三日目 三月十三日
この日は朝から携帯電話が不通になる。昨日まで話せたのに、今日はだめになった。基地局の電源が無くなったのかな?早く復旧してほしいところだ。
昨日はストーブをつけて寝たのだが、暖かいけれど不完全燃焼なのか臭い。一酸化炭素中毒になってはしゃれにならない。しかし、つけないのは寒いしとりあえず我慢してつけて寝た。
本日はまずは自分の家の片付けをした。明るいうちしか作業が出来ないから、とにかく日が出ているうちに作業をする。双子はいつも毎日お風呂に入れていたのに、昨日は入れることが出来なかった。水か無いので風呂どころではないけれど、月齢からすると毎日お風呂くらいは入れたいものだ。今日は何とか水を確保して、お風呂と選択を試みる・・・・が断念。水がない。その上風呂に入れるにはあまりに寒すぎて、子供達を裸に出来ない。水が出るまでとりあえず我慢です。
職場の人間が隣の町、野蒜というところから戻ってきた。この町の被害は甚大です。基本的にあまり津波対策はしていないように思うし、高台がない。そんなところにいた職場の人は、車で寸断された道路を迂回して松島に帰る途中に津波にあったらしい。幸い車に乗っているときに津波に気がついて、慌てて近くの高台へ。登り切って振り返ってみると自分が乗っていた車は流されていたらしい。あまりに勢いが強くて呆然として何も出来なかったとか。そのうち、周りを見てみると、小さな子供が水の中に取り残されていた。津波が収まったところで何とか救出。一歩間違えば、誰もが津波に流されるところであった。一晩その場所で過ごして、そこから歩いて今日帰ってきたとか。
笑い話なのだが、助けた子供の両親に濡れた服の代わりにと服を借りて帰ってきた。見慣れない服で帰ってきた旦那を見た奥様は、「誰が着たのかわからなかった」そうで、普段からどんな服着ているのか?笑
今日は片付けだけ。なんとしても自宅を元に戻し、少しでも快適な生活をしたい。しかし、私の部屋はとても困る。何せ沢山の本があってその本はかなり方々に飛び回っている。こればかりは地震の対策はとれていない。宮城県沖地震が言われているから、ある程度地震に備えているけれど、この本に関してはどうしよもうない。何か対策考えねば、と何となく考えつつ片付けた。この片付けで終わってしまった一日だ。
そうそう昨日は、一日歩いて仙台から帰ってきた人にあった。職場で地震に会い帰る方法がないので、近くの人に自転車を借りたらしい。45号線は水没している場所があるので迂回して帰ってきたらしいが、結局松島の海岸通りで水没。松島の水没地域は、まさに観光の中心地だ。お土産物やさんはかなりの打撃だろう。でもまだその様子は見られない・・。