本日はここ2~3日のように穏やかな日かと思っていました。とりあえず片付けとこれからのことを検討する日々。ところが、夕方にそれは一変しました。東松島市の知り合いが亡くなったとのこと。実はなかなか連絡がつかないので、やっと思い出して携帯にかけたところ「今火葬場です。まもなく火葬されます」とのこと。最初何を言われたのかよくわかりませんでした。ご高齢の方ではあるけれど、きっと大丈夫と信じていたのです。それがやっと連絡とれたと思ったら「火葬場」??しばらく呆然としていました。
落ち着いてから詳細にお話を聞きますと、どうやら震災の時に車で避難所まで逃げたらしいのです。この避難所というのは小学校で、ここまで来たら大丈夫と思ったとのこと。本来学校の中に入るはずなのですが、高齢のせいかあまり車から降りたがらなかったそうで、近くの人が手伝いをしようとしていたらいきなり津波にさらわれたそうです。その後車もさらわれ、見つかったときには三台もの車が重なった状態でその真ん中の車だったそうです。幸いなのは車から助け出そうとしてくれた人は、無事助かったとか。避難所まで逃げてきたのに、その避難所の中で津波にさらわれ帰らぬ人となったとのことです。
後から聞きますと、この避難所はかなりの地獄になったとか。体育館に逃げていた人もほとんどが津波で水死。幾人かが舞台に上がってぎりぎり助かったとか。話が前後してしまいますが、24日に通り過ぎたとき、薄暗い中で見たとはいえ、その凄惨な現場は当時を忍ばせます。体育館は確かにあまり高い場所にはなく、津波が来たとすればひとたまりもないでしょう。でもこの避難所は、堀の外側なのです。つまり、本来ならここまで津波は来ないはず・・・だった場所です。今回の津波の恐ろしさはここにあります。
これまで生きていると信じてきた人の死亡が確認され、一気に暗い一日になりました。唯一救いなのは、こんなに混乱している中ですぐに見つけられ火葬にしてあげられたことです。家族全員で見送ることが出来たのが、救いでした。しかし、私たちはその顔を拝見することも出来ずただただボー然とした日でした。
今日までこれほど悲惨な震災にあって、奇跡的に亡くなった方の連絡を頂いていませんでした。ものすごい奇跡ですが、ついに現実に戻された気分です。こうなると、まだ連絡が取れていない方々がとても心配になりました。でも信じて待つしかありません。