行くと、店内でふらふらしながら必要なモノを、手に取る。
ダンナが、久しぶりに『ツレウツ』を読んでいた。
私の発症よりも、数年前に買ってた。
シリーズ全巻、ある。
故に、私たち夫婦は『うつ病』に関して、誤った認識はしていなかった。
病院で軽いノイローゼだと言われ、
軽いノイローゼでこれほど辛く苦しいのなら、
死を選んだ友は、どれほど辛かったのだろうか、と。
何度簡易チェックを行っても、結果は『うつ病』。
何度も「この結果は嘘だ」と、思った。
自らの死を、考えることはなく。
友の死に至るまでの辛さを思った。
治療を進めていくうちに、ようやく自分がうつ病だった、と。
これなら、辛いのは、苦しいのは、当たり前なのだ、と。
発症間もなくは、毎朝着ていく服に迷い、
ダンナに「どれを着ればいいのか分からない」と、
泣きべそをかきながら、何度も着替えた。
これは大事なモノだから、ここに仕舞っておこう、と思ったのに、
次の日には、どこに仕舞ったのか忘れて探しまくる。
情けなく思うことは多いが、これは『病気だから…』と。
いつ治るか分からない。
でも、この『生活』に慣れたような気もする。
短期アルバイトの説明会は、辞退の連絡を入れた。
まだ、働くのは、無理。
波が、激しい。
ダンナに言うと、「あなたは今病気なのだから、働くのはまだ無理。治すことだけ考えなさい。」と。
ダンナも、仕事で部署が変わり、入社して10年の部下に四苦八苦中。
二人で話し合って、「出来ます」と言った仕事。
部長に「やりたいことがあるので辞めます」と。
部長が「何をやりたいのか?」と問えば、黙りこむ。
終いには「〇〇さんが僕に責任のある仕事をさせるので、辞めます」と。
部長はダンナの前任だったので、この部下の性格は知っている。
出来ないことや知らないことを「出来ます」「知ってます」と言っていたらしい。
で、自分の首を絞めてしまった。
多分。この人はそのうち出勤しなくなると思う。
『プレッシャー』ではなく、『甘え』で。
今、私には出来ないことが沢山ある。
時間がかかってしまうことも。
でも、出来ることもある。
ダンナのために、ご飯を作る。
ダンナが帰ってくるまでには出来上がってはいないが、
ダンナは楽しそうにゲームをしながら待ってくれて、
「これ美味しいね~」と、食べてくれる。
体調の悪い日は、「お弁当でいいよ~。メンチカツとハムカツも買ってね!」と。
バレンタインのお返しで、ダンナが結成?した『KOBO軍団』の女性陣に、
フラワーアレンジメントを作り(徹夜で)、お菓子もつけた。
社内便で届けると、それぞれの席周辺では、
アレンジメントを見て、歓声が上がっていたらしく。
とても喜んで、いそいそと持ち帰ってくれた、と。
部屋の片付けは遅々として進まないが、
お皿洗いも出来るし、洗濯もアイロンがけも、
トイレ掃除もお風呂掃除も、ゴミ出しも出来る。
やりたい事は、いっぱいある。
でも今は、これだけ出来れば、十分。
気分が落ちた時。
動けない時。
考えこんでしまうことはあるが。
倒れないうちに、寝ることにした。
またフローリングの床で寝てしまった。
ジェイゾロフトを飲み忘れる。
最近、ジェイゾロフトを飲み忘れることが多く、
翌日の『気分の落ち込み』によって、飲んでいないことに気付く。
穏やかな毎日を過ごしている。
それでも、何かに集中した日は、気を失ったかのように、その場で寝ている。
もうすぐ、1年。
気分の波はまだあり。
月曜日には、細かい震えが続いた。
先週、何となく求人情報を見た。
お花屋さんの短期アルバイト。
フルタイム。
他にも条件があった。
ずっとやってみたいと思って、募集が出るのを待っていた。
説明会に応募した。
だが、日曜日以降、ずっと体調が悪く。
吐き気や目眩が続いている。
呼吸は乱れ、自然と深呼吸を。
すると、吐く息はため息のように。
苦しい。
お買い物に行くと、店内でふらふらしながら必要なモノを、手に取る。
ダンナが、久しぶりに『ツレウツ』を読んでいた。
私の発症よりも、数年前に買ってた。
シリーズ全巻、ある。
故に、私たち夫婦は『うつ病』に関して、誤った認識はしていなかった。
病院で軽いノイローゼだと言われ、
軽いノイローゼでこれほど辛く苦しいのなら、
死を選んだ友は、どれほど辛かったのだろうか、と。
何度簡易チェックを行っても、結果は『うつ病』。
何度も「この結果は嘘だ」と、思った。
自らの死を、考えることはなく。
友の死に至るまでの辛さを思った。
治療を進めていくうちに、ようやく自分がうつ病だった、と。
これなら、辛いのは、苦しいのは、当たり前なのだ、と。
発症間もなくは、毎朝着ていく服に迷い、
ダンナに「どれを着ればいいのか分からない」と、
泣きべそをかきながら、何度も着替えた。
これは大事なモノだから、ここに仕舞っておこう、と思ったのに、
次の日には、どこに仕舞ったのか忘れて探しまくる。
情けなく思うことは多いが、これは『病気だから…』と。
いつ治るか分からない。
でも、この『生活』に慣れたような気もする。
短期アルバイトの説明会は、辞退の連絡を入れた。
まだ、働くのは、無理。
波が、激しい。
ダンナに言うと、「あなたは今病気なのだから、働くのはまだ無理。治すことだけ考えなさい。」と。
ダンナも、仕事で部署が変わり、入社して10年の部下に四苦八苦中。
二人で話し合って、「出来ます」と言った仕事。
部長に「やりたいことがあるので辞めます」と。
部長が「何をやりたいのか?」と問えば、黙りこむ。
終いには「〇〇さんが僕に責任のある仕事をさせるので、辞めます」と。
部長はダンナの前任だったので、この部下の性格は知っている。
出来ないことや知らないことを「出来ます」「知ってます」と言っていたらしい。
で、自分の首を絞めてしまった。
多分。この人はそのうち出勤しなくなると思う。
『プレッシャー』ではなく、『甘え』で。
今、私には出来ないことが沢山ある。
時間がかかってしまうことも。
でも、出来ることもある。
ダンナのために、ご飯を作る。
ダンナが帰ってくるまでには出来上がってはいないが、
ダンナは楽しそうにゲームをしながら待ってくれて、
「これ美味しいね~」と、食べてくれる。
体調の悪い日は、「お弁当でいいよ~。メンチカツとハムカツも買ってね!」と。
バレンタインのお返しで、ダンナが結成?した『KOBO軍団』の女性陣に、
フラワーアレンジメントを作り(徹夜で)、お菓子もつけた。
社内便で届けると、それぞれの席周辺では、
アレンジメントを見て、歓声が上がっていたらしく。
とても喜んで、いそいそと持ち帰ってくれた、と。
部屋の片付けは遅々として進まないが、
お皿洗いも出来るし、洗濯もアイロンがけも、
トイレ掃除もお風呂掃除も、ゴミ出しも出来る。
やりたい事は、いっぱいある。
でも今は、これだけ出来れば、十分。
気分が落ちた時。
動けない時。
考えこんでしまうことはあるが。
倒れないうちに、寝ることにした。