朝、乗換駅で電車を降りる。

ホームの通路が狭くなるエスカレーター脇で、

ぐいぐい押し分けようとしてくる男がいた。

一旦避けたら、後ろを歩く女性の進行を妨げてしまった。

女性に会釈して、歩き出すと、左から男がまたぐいっと。

つまずいて、前の男性にぶつかった。

男性に「ごめんなさい」と謝りを。

不愉快。

毎朝このルートだが、狭い通路で人の波に逆らい、ぐいぐい押し続ける奴は珍しい。

黒っぽい、ダウンコートを着ていた。

エスカレーター付近でも、ぐいぐい後ろから。

エスカレーター付近は確かに人が集中するが、

ここまで押してくる奴は、今までには、いない。

私がエスカレーターに片足をのせる瞬間、

密着した状態で、真後ろから「カス」と。

小声だが、言葉を発する時に出る息が、

私の後ろ首にかかる。

明らかに、私の真後ろから。

半分ほど上ったところで、後ろを振り向く。

間隔を空けて、男が上ってくる。

しばし上から見下ろし、「人のこと、カスとか言ってんじゃねーよ!!」と、声を荒げた。

40代半ば位のサラリーマン。

男は、否定する。

「あなたのことは知りません」「知らない人にカスとか言いません」

私のことを知らないのは、当たり前だ。

知らない人にカスとか言わないと言うなら、

こいつは、知ってる人には言うのか?

自分ではないのなら、誰だ?

私の後ろにいた男だ。それが自分でないと証明できるのか?



更にエスカレーターで上がる。

男はエスカレーターから降りると、右へ。

私の乗り換え先も、右。

同じことを繰り返し言いながら、男は「それなら、交番に行きますか?」と。

「いいですよ、行きましょう」と答え、私が先に歩く。

改札口の駅員さんの元へ。

駅員さん達は、他のお客さまの応対中。

そのまま窓口で待っていると、いきなり男は、

「他の人の間に、自分が割り込んだ」と。

物理的に、無理。

私が「カス」と言われた位置は、エスカレーター前の柵に入った場所。

すでに誰かが割り込むスペースの余裕は、ない。

しかも、言った相手は、ずっと私に密着していたのだから。



「割り込んだだけなら、なぜそれを先に言わない?」と、問うと、

男は返答出来ない。

ふいに思いついたのだろう。

男は、37分の新幹線に乗る、と。

こいつ、また嘘をついている。

新幹線改札口は、エスカレーターの左側。

私達が来たのは、エスカレーター右側で、しかも躊躇せずに男が先に歩き出したのだ。

頻発に出張するなら、その時間帯の新幹線の発車時刻も分かる。



駅員さんに「この人に、カスって言われました」と、言う。

男は、自分から交番に行こうと言った。

だが男は駅員さんに、

「この人勘違いしてるんです。僕は間に割り込んだだけなんです。」

「痴漢をしたわけではないから、警察呼ばなくてもいいですよね?」と。

お前が先に「交番」って言ったんだろうが!?と、怒鳴り付けたくなるのを、飲み込む。

駅員さん達は、自分達で話し合って下さい、と。



仮に、この男が「カス」と言っていないのであれば。

新幹線に乗るために「違います」と言って、

私から離れ、エスカレーターの左側へ行く。

「交番に~」と言えば、私が引くと思ったのだろう。

バカが。

警察を恐れたのは、最終的には私ではなく、男の方。

自分の言葉に責任を持てない、情けない男。



もし本当に、他の誰かとの間に割り込んだだけなら。

駅構内の防犯カメラに映像が残っている。

まして、エスカレーター前ならば、

混雑からの『事件』を記録するため、カメラは設置されているだろう。

それを見れば、全て分かる。

私の勘違いであれば、土下座してやる。



連絡先を交換すると男は申し出たが、私は終わりにした。

出張中に、私への言い訳を、考えさせはしない。

私の目的は、それではない。

一日中、腹が立っていたが。

恐らくこの男は、人をなじる言葉を普段から小声で言うのだろう。

どんな場面でも。



不愉快な、男。

不愉快な行為をし続けると、どうなるか。



新幹線の発車時刻は、3分を切った。

新幹線改札口までの駅構内のコンコースは、長い。

改札口を通過しても、更に新幹線ホームへ行かねばならないのだが。

別れ際、男は走りも急ぐ様子も見せず。

ただこちらを恐る恐る見ながら、離れていった。

私は男に、「お気をつけて」と声をかけた。



矛盾した男。

今まで、こうして他人を小声でなじっていたのだろう。



顔は、覚えた。



言葉を発する時は。

その言葉の意味を、相手に与える影響を、よく考えるべきだ。

一度発せられた言葉は、二度と口の中には、戻らないのだから。



一日、男に腹が立っていたが、

仕事中に私は、他の人に優しく接せられた。



ダンナに、一部始終を話す。

ダンナは。

「そういう奴は、いっぱいいるんだよ」と。