でも、非二元が言っているのは、
どうせなら夢から出ちゃおうよ
出ないと一喜一憂であるが、
そういう人生でもいいという人はそれでもいい
夢から出てしまおうというのが、奇跡のコースではかなりそうです
なんですが、自我はじつは私の経験からの話ですが
自我はどうしてもハッピードリームを夢みてしまう
だから「引き寄せ」とか流行っている
自分が望むものを手に入れるのは、完璧なハッピードリームを手に入れる
そういう意味で、一般的にみてみると夢から出て真実に寄り添っていたいというよりは
ハッピードリームを見ていたい人が多いかな
ひとつは知らないからというのもあるかなと思う
夢から完全に出た場合、その視点で色である自我を生きるってなった場合
自分がどうして生きるべきかが、なくなってしまう
夢から完全に出ているということは、この溝口あゆかは完全に現象であって
ここに主体はまったくなくて、そういう意味で自由意志を持っていないし
何もコントロールできない 主体がないから
そう意味で、完全にみえたとき「わたしはどうするべきか?」という?自体が
意味をなさなくなってしまう
ではどうなるかというと
夢から完全に出て、自分は今まで自分の人生は自分でコントロールして、自分で考えて、
自分が生きてきたと思ってきたけれども、そういう自分はそもそもいなかった
すべては自分なしに人生が起きてたし、人生が動いていたんだとみえてくるんですね