私が善悪の判断を手放してもいいと信じれたのには理由があります。人は自分にウソをついて生きると心と体のバランスが崩れます。不調になります。自分へのウソとは、人は本来人生を楽しみながら良くなるものなのに、自分を否定しつづけたり、共に生きるものを、わかって傷つける事です。そうすると一番自分の体がダメージをうける事を自分の体で知ったから。前にも書いたのですが、私は自分の体を以前は全否定でした。(否定されても、その中で最高の状態でいてくれていた体なのに)自分の体の声を聞いてあげる事もせず、だから今より、もっともっと肩凝りでマッサージ、エステに通わないではいられなかった。その頃は日常もハードで嫌でもしなければならない事ばかり、その「嫌」が拍車をかけて体にダメージをかけていました。一段落して今の気づきのはじめの頃、私の「しなくてはいけない」精神が、楽しむ事を忘れさせ体をかちこちににし、軸をぶれさせそれがコアマッスルを弱まらせ、「美しくならなければ」の気持ちとは裏腹に遠のけていました。今はそんな歴史を重ねた体を徐々にほぐしている段階です。体がほぐれると心がほぐれ、流れにまかせる事を信じれるように少しずつなりました。(たまに、以前の私が顔をだしますが、だいぶゆるやかになりました)今はのびのびと体が動かせるよーに、体の声を聞いて、体と心が優しく、平和になり、それが広がっていけばいいなぁと今日、キリストの誕生日に思います
メリークリスマス
Have A nice day
メリークリスマス
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最大限の私になる旅