うちの近所の公園は代々
非行少年少女のたまり場に
なっていて私達もそこが、
毎日の居場所となっていた
ある日もその公園にルイと
行き人生初めてのナンパと
やらにあい色々話を聞くと
隣町のひとつ上の男の子達
で色々話をして行くうちに
私とルイを紹介してくれた
共通の女友達ユリの事を彼らも
知っていた事もありすぐに意気
投合し何をする訳でも無いのに
その日を境に毎日の様に約束する
訳でもなくその公園に行けば誰か
しら居るという日々でした。
当時はひとつ上の男の子と
言うだけで髪の毛を染めて
いたりピアスを開けていたり
タバコを吸っていたりバイク
に乗っている姿が大人びて見え
悪そうな所がかっこ良く見えた
時期でルイも私も彼らに惹かれて
いた事は確かでした。
ルイがその男の子達のグループ
の一人と付き合い始めるのに、
時間はかかりませんでした。
ただ中学一~二年生が
付き合うと言っても、
まだ初々しく何をする
訳でもなく今までと何かが
変わる訳でもなく公園で、
大勢で集まって一緒に居る
と言う毎日が過ぎ夏休みは
終わりました。
そんな流行りを追う楽しさ
やルイと一緒に過ごす時間
彼らにちやほやされている
時間が心地よく楽しく私の
中学では、そんな流行りの
ファッションの話をしても
誰も話にならない状況も、
手伝って私は次第に自分の
学校にはあまり行かなくな
りました。
学校にも行かず平日の昼間
から渋谷へ買い物へ行った
り自分の部屋にとじこもり
ネイル作りに熱中していま
した。
休みの日にはルイと相変わらず
毎日一緒に過ごしていたある日
の事です。
ファーストフードでお茶を
してカラオケにでも行こう
かと店を出た所で私の中学
で当時頭を張って居た二個
上のお姉様に会い声をかけ
られ色々話すと以外にも、
とても優しくしてくれたの
です。
何か困った事があったら
なんでも相談するようにと
声をかけてくれたのです。
実はルイも私も一個上の先輩から
目をつけられていたからです。
ルイや私がとても目障り
だったのでしょう。
地元では目立っていたし
生意気な年下のガキと、
思われていたのでしょう。
一個上の女の先輩と私達が
よく遊んでいた一個上の男
の先輩は同学年という事も
あり知り合いだった為、尚
私達の存在は面白くなかっ
たのでしょう。
毎日私達女2人だけなのにも
かかわらず男達を6~7人も
連れていたのですから。
ましてその6~7人の男の子の内
2人は違う中学の頭を張っていて
喧嘩が強く顔立ちも整っており、
地元では有名だったから余計です。
まして私とルイを紹介して
くれたユリまでもが私達を
妬み始めたのですから。
でも彼らは私達が誰かに
何か言われたりされたら
必ず守ってくれて味方で
いてくれたので次第に、
私達も周りから何を言われ
ても気にならなくなりました。
別に彼らは誰のモノでも
無いし彼らと私達が同意で
一緒に居るんですから。
それでもやはり女の先輩からの
呼び出し待ち伏せはしつこかっ
たですけどね。
特に私は女の先輩とは学校が
一緒なので顔を合わせない様
必死でした。
それでも二個上のお姉様が
可愛がっていてくれたので
何かあっても常に間に入って
くれて私の味方をしてくれ
てました。
お姉様が居たから学校にも
たまには行けたしお姉様には
学校の事、家の事、恋の話、
色々聞いてもらっていました
し何より一個上の先輩達からの
風よけになっていてくれたので
私はお姉様が卒業してしまうのが
とても嫌でしたね。
時は流れてサファイア
小学校5年生。
幼なじみのクレアとしょちゅう
土曜日のクラブ活動をサボっては
みんなより早く帰宅し遊んでまし
た。
ある日の朝クレアと一緒に
学校へ行く為いつもの待ち
合わせの場所でクレアと、
どちらかが言い出したかは
忘れましたが学校をサボって
朝から遊んでました。
ものすごく近所で、、、。
小学生ながら誰か大人に
学校は?って聞かれたら
創立記念日だから休みだと
言おうと、これまた幼なじみ
の陸に目撃されてるとはつゆ
知らず言い訳まで考えてました。
まぁでも次の日の朝には
陸の目撃談にてバレていて
双方の親が学校に呼び出さ
れ担任の先生が最後に言っ
た一言は今も忘れません。
このまま中学に行ったら
間違いなく、非行に走る
でしょう、と。
まぁ先生の予想通り?私は
二年後の中学一年生の夏に
は非行少年少女と言われる
地元の悪いお友達、先輩と
つるんでましたね。
きっかけは中学入学すぐに
仲良くなったユリと遊んで
いる最中に町で、たまたま
あったユリの小学校時代の
友達で女子中に通うルイと
知り合った事でした。
ルイと私は番号交換をし
その日はその場で別れました。
急激に仲良くなったのは
地元の夏休みに開催される
花火大会を一緒に見に行こうと
誘った事がきっかけで幼かった
私達はお互い何も知らなかった
けれどその日を境に毎日一緒に
居るようになっていきました。
ルイは私の中学に居る同級
生とは違いすごく大人びて
いて流行りの最先端な服装
メイク綺麗な顔立ち長身と
何を取っても他の同級生と
比べると輝いていました。
そんなルイを私はいつの日
からか親友であり、憧れの
存在であり、ファッション
リーダーでありすごく刺激
的な存在でした。
私が知らない事をルイは
色々教えてくれました。
当時まだ13歳でしたが
2人で同じ様なメイク服装
をしていると短大生か?と
間違えられるぐらいでした。
お互い身長が高かったから
余計でしょうか。
冬には黒のロングコートに
巻き髪厚底のロングブーツ
を履き厚塗りの化粧をして
いたのですから、、、。
ルイと出会ってからの
夏休みの1ヶ月間は毎日
ルイと一緒でした。
カラオケに行ったり
ファーストフードでお茶をしたり
雑誌片手に公園でわざと肌を焼い
たり花火をしたり友達の家に押し
掛け泊まったりとにかくあの頃の
私達は何処でもオールで遊ぶ事が
ステータスみたいな感じでした。
それにとにかく毎日がルイと一緒
だと楽しくて夢中で遊びました。
兄の暴力事件と平行して
両親達の間にも不協和音が、、、
最悪の事態になっていた
のです。
父は自営業でちょうどまだ
バブルが弾けるか弾けない
かぐらいの時期でしたので
たんまりお金を持っていた
ので何を勘違いしたのか、
外に女を作っていたのです。
車を何台も所持し家には
居つかず色気づけば誰でも
気付きます。
母は父の事を問いただしました。
嘘を突き通し女と関係を
清算してくれればやり直す
事も考えていたのでしょう。
しかし父が言い放った事は
お前と別れてその女と結婚
したい、と、、、。
その時、母は離婚しよう、
と決断したらしいです。
もう無理だと。
兄の中学卒業と同時に離婚
しよう、と毎日日記にあと
離婚まで何日と書き耐えた
と。
探偵まで雇い調べた事も
あったみたいです。
周りの人もみんな父に考え
直すよう色々言って下さっ
たみたいですが彼にはもう
届かなかったようです。
そんな夫婦が冷めきった
状況を毎日私や兄は見て
来ました。
目の前で殴り合い
怒鳴り合いの喧嘩を。
小さかった私ですが忘れる
事はありませんでした。
ただ、ただ、その時は
怖かった。
次男の中学卒業と同時に
両親は離婚。
一番上の兄は一足早くに
祖父宅へ引っ越し高校へ。
私は小学校2年生の夏に
転校。
兄と私の親権はもちろん母。
また母の実家で暮らす事に。
次男は?と言うとなんと父に
泣き付かれ一緒に仕事をする
事になり私達とは離ればなれ
になったんです。
しかしとんでもない父とは
そう長く暮らす事はなく、
結局は次男も母の元に帰っ
て来ました。
女にうつつをぬかしている父は
どうしてもついて来て仕事を、
手伝ってほしいと言う申し出を
受け入れついていった次男に、
お金も渡さず給料もなく働かせ
父が入った泥だらけの風呂に、
入らされご飯は毎晩白米に塩か
たくあんのみという悲惨な生活
状況だったと、、、。
そんな生活長くは
続きません。
子を子だとも思って
たなかったんですね。
父親の前に男に
なってしまっていたんです。
まだ両親が離婚する前
私も父と2人で出掛けた
思い出がひとつしかありません。
都内某公園に連れて行って
もらったんです。
しばらく遊んだ後
フードコートのような所で
待つよう父に言われ待ちました。
一向に戻って来ず不安に
かられた事今も忘れません。
父は何をしていたのか
今なら分かります。
彼女に電話していたんです。
まだ母に父が浮気をして
いた事バレてないと思って
いたので私達を連れ出して
は連絡を取ったり会ったり
していたようです。
兄は会わせられた事も
あったと今だから言います。
当時はなぜ両親は言い争い
離ればなれに暮らさなけれ
ばならないのか分かりませ
んでしたし、父が居ない事
が寂しいとさえ思ってしま
う事がありました。
しかし今は離婚し自立して
3人の子供を育ててくれた
母の笑顔を見るとこれで、
良かったのだと、思います。
無理して一緒に居なくて
良かった、と。
辛い思いをあれ以上しなくて
良かった、と。
夫婦には夫婦にしか
分からない事。
母親の前に女で
父親の前に男で
両親にも両親の
人生があると言う事。
ただ、浮気をした父親を
許した訳ではありません。
ただ、若かりし頃、結婚当初
父親も色々と我慢して来た事
母も父親の事大切にしていた
らまた違う形になっていたの
かもしれないから喧嘩両成敗
ね、なんて聞くと強い人だな
と改めて母親の偉大さを感じます。
きっとまだまだ私達子供
には知らない母達の歴史が
あるんだろう、と思います。
ただ、ただ、私は今、母が
昔は色々あったけどいつも
私達に負い目を感じていた
母が今はすごく幸せだ、と
笑ってくれてるので良かった。
この場を借りて
お母さん、むしろ私達が
お母さんに感謝だよ。
お母さん今までありがとう。
お母さんの子で良かったよ。
私達も幸せ者だよ。
今までいっぱい、いっぱい
苦労かけて、心配かけて、
ごめんね。
でもいつもあなただけは
私達の味方でした。
あなたが居たから私達は
好き勝手出来ました。
これからはあなたが
好き勝手やって生きて
行って下さい。
少しずつではあるけれど
親孝行していきます。
老後は一緒に手芸教室にでも
通おうか?
お母さんとこれからも
こうやってずっと仲良く
一緒にいたいので長生き
して下さいね。