私たちは、心の奥では愛を求めているはずなのに、

わざわざ意地悪な言動を相手にしたりすることがあります。

 

人に怒りや不満を抱えて、それをぶつけてみたり、

直接ぶつけなくても、間接的に嫌味や愚痴をこぼしたり。

我慢して抱えていると、身体に様々な症状として現れる場合もあります。

 

怒りを言葉にして叫ぶとしたら、

「私の人生はこんな惨めな(弱い、残酷な、取るに足らない)ものじゃない!」

「私はこんなちっぽけな存在じゃない!」

「こんなはずじゃない!」というような言葉ではないでしょうか。

 

「こんなはずじゃない」という叫びは正しいのです。

何故なら、「こんなはずじゃない」という経験をしていると思い込んでいる自分は、

本当の自分の姿を忘れている自分だから。そう明快に奇跡のコースは伝えます。

怒っている時、自分は自分をか弱い犠牲者、被害者に作り上げている、と言われます。

そしてあらゆる怒りは、例外なく自分自身に向けている刃です。

 

私たちはいつでも立ち止まることができます。

そのまま犠牲者としてやっていくつもりか、本当の自分の強さと誇りに繋がり直したいか。

怒りは、清々しいリセットの機会を与えてくれる、貴重なツールです。

 

清々しいリセットの後に、

どんな心の景色が見えるか、心の筋トレで経験してみませんか。

どうぞご一緒に。