本日はとてもいい天気でした。昨日知り合いにガソリンを満タンにするように頼んでいたので、本日は初の津波の被災地「石巻市鮎川」へ。ちなみに、満タンにするのに二回並んだそうで、九時間かかったそうです。これまでテレビで話題になる地域にはあまり行っていませんでした。今日本格的に東松島を通り石巻へ。そして牡鹿半島の先端鮎川へ。連絡の取れない知り合いを訪ね、水と食料をおいてくる予定で行きました。


 出発は九時前。まずは鳴瀬の野蒜を目指します。先日の話に出た隣町で車を流されたその車を探すのと、服を借りた人の家にぬれた荷物を置いてきたそうなので荷物を取りに行きました。ところが、町の入り口近くで止められました。ここから先は物資の輸送であっても、軽トラに乗り換えて向かってほしいとのこと。おそらくは治安維持のためかと思いますが、これまた不便。時間もないのでとりあえず石巻へ。


 途中東松島市を通過。矢本の町はなかなかに壮絶です。両サイドに泥水とがれき。あり得ないものがあり得ないところにあります。写真を撮ってきたので、後ほどアップします。たぶんテレビで見慣れた風景かもしれませんが、いやそれほど狙ってとっていませんからかえってあまり迫力無いかもしれません。でも、二週間もたった現在です。未だに処理の出来ない車やゴミ、がれきが山のようにあります。


 さて、石巻でも知り合いを訪ねてみました。連絡がつかないためどこかに避難しているかと思ったら、自宅も無事で家族全員自宅に住んでいました。ただ、親戚の方が行方不明で未だに捜索中とか。この方よりもさらに海沿いにすんでいたので、とても心配です。しかし、まずは顔を見れたことを喜んで目的地鮎川へ。


 この鮎川は、最初に津波が到着した場所であり、事前情報だと役場以外は残っていないとか。知り合いも決して海から離れているわけではないので、何とか避難所で過ごしていることを願いつつ向かいました。鮎川につくまでに小さな漁村が結構あります。その一つ一つはほとんどが海に面しています。最初の集落に近づくと・・・・、言葉になりません。これまでも石巻の町並みがとてつもないことになっているのを見ていますが、この小さな集落の場合、その全てが無くなっているのです。残っているものがない。見えるのは本来海にあるはずのものです。木にオブジェのようにぶら下がっているのは、全て海の中のもの。そして家という家は流されています。基礎から根こそぎ。驚きを通り越して、あまりにも非現実的な光景に意味不明半笑いしながら通り過ぎました。


 そんなこんなでやっと鮎川の町です。ここは予想通りと言いますか、聞いていた通りと言うべきか。町としての機能はほぼ無いですね。小さな町が、よくもこんなにがれきで埋もれるものだとびっくりするくらいです。がれきの高さは、道の狭さも手伝ってこれまで以上です。確かに町のほとんどの家が壊れています。鉄筋の家は、鉄筋は残っていますが、向こう側が見えていて住めません。どの家も被害のない家はありません。役場を超えて、山側にある家だけが一部助かっていました。でも全体の何分の一でしょうか。すさまじいまでの津波の力、自然の力です。


 そんな中で嬉しいことがありました。私たちが訪れた家族はみんな無事だったのです。とてもやつれた顔をしていましたが、幸い訪ねた家族は全員無事です。沢山の方が未だ行方不明なのに、私たちが訪ねた家族は全員無事でした。不幸中の幸いです。自分の車は流されているのに、他人の車が庭に来ていたり、大切にしていたものが流されたのに、ゴミの山が家の周りにたくさんありましたが「無事」なんです。本当に嬉しい事です。しかも、自分たちが大変なのに、こんな大変なときによく来てくれた・・・・。そっちの方が大変だろう・・と気を使われたりして。いえいえ。大変ですが生きています。これからお互いがんばろう、と何度もお互いを励まし合いました。


 今日鮎川に行ってわかったこと。


 鮎川では震災後五日間は何も手に入らなかったそうです。全部自分たちの家にあるもので過ごしたとか。大変だったよ、とぽつりと言っていましたが、その大変さは想像を絶するものでしょう。寒いし、食料ないし。きっと水も無かったでしょうから。かろうじて家にある人はいいですが、そうでなかった人は・・・。手に入れられなかった人は・・。でも、皆助け合って今まで生きて来たのです。世話になった人の息子が帰らない、と自分のことのように泣いて話すのです。


 でも現在は少しいいです。食料も水も、そして灯油も配給されるそうです。問題は燃料系。プロパンガスとガソリンは全く手に入りません。それから小物系。サランラップや箸、コップ。手を拭くウェットティッシュなどなど。電気もまだ。トイレの水に関しては近くにわき水や川があり、そこから調達しているのであまり困っていない様子。


この辺は松島よりも便利になっているかも。松島は避難所以外は全部自己調達です。食料は三時間も並んで袋一つ分くらいしか買えません。しかも目一杯ではありません。毎日買い出ししないと、明日の食べ物がなくなるかもしれませんから不安です。水も自分で取りに行きますし灯油は販売していません。かろうじてガソリンの販売(21日より)と同時に、18l一缶売ってくれますが、6時間待ちは必至です。どちらが良いわけではありませんが、まだまだどちらも不便です。ただ、鮎川は思っていたよりもずっと生活に支障がないので一安心。しかし被害は予想通り最悪の状況。そして、たぶん行く前までが相当不便だったと推測。早く行けなかったのが悔やまれます。でも、少しだけほっとして帰宅しました。


 言葉足らずでうまく伝わらないと思いますが、これだけは言えます。皆さん。まだまだ助けが必要です。よろしくお願いいたします。