二日目 三月十二日
この日は天気はよかった。お日様はしっかり出ていて、空を見上げる限り、まるで昨日のことは嘘のよう。でも現実に我が家は電気がつかない。水が出ない。ガスは我が家はプロパンなので幸い即日復旧。明るい日差しの元、我が家の被害を確認する。傍目にはほぼ無い。が、よく見ると甚大な被害。玄関はゆがんで戸が閉まらない。一家のリビングの大きな窓はこれも斜めになって開かない。しかも、隙間が広く空いている。しょうがないので新聞紙でその隙間を埋めてみた。・・・いや、埋めきれない。でもまあしないよりましか。
我が家は築十一年。古くはないけれど、新しいわけでもない。耐震構造ではあるけれど、免震構造ではない。う~ん、建物の至る所で亀裂が入っている。でも、崩壊していないのは幸いなのか。まずは当面すむのには問題なさそうだ。
午前中に続々と電話が鳴る。久しぶりの人からもかなりくる。どうやら相当に大きな地震のようだ。何せラジオは聞いているが、テレビは見れない。愛知の人間からも電話きたが、あちらも揺れたらしい。どれほどの地震なのか計り知れない。
昼過ぎに職場の人間が来た。水の中職場に行ってみたらしい。水は結構深く膝上まで入るらしい。しかし、いけるとわかったので自分も行ってみた。と言うのも、我が家はほぼオール電化の家。太陽光発電乗せているが、天気次第。日中でさえ暖かく過ごせるかはその日の天気次第になる。なので、職場から石油ストーブをとってくること。それから灯油を運ぶこと。この二つは急務である。何せ昨日の夜の寒いこと寒いこと。体が冷えているのもあるけれど、どうしても寒くて寝れない。約八畳の部屋に六人で寝ている。十分暖かいはずなのだが、至る所からすきま風が。これではどうしようもない。意を決して水の中を行く。・・・・ものすごく冷たい。いや、冷たいなんてものではない、痛いのだ。考えて見れば当然だけれど、膝上までつかる水は冷たくて痛い。こんな中二往復しなければならないと考えると気が滅入る。まだ天気がいいからいいけれど、これで曇り空ならすでに気分がめげているだろう。お日様に感謝だ。
なんとか職場に着き灯油と石油ストーブを確保する。反射式の石油ストーブなど、あまり使うこともないのだが、この時ばかりは大活躍だ。それに灯油をとってさらに水。少し備蓄していたも水があるので、それらをとってからさあ帰りだ。目の前に広がる水がとてもつらい。実は昨日の夜もここまで来たのだ。水を何とか乗り越えて、石油ストーブをとりたいと。それだけ寒い夜だったので。ところが真っ暗闇の中、もしマンホールでも開いていてそこに落ちたらきっと助けは来ない。怖さが先立ち泣く泣くあきらめた。
そんなわけで今回は昼の明るいときに来たけれど、それでも水の冷たさと深さ。これにはかなり苦労した。昨日の夜よりは水は引いていた。それでも、やはり相当な困難。持ってきたいものは、少なくとも二、三日はもつくらいの灯油と水。結果三往復した。おかげで足は完全に冷たさで麻痺した感じだ。でもこれで今夜は暖かく眠れるはず。
この日はラジオで情報を聞いているけれど、どこか上の空。なんか自分の身近な話ではないという感じで、きっと明日あたりには電気は復旧しすぐに普通の生活に戻れるだろうと考えていた。ラジオから流れてくる隣町の被害。宮城県内の被害。すさまじい被害なのにまだ実感がない。きっとすぐに普通の生活に戻れる・・・いや戻りたいと現実を拒否しつつ今日は暖かいストーブに護られていることを感謝して眠りについた。