◇あの日
ずっと以前に頂いた動画を見返し、練習しようと思った
その曲を歌い、踊る姿を、私が見ることができた唯一の映像
2006年11月 美浜産業祭 で踊った「SKY」
目に飛び込んできた、2人の動き
あまりの衝撃に、ただただ呆然とする
スピード感に溢れた華麗な動き それは間違いなくNao☆さんだった
そしてポンチャ
それは殺気さえ感じるほどの 圧倒的な迫力
圧倒され、なんだか涙がどんどんあふれる
堪らず その日まで、一枚、一枚、ページをめくる
美浜産業祭のこと
2週間後、ワンマンライブのこと
去り行く永遠の友達に、言葉を届けていた、Nao☆さん、Meguさん
「 いつでも戻ってきてもいいんだよ 」
( 11月26日 「 今日という日を忘れない。」 )
ポンチャ ...
なんて なんて 優しいことば だろう
文字をなぞると、そこにあの日のポンチャが
いつまでも 涙と身体の震えるのを とめることができなかった
あの言葉と
あの時間と 想いとに、 自分は対峙できるのだろうか
いやそれは絶対にできないのだとわかった
あの日までの、Negiccoの時間、そしてあの日からずっとずっと、Negiccoの物語は続いて
そこに勝手なタイミングで現れて、勝手に一喜一憂し、そしていつか去っていく そんな自分の軽薄さを、どう埋め合わせることもできない
あらゆる競い合いに敗れちゃったし、誰の役にも立てなかった。 方位を定めて漕ぎ続けないと、ふらふら漂っているばかり。 どこにも辿り着くわけもなかった
誰より本気で考えているつもり! そんな気概も、何の形も産みだせていないから、風前の灯。
誰からの承認も得られない「ファン」に出来ること、やっていい事なんて、あまりに少ない。
でも、どうしても必要なことは、みんなで声をあげなければならないと思うのです
いまの体制でいいのか、 その「方向」でいいのか、その「注目」の集め方でいいのか
「Negiccoの未来」が最大に輝くよう、正しく方向づけする必要が、きっとあると思うのです
★
EH,Creatersで賄えるのは、ほぼNegiccoのパーソナルマネージメントと、ブッキングに留まるのだという、まずその認識が必要だ。
パブリッシングも、企画制作も、リリースも、プロモーションも、それができる人材がおらず、行えているとは言い難い。
主体的なアーティスト活動を行う上で不可欠でありながら、Negiccoに於いてはほとんど、然るべき機能が止まっている、また委託もできていない、広大な領域。
その根幹、プロダクツ:音盤制作部門については、Studio Connie's 及び、「ネギさま!Bravo☆」を出したconnieさんのプライベートレーベル、GPL Record が然るべき権限を掌握し、安定的な制作・リリース体制を確立することが、最も求められていると思います。
おそらく最も多くの人の望んでいる形だと思います。
活発なリリースが実現していない理由について、ずっとずっと頭に疑問符が出っぱなしで今日まで着ましたが、それは、Negiccoの衣装や、PAさんを頼めなかった事と同根だと思うようになりました。
Negicco3人も、connieさんも、手弁当ではできないと云うことです。
そして
Cheer MusicやEXTRA!!!が行うような、イベント企画制作部門。Cheerではレコード制作と一緒に担っていますが、例えばGPL(connieさん)にも、EH,Creaters(熊倉さん/Negicco)にも、現状ではそんなノウハウが無いので、その都度、イベント企画・制作を外注するか、信頼できる人に専任して貰う。無銭でMTを重ねられる、2.5次元クルーのような存在を見つけること
Mary AngelのFine Promotionが自前で担っているようなグラフィック、そして2.5次元さんやEXTRA!!!がうまいことやっている、プロモーション、そして、GPLがガンガン行うべき、配信も含めた販売・ディストリビューション
(書きかけ)