自分では、
自分の癖というものがわからない
人を観察していて、思うに
癖というのは
その人の、思考形態から
作り出されているのだな、
と、常々感じる
癖が強いほど
その「思い込みの傾向」も比例して
固定化しているよう
思考が修正されて
思い込みが外れると
その癖もいつの間にか観えなくなる
自分のことはわからないものだけど
他人のその癖が、
自分が、
何をシンドイと思っているのか
何を、心地よいと思うのか、
ーということを、
ハッキリと自覚させてくれる
なので
自分の「快」を自覚すると
「不快」に対処することができる
その反対も然り
気になることは
いつだって、自分の「生き易さ」への
ヒントになってくれてるものなのねん
